郡山テアトル 天気の子。 郡山の昔話(映画館とデパート編): 時遊人SUZUのひとり言

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郡山テアトル 天気の子

郡山に住んで半世紀近くが過ぎた。 学区が芳山・二中という郡山の中心市街地に住み、町並みの移ろいや変わりようを間近で見てきた私だ。 小学生の頃、郡山駅前や中町・大町周辺を遊び場にしていた私にとって、昔のことを話すのは実に容易いことだ。 大学時代の4年間と初任の勤務先だった4年間のみ、郡山を離れたが、実家は市内中心部にあったため、私の中では半世紀以上、郡山にいたようなものだ。 それくらい愛着を持っている。 これまで何度も同じ類の記事を書いて来たが、今回も「郡山の昔話」をしたいと思う。 本日のテーマは、「今は無き映画館」と、移り変わりが激しい「デパート」について語りたい。 「今は無き映画館」 昭和30年代頃から庶民の娯楽と言えば「映画」だった。 テレビは一般家庭に普及しておらず、専ら映画館に足しげく通い、上原健や赤木圭一郎、石原裕次郎、加山雄三などの二枚目スター、女優でも美空ひばり、原節子、岡田嘉子、吉永早百合などの絶世の美女スターが銀幕を彩った。 日活、東映、大映、東宝、松竹など多くの映画会社があったことでも時代背景を窺い知れるだろう。 当時は映画館が庶民のよりどころであった。 「喜びも悲しみも幾歳月」や「青い山脈」、森繁久弥の「社長シリーズ」「若大将シリーズ」、裕次郎の日活シリーズなどはドル箱だった。 私は志村喬主演の「生きる」が好きだった。 小津安二郎や今村昌平、黒澤明、山田洋次、市川崑、鈴木清順などの名監督の作品が大ヒットした。 私が生まれた1964年は「東京オリンピック」が行われ、インフラ整備によって好景気に沸いていた。 その後の高度経済成長と池田勇人首相の「所得倍増計画」によって世相的に勢いがあった。 テレビが普及し、映画業界が廃れるという皮肉的な結果に終わったが、私が幼少の頃は、その名残で駅前を中心に多くの映画館が存在した。 1 「東宝富士館」 現在のアーケード内の富士館ビルにあった。 郡山で一番大きかったと記憶している。 隣りが「ワタナベスポーツ」(天井裏が倉庫で、ハシゴで商品を取り出す珍しい作り)で、そのまた隣りが郡山初の回転寿司の「元禄寿司」があった。 店内は薄暗く、細長い形状で、カウンター席が周囲にあるこじんまりとした作りだった。 私は「東宝」では親に連れられ、「怪獣シリーズ」を何度も見に行った。 ゴジラ、モスラ、ガメラなどのシリーズ映画だ。 2 「郡山東映」 略して「郡映」。 確か堂前、今の文化センターの北側あたりにあった。 ほったて小屋のような小劇場だった。 入口が資材置き場みたいな造りで、オンボロ屋敷に入っていくような印象だった。 そこで小6の頃に、友達4~5人で「キングコング」を見に行った記憶がある。 もちろんカラー映像になってからの作品だ。 そしてその帰り道、中華料理屋の「なるき」でタンメンを食うのが定石だった。 アーケード入口の北側あたりにあったと思うのだが、もしかすると記憶違いで、松竹があった現在吉野屋がある一帯のビルだったかもしれない。 私は浪人時代、予備校をさぼって見に行ったのがミーハー極まりないが、当時流行った東宝の「たのきん映画」で、近藤真彦主演の「ハイティーンブギ」と「嵐を呼ぶ男」の二本立てだった。 当時、マッチに似ていると言われ、有頂天になっていた私は、高校生に爆発的人気のあったその青春映画を見ておきたかった。 リバイバル上映で、しかも平日の昼間だったので、客は3~4人しかいなかったと思う。 湘南を舞台に、大学生たちがひと夏、ミニFM曲を開局するという設定で、その中で叶わぬ恋を演出した。 中山美穂、織田裕二、松下由樹、別所哲也らが出演した映画だった。 その東向いが中学の同級生の肉屋だった。 斜め向いには成人映画の殿堂の「大勝館」があった。 今は、「テアトル5」になっているため、同じ映画館だけに昔の面影が若干残っている。 割烹居酒屋「くし膳」の姉妹店である「まめ膳」がの隣りにある。 残念ながら、私はここでは映画を見た記憶がない。 5 「郡山ピカデリー」 郡山のさくら通り沿いの清水台。 4号国道の西側に八幡坂があるが、安積国造神社まで登る手前にあった映画館。 ちょっとわかりづらい場所にあり、階段で降りた地下にあった。 映画館自体狭く、200席もなかったと思う。 私はここで中1の頃、初公開となった「STAR WARS」の初回作品(現在はエピソード4)を見た。 しかし、大人気作品だったため、立ち見で見た。 その優れた映像技術は既知のものではなく、CG技術や大音量に圧倒された覚えがある。 新しい映画制作の到来を肌で感じ取ったのは言うまでもない。 その北西隣りにあったのが「大映パレス」で、1階映画館、2階がサウナパレスになっていた。 大勝館の北東側で、その角地(つまり大映パレスの南隣り)には精養軒という肉屋さんがあった。 なお、「テアトル郡山」は「でこ屋敷」という居酒屋さんがある角をさらに北へ70~80mほど行った、今の「ワタナベスポーツ」の辺りにあった。 中央スケートリンクがあったその斜め向かい側だ。 詳しい地図は下をどうぞ!(クリックで拡大します) このように昭和30~40年代は映画が隆盛し、それらを見るために人々は大挙して駅前に繰り出し、映画鑑賞の後で百貨店に立ち寄り買い物をしていた。 だから駅前が賑やかで、消費活動も活発だった。 駅前には多くの書店があった。 東北書店・佐藤書店・叶屋書店・松文堂などだ。 よく立ち読みして怒られたものだ。 古き佳き時代だったとつくづく思う。 ちなみに「松竹」は駅前のアーケード入口から左側の吉野屋があるビル一帯にあったと思う。 「デパート(百貨店)」 郡山の老舗百貨店と言えば、私が幼少の頃は3店しかなかった。 アニメCMが一世を風靡した「うすい百貨店」、仙台が本店の「丸光」、そして呉服屋のイメージが強かった「津野デパート」だ。 まず、「うすい」は中町の商店街通りを挟んで「第一うすい」と「第二うすい」に分かれていた。 「第二うすい」ではエレベーターが珍しい時代で、何度も乗って上下を繰り返した。 制服を纏ったエレベーターガールもいた時代だ。 私はここへは切手購入で訪れたものだ。 そして親と買い物に訪れた際に、7階のレストランで「お子様ランチ」を食べるのが何よりの楽しみだった。 また最上階が狭い空間だったが、ちょっとした遊具やゲーム機がおいてあって、そこで小銭を握り締めて遊んだ記憶がある。 一度も見たことはなかったが、銀色の円形の構造物があった。 もしかするとあれは天体望遠鏡を囲うドームだったと思う。 また、「うすい」の特設会場は、時々奇妙な展示を開催した。 もっとも薄気味悪かったのは「世界の爬虫類展」だった。 世界中から珍しい蛇やトカゲ、ワニなどを一堂に集め、展示する気色悪い内容の催しだった。 一方、「第一うすい」の思い出は、何といっても昭和51年頃に屋上で開催された「スーパーカーフェア」だった。 ガルウィングの「カウンタック」や「フェラーリ」など超絶スポーツカーが郡山にやって来たのだった。 新聞やマスコミの過熱報道も手伝って、連日それを見たくて多くの買い物客が列を作った。 「スーパーカー」フィーバーは凄まじく、ガチャガチャのカプセルの消しゴムになったこともあるくらい一大ブームが沸き起こった。 「うすい」でも集客の目玉としてうすいの屋上に「スーパーカー」をクレーン車で吊り上げ、数台の超かっこいいマシンを並べて展示した。 一説では搬入の際に、うっかり傷を入れてしまい、多額の賠償金を払ったという噂まで飛び交った。 「デパ地下」という言葉が後から流行したが、私はよく友達と食品売り場に行き、夕方の小腹が空いた時間に試食コーナーを回った記憶がある。 また、おもちゃ売り場があって、そこで手当たり次第、置いてあるおもちゃを弄繰り回して遊んだことも覚えている。 なんだか泣けてくる・・・デパートの最上階にあった食堂の思い出 【昭和の思い出】昔のデパートは夢が詰まってたのに何でこんなつまんなくなっ ちゃったんだろ?【懐古】 続いて「丸光デパート」。 駅前のアーケードの入口角に7階建てでデーンと聳え立っていた。 今も建物自体は残り、朝日生命ビルとなっている。 駅前大通りの地下通路から地下1階に直結して店に入ることができた。 その地下通路では、ストリートミュージシャンがギター一本で歌っていたし、たまにはシートを広げ、自作ネックレスやアクセを売る若い行商もいた。 そしてアーケード南側の入口の角には、なぜか三万石が店を出していた。 確か「丸光デパート」は、床が木目のタイル張りだったと思う。 いつ訪れてもワックスの独特な臭いがした。 各階ともに商品の割りにスペースが広く、ガランとした印象があった。 ここでの思い出は、地下1Fの食品売り場で、友人と訪れ、格安の学生ラーメンを食たことが何度もあったし、6階のおもちゃ売り場、そして屋上の遊園地&ゲームコーナーは行きつけだった。 屋上遊園地は私と同年代以上の方は特に懐かしいと思う。 回転飛行機は徐々に高度 を増して廻旋速度も早くなるのだが、恐ろしいのは客が乗る飛行機型のキャビンがビルの外に出てしまうことだ。 子どもながらに恐怖心を植え付けられた。 初めて乗った時にはたぶん泣いて親を恨んだと思う。 ほかにも回転するコーヒーカップもあったし端には幌屋根つきのゲームコーナーがあった。 今思えば子ども騙しのピンボール型の長方形のゲームだが、それはかつて麓山にあった「児童文化会館」や「磐光パラダイス」に置いてあったゲームに似ていた。 一方「津野デパート」は窓がない総銀張りの外観でいかつい印象があった。 駅前大通りと国道4号線の北東側の角にあった。 1987年に廃業し、その後「第一イン」というホテルになった。 ここは呉服屋的な位置づけで、婦人服や着物を扱っていた。 私は中高の学生服を設える際にお世話になった。 当時は「トンボ学生服」と「富士ヨット学生服」が人気を二分していた。 その取扱店というイメージしかない。 その真向かいには「丸藤」という婦人服専門のスーパーもあった。 この津野デパートは市街地一円に土地を持つ大地主で、津野一族として名家だった。 その後、昭和52年頃に、百貨店競争が過熱する出来事があった。 本店が東京にある全国チェーンの大型デパートがこぞって郡山に進出した。 ご存知の通り、それは郡山駅が新幹線の停車駅となり、駅舎が建て替えられる頃の話で、駅前には「西友」、「丸井」が出店し、駅前の風景はガラリと変わってしまった。 また、大手スーパーの位置づけだった「ダイエー」が来た時には、地元のスーパーや「うすい百貨店」は警戒を強めた。 しかもダイエーは売り場面積が大きく、駅前の大町の一等地に店を構え、しかも当時は斬新な本館と別館を渡り通路で結ぶ作りだった。 郡山市民は買い物の選択肢が増え、駅前は活性化し人通りも多くなった。 東北有数の商都と呼ばれるまでになった。 しかし、その後、地元の「うすい」と「ダイエー」の安売り合戦が過熱し、客の争奪戦が展開された。 結果的に昭和の終わりにはダイエーが同系列のディスカウントストア「トポス」に身売り。 それよりも前に西友ストアが百貨店色の濃い「西武デパート」に切り替わったが、集客が思うように伸びず採算が合わず、共倒れの様相が明確になり、結果、平成に入り、西武と丸井は撤退し、トポスも閉店に追い込まれた。 そして、市民に根強い人気があった「丸光」「津野」も閉店に追い込まれた。 その後、校外の大駐車場を構える「ジャスコ」が日和田に完成。 旧日東紡跡地に「THE MALL郡山」が出店し、客足が取られる形になった。 イオン系列のスーパーセンターである「イオンタウン」が駅の東口に完成し、客の分散化が進んだ。 私はダイエーは気に入っていた。 しかし、売り場面積が各フロアともに狭く、敷居の高い「丸井」はあまり訪れた記憶がない。 「西武」はNゲージやレコードを買い求めに行った記憶がある。 何より、駅前に面したガラス張りのエレベーターが当時は珍しく、またエレベーターガールが一番可愛かったことから、小学生時分には、わざわざエレベーターを乗りに行った記憶がある。 さて、いろいろと書き綴ったが、これほど駅前周辺にあった映画館とデパートは、思い入れが強い。 それは小中高と郡山で学生生活を送った私にとって、駅前は刺激が多く、いろいろな誘惑があったからだ。 見るものすべて新鮮で、活力があった。 それにしても残念なのは、昔はデパートには付き物だった「アドバルーン」を見かけなくなったことだ。 空高く舞い上がり、遠くからでも「セール」を認知できたのに・・・。 最後に、本記事で掲載した箇所以外で、私がよく通い詰めた駅前の店を挙げて結びとしたい。 チロンヌップ アメリカ屋 BLUE HOUSE 靴のタカマツ 山の井 郡山中央スケートリンク トイスかんの 東北書店 ワタナベスポーツ 松英堂(楽器) 角海老 サービス映像 「昭和45年の郡山」 でこ屋敷、昔の郡山駅、FCT、三森峠の古代の村、染本ホテル、うすいの店内と屋上などが登場します! 記事作成:1月25日(木) SUZU様 ふとしたきっかけでブログに到着しUPされるのを楽しみにしておりました。 このたび終了のお知らせを拝見し非常に残念に思っている次第です。 長年に渡りお疲れ様でした。 私も1964年9月生まれ、学区は赤木小、桑野、六中でした。 高校も市内の学校に通い 今では、県外、国外にいる時間の方がが長くなってしいました。 郡山の昔話がでると読みふけり当時を思い出すきっかけになり、 また私の友人(同級生)芳山、六中の友人があり電話でブログを拝見しながら 当時の記憶をただっています。 彼曰く、すげーとほめていました。 なにやら品田青果の名前が出てきたときには、ここの裏に住んでたと興奮していました。 私は、あまりの奥の深さに参りました。 本日の映画館の記事で、高校時代バイトを映画館でやっていました。 たのきん映画は、テアトル、東宝 2館同時上映で、郡山ピカデリー担当の私も応援に行った記憶があります。 郡山ピカデリーB級映画がほとんどでしたが、ガンダムの公開時はすごかった。 また、ツゴイネルワイゼン(1980年)公開時鈴木清純監督がきて握手してもらった記憶があります。 記事の中で、テアトル郡山の名前が見当たらないのですが、当時(1980年ころは 駅ビルに(東宝、スカラあとひとつ思い出せない)が3階建てのビルにあり すべて、まとめてテアトル(東宝)系列、パレス(東映)系列と二分していました。 (お色気除く)でした。 上記は1980年 昭和55年~にかけての頃です。 東宝が、アーケードにあったのはわかりませんでした。 郡山東映のぼろ屋敷は覚えています。 映画館で、テアトル郡山はぜひ名前を出してほしいと思い書かせていただきました。 テアトルの支配人は(地獄の黙示録)はスゲー面白い。 と言ってテアトル公開にしたのですが、あまりにも難しく、娯楽映画ではなかったですが支配人の熱意はよく覚えてます。 もう少し友人と論議してみます。 (格好の話題になり盛り上がり必至です)(笑い) ・・・・鈴木さん、コメントありがとうございます。 同年代の方からのコメントに感謝感激です。 ライター名にフルネームが書かれていましたので、支障があるといけないので、一部改良させて掲載させていただきました。 また、せっかくですので、いただいたコメントを「郡山の昔話(映画館とデパート編)」に移動させていただきました。 ところで、ご指摘のあった「テアトル」は今も現役バリバリで営業を継続している映画館なので掲載しないでおきました。 ご容赦願います。 すみません。 無駄に郡山に長く住んでいましたので、昔のことはよく覚えています。 しかも相当美化されて・・・。 もしかすると同級生の方は、私の芳山小の同級生で、同じクラスだった可能性があるかもしれません。 また、郡山の記事で褒めていただきありがたいです。 「郡山の話題」というカテゴリーに、どうでもいいような記事を50近く書いてありますので、よろしければご覧ください。 もしかするともうご覧になったかもしれませんが。 また、鈴木さんのように郡山に関する記事を懐かしんで見てくれている方のコメントが多くことから、新規記事の更新は4月下旬に容量満杯とともに終了させていただきますが、要望の多かったこの「郡山の話題」と「旅行記」、「釣行記」の3つに関する記事だけは、5月以降も閲覧できるよう残したいと思います。 あと3ヶ月、当ブログをよろしくお願いします。 (SUZU) 追記 このシリーズ記事の第二弾「郡山の昔話(今は無き遊び場編)」を2月3日公開予定で掲載しますので、よろしかったらご覧ください。 投稿: 鈴木(洋) こんにちは。 時々このブログを訪れては懐かしい気持ちになっていました。 両親にもこのブログに掲載されていた動画や画像を見せると「懐かしい」ととてもよろこんでいました。 それだけにブログをやめられることがとても残念です。 郡山は日々変化しています。 この前通った時はこのお店なかったよな〜ってこともしばしば。 昔の面影がだんだんなくなっていくのは淋しいですが、それ以前にその建物が建つ前はどんな様子だったのか覚えていない自分にまた更に寂しさを感じます。 こうやって昔の記憶もなくなっていくんですね。 そんな貴重な資料を載せてくれて本当に感謝です。 私は小さい頃、堂前の方にいましたので文化センターが建つまえの事を良く覚えています。 スーパーカーのショーや動物園、サーカスなどが催されていました。 サーカスの子は私が通っていた小学校に転校してきて、サーカスがいなくなる1ヶ月間でまた転校していったのを覚えています。 その隣にはセンバイパチンコがあって、そこの子と良く遊びました。 文化センター通りもすっかり変わってしまい淋しいです。 長年おつかれさまでした。 これだけ濃い内容のブログを更新するのは大変だったと思います。 またいつか再開する時がありましたら。。 また絶対訪れたいと思います。 本当にありがとうございました! ・・・・めぐさん、コメントありがとうございます。 多くの方からブログを閉じることを残念がっていただけて、その言葉だけで感謝感激です。 9年間も続けて来れて良かったです。 何かやめるのが惜しくなってきました(笑)。 でももう容量が少なくて、5月のゴールデンウィークには確実に満杯になってしまいますので、やむを得ません。 我が街、郡山の昔を知る人間としては、まだまだ書き足りない話は山ほどあります。 伝えきれていないと心残りの方が多いです。 残された期間でしっかり伝えたいと思います。 ちなみに明日は「郡山の昔話」の遊び場編をお送りします。 ぜひ読んでください。 (SUZU) 投稿: めぐ.

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郡山の昔話(映画館とデパート編): 時遊人SUZUのひとり言

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おむすび一路 一口で違いがわかる!? 素材にこだわったおむすび ご飯を入れる「おひつ」をイメージした店内。 寿司屋さんのようなカウンターがオシャレ。 写真は「おむすび1個セット 400円 」。 250円のおむすびがベースの価格となっているので、300円以上のおむすびを選ぶと差額分がプラスされる仕組みになっています。 パリパリの海苔に包まれた、握り立ての瞬間の美味しさが味わえる「おむすび一路」。 素材の一つ一つにこだわりぬいたおにぎりは郡山市内では珍しい高級感ですが、食べてみてびっくり!今まで食べたことがないような風味や食感が口の中いっぱいに広がります。 なかでも、「天日乾燥」「もみ殻貯蔵」で鮮度や風味を大事にしたブレンド米は舌触りが抜群!口の中でふわっとほどける握り加減も食をすすめますよ。 店内用とお持ち帰り用のメニューがあり、オススメはイートインで楽しめる「おむすびセット」。 リピーターが多いことにも納得のおにぎり。 安積野養鶏で飼育された純国産鶏「ゴトウもみじ」が産んだ卵を使用。 ほくほくのご飯の中に、濃厚でほどよい甘さが広がる。 ぺろっと食べられちゃう贅沢な味。 たけや 創業50年の老舗の味に感動。 和菓子にも注目! なまこ壁と瓦のデザインがなんとも可愛らしい。 色合いも素敵な外観。 暖簾の下から覗くショーケースにはおにぎりがいっぱい! お品書きは店内のお札で確認! 創業50年を迎えた「たけや」のおにぎり。 昔ながらの製法・味付けを守り続けながらも、素材の味を最大限に引き出した老舗の味が楽しめます。 つややかなお米の粒を感じる、ほっとするおいしさが特徴で、老若男女を問わず幅広い世代に親しまれています。 メニューは、一番人気の味ごはんや鮭など、創業以来ほとんど変わらない顔ぶれが並び、それぞれ110円~120円。 県産や地元の良い食材を使った、安全で安心なおにぎりをぜひ味わってみて。 誰からでも愛される素朴な味わいにほっこり。 1粒1粒に染み込んだ絶妙な甘しょっぱさは、噛めば噛むほど味が深まるので、味わって食べてみて。 ほんのり感じる優しい塩加減が素材の味を引き立てています。 シンプルだけど、また食べたくなる素敵な一品です。 「粒あん」は小豆の皮も全部しっかりと入っているので、食感や風味がとても良く、あまり聞きなれない「黒糖あん」は、かりんとうのような味わいが口の中いっぱいに広がります。 もち米を使用しているので、餅特有のモチモチとした食感も楽しめますよ。 お茶のお供にぜひ。 おにぎりの店 さくら 行楽や家族で味わいたい!おにぎりとお惣菜の店 ピンク壁と青い煙突が目印。 店内にはお惣菜もいっぱい! 朝の7:00から開店しているので、朝食にも最適な「さくら」。 県内産のコシヒカリを100%使ったおにぎりは各110~120円とリーズナブル。 たらこや辛子味噌など10種類以上が並び、冷めてから食べることを前提に工夫して握られているので、いつでもおいしく食べられます。 きんぴらやハンバーグなどのお惣菜は各200円 一部250円あり。 お惣菜の種類も豊富なのでサラリーマンや主婦にも大好評なんだとか。 みんなで食べるオードブルやお祝い事などに使える赤飯折詰めなどにも対応してもらえるので、様々なシチュエーションで活用したいお店です。 もち米なのでボリューム感たっぷりで腹持ちも良く、忙しい方にも大人気。 具材は油揚げ、人参、ゴボウ、昆布が混ぜ込まれていて、香りも優しくまさに家庭の味! 1つ2つと食欲をそそります。 一口噛めば、程よく火の通った香ばしいタラコ風味で口内が満たされます。 具材と白米の調和がとれた塩加減も絶妙で、食べていてホッとする優しい味は世代を問わずオススメです。 おむすび料理・お酒 結-YUI- 豊富な具材の種類はお寿司屋さんのネタの如し! 落ち着いた雰囲気の店内。 仕事帰りや〆の一杯に訪れるお客さんも多い。 おいしいおにぎり。 それに合うおかず。 そして一緒に飲みたくなるお酒。 それらの全てを提供するのが「結-YUI-」。 50種類のおにぎりや旬のモノを使った創作料理、厳選した季節の日本酒等、人情味あふれる店主の料理への愛情がつまっています。 作り置きはせず、オーダーが入ってから握るおむすびはパリパリアツアツで最高です。 フリッターのような衣が特徴的で、こだわりの天然塩がよい塩加減で素材の味を引き立てます。 「明太子・青唐辛子・山海漬」に辛党歓喜なチョキ。 「ねぎとろ・ねぎうめ・ねぎたらこ」のネギ尽くしなパーから1つを選んで注文すれば、通常の2倍のお米を2倍以上の海苔で包んだボリューミーなおにぎりが登場!どこをかじっても必ず具材が食べられて、不思議と調和がとれたバランスに驚愕間違いなし! 【メニュー】 価格は税込です。

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福島の上映スケジュール:イオンシネマ

郡山テアトル 天気の子

INTRODUCTION 今や、世界的に注目されるアニメーション監督・新海誠。 そして、前作『君の名は。 新作『天気の子』は、天候の調和が狂っていく時代に、運命に翻弄される少年と少女が自らの生き方を「選択」するストーリー。 東京にやってきた家出少年・帆高が出会った、不思議な力を持つ少女・陽菜。 ふたりの恋の物語は、美しく、切なく、新たな時代を迎えるあらゆる世代、そして全世界へのメッセージとして描かれる。 声の出演として、主人公・帆高に醍醐虎汰朗、ヒロイン・陽菜に森七菜が決定。 2000人を超えるオーディションの中から選ばれた二人の声に大きな注目が集まる。 更には、本田翼、倍賞千恵子、小栗旬ら、まさに豪華キャスティングが実現。 そして、主題歌「愛にできることはまだあるかい」を始め、劇中全ての音楽を担当するのはRADWIMPS。 今作での新たなチャレンジとして、心の機微を神秘的に歌い上げるアーティスト・三浦透子をボーカルに迎え、複数の楽曲を制作。

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