修士 論文 文字数。 卒業論文・修士論文・博士論文の謝辞を書く【他の論文より充実する文例集】

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修士 論文 文字数

こんにちは! ミドノン( )です。 11月も折り返しに入り、2016年の終わりが見えてきましたね。 先生に修士論文の執筆に取りかかるように発破をかけられました。 このままだと卒業(大学院だから修了?)がやばいかもしれません。 何からやれば良いかわからない人は、目次から手をだそう。 そもそも研究が向いてない 大学院2年生の段階で言うのもあれですが、私は研究が好きではありません。 正確には苦手です。 大学院に進学したのは良いものの、学部の頃に比べて内容が高度になり、研究がうまく進んでいませんでした。 目の前の問題を解決することは得意な部類でしたが、遠大な目標を目指すことが苦手でした。 大学院1年生の8月には自分が研究者には向いていないことを確信しました。 その結果、就活で研究職を志望するのはやめようと決心。 結果的に「研究職を諦める」という選択肢は大正解でした。 無事、内定を取ることができました。 しかも、内定先の同期はみんな高学歴。 これって、 実力以上の企業に入ったってことですかね? 話を戻して、大学院1年生で研究に向いていないことを悟った私は「就職活動でアピールするために必要だから」という考えだけで研究を続けていました。 もちろんモチベーションは最低です。 そのため、6月に就職活動が終わってからは全くやる気が出なくなりました。 コアタイムがあるため、研究室に登校はするのですが、やる気が無いので作業が進まないのです。 全然作業が進まないので修論の総ページ数は少なく、とても薄っぺらいのです。 このままではマズイと思い、やる気をだそうとしましたが中々難しい。 「とりあえず書こう」と思っても、 中身がないから筆が進まないんです。 なので発想を変えました。 「良い論文を書こう」から 「ページ数を増やそう」へと。 こう考えると作業は楽です。 数式やアルゴリズム、各種計算結果の羅列は頭を使わないのに文字数は稼げますから。 くそったれな修論でもいいんです、修了できれば。 卒業がやばい? 「卒論は『論文を書く練習』、修論は『研究をする練習』」という言葉を聞いたことがあります。 調べてみたら「博論は『研究者になる練習』」という続きもありました。 (出典 ) やる気がでないなりに研究はしていましたが、成果といえるものが出ていません。 修論は研究をする 練習ということですが、本当に成果なしでも卒業できるのでしょうか? 私が確かめてみたいと思います。 これから、自身に発破をかけるために修論の進捗状況を報告していきます。 私と同じ状況の人がいたら一緒に卒業目指して頑張りましょう。 今、大学院1年生の人は私みたいに燃え尽きないようにしてください。 やばい、となる前に先生に相談しましょう。 諦めずにがんばってください!!.

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修士論文について教えて下さい文系の修士論文は普通どれくらい書かないと...

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修士論文は、量より質の考え方はおかしいでしょうか? 質問を見ていただきありがとうございます。 修士論文の第1章を書き始めました。 一般的に、修士論文は量 ページ数 よりも内容だと思うのですがおかしいでしょうか? 必要最低限 緒言、研究目的、方法、結果、考察、結論、参考文献、図や表etc を書き、30枚程度にまとめる予定です。 私の大学には、論文の制限や規定などは特にありません。 』と指摘されました。 データ量はかなり多いですが、無駄なものは正直のせたくないのです。 修士論文は、あくまで論文であり、何でも載せればいいというものではないと思うのですが・・・ >一般的に、修士論文は量 ページ数 よりも内容だと思うのですがおかしいでしょうか? 分野によっても、また、1枚に収める文字数 情報量)によっても違いますが、もし、本当に小数ページで必要十分な内容を伝えることが出来るのであれば、論文本体は30ページでもいいでしょう。 ただし、くどいようですが、本当に、それで、必要十分な内容を伝えることが出来れば、です。 修士論文となると、当然、結果を学会で発表することがあるはずです。 そのとき、直接言いたいこと以外の情報があると、論文集のページ制限や口頭発表の時間制限内には収まりませんよね。 その意味では、必要十分な情報を要領よくまとめることも大切です。 回答ですが、私も#3様、#4様の回答を支持します。 というか、学生には#3様、#4様のような趣旨の説明をしています。 理由も#3様、#4様の回答にあるとおりです。 ただし、そのままでは論文本体が冗長になってしまうことも事実です。 そこで、私の場合は、論文本体は、学会等への投稿論文にプラスアルファした程度の長さにとどめておき、本文には、その本文の中で直接使うデータを書かせ、結果の全容~ネガティブデータも含め~は付録にさせています。 ただ・・・修士論文が30枚ですか・・・文頭に書いたとおり、分野によっても、また、1枚に収める文字数 情報量)によっても違いますが、30枚だと製本できる厚さにはちょっと足りないですね。 私のところでは、(字間にかなり余裕のある書き方で)50枚-100枚(+付録)程度が普通です。 もちろん、「あの研究室はろくな研究をしないでも卒業させている」と評判の研究室ではそれよりも少ない枚数の論文でOKとなっています。 まあ、そんな研究室は少数ですが。 もちろん多ければいいというものでもありません。 その、「ろくな研究をしないでも卒業させている」という研究室でも、学生によっては、かなり長い論文を出すことがあります。 しかし、その修士論文を読んでみても、どうでもいいことばかりが稚拙な文章で書かれており、何を言いたいかさっぱりわからない、ということも珍しくありません。 結局、論文の本体は、必要な情報を、その分野の標準的なまとめ方で、学会の論文集(一般に、1ページあたりの情報量は修士論文よりはるかに多い)よりも若干詳しい程度にまとめ、他の詳細のデータは付録にする、といったことでいいのではないでしょうか。 あるいは・・まさかとは思いますが、付録も含めて30枚ということでしょうか。 だとしたら、分野にもよりますが、若干(かなり?)少ない気がします。 量より質という見解が多いので、あえて異論を唱えます。 修士論文というのは、研究の記録という意味合いもあります。 つまり、あなたの研究室で後輩があなたの研究を引き継いだりするときに参考にすることもあります。 したがって、それらの人の助けになるように、実験の部なども詳細に記述するのが好ましいことです。 現実問題として、熱心に実験に取り組んでいれば、どうしても長くなってしまうと思います。 それでも短いというのであればデータが少ない、すなわち実験量が少ないということになります。 また、無駄なこととおっしゃいますが、それは確かですか?たとえば、ある実験を行って、それが意図した結果にならなかったとしても、「そういう結果にならなかった」ということは重要な研究成果です。 つまり、ネガティブデータというのも重要なデータです。 学術論文ではネガティブデータを省略することも多いですが、修士論文ではそれも書くべきだと思います。 そうでないと、「その方法ではうまくいかない」ということを後輩に伝えられません。 結果的に、無意味な実験を繰り返すことになります。 修士論文は一般の学術論文とは違いますので、必ずしも簡潔にまとめるのがよいことだとは思いません。 量より質でOKです。 ただし、目的、方法、結果緒言、研究目的、方法、結果、考察、結論、参考文献、図や表etcを詳しく書き、読みやすさのためにある程度行間を取る 通常の査読論文等は印刷ページは少ないですが、6頁印刷でも、原稿は、ダブルスペース打ちで、図表込みで20ページを超えます)必要があります。 30ページは、私の印象では2年間の集積にしては少ないと思います。 私は、修士の時に査読論文も書きましたが、データなしで100ページ(8百字の原稿用紙)、データは、A4で100枚を超えました。 修士論文は、研究室でのデータ保存の意味もありますから、全データを載せることが望ましいと一般的には考えます。 あなたが不要と思っても、何かの次の研究のきっかけになるかもしれません。 いずれにしても、指導教官の意見を聞くことをお勧めします。 あなたのほうが正しいと思います。 テーマからして、博士論文などは相当量にいたるのが普通ですが、修士論文では短いのもありえないことではありません。 とくに修士までは無駄な情報、なぜこの情報が必要なのか疑問になる文章が多く、冗長な印象を与えるケースがほとんどです。 しかしながら、あなたのいう30枚がA4ではなく、原稿用紙で言っているのであれば、少々テーマが狭すぎたのではないかという気がしないでもありません。 とはいえ、私たちの意識は総花的なものをつくるというところにではなく、いかに捨てるかというところにおくべきであると思います。 それだけの質があれば、量はまったく問題ではありません。 現に有名とされる論文は短いものが多いです。 Q 私は現在国立大学の修士課程(大学院前期課程)2年生です。 数日前に修士論文を提出したのですが、正直申しまして論文のクオリティーがかなり低く、とても論文は通りそうにありません。 もし修士論文が不合格となってしまった場合はどうなるのでしょうか。 修士課程単位取得退学のといったような形で退学扱いになるのでしょうか? それとも留年と言う形で大学に残り次年度にて再度修士論文を提出することは可能なのでしょうか? それとも大学によって異なるのでしょうか? 以前、一度修士論文を提出した場合は2年間は論文が提出できないなどのお話を聞いたことがあります。 修士課程に2年もいるのに全くの無知でお恥ずかしいのですが、もしよろしければ教えていただけないでしょうか。 Q 工学系の M2 の学生です。 修士論文の執筆をしていますが、もう一杯一杯です。 教授にも「知らないからね」と放置されていて、ほぼ一人で書いてる状態。 決して自分の論文で、新規性のあることをかけているのではありません。 既存の理論を、無理やり音楽にこじつけて書いた論文です。 一応は形にはしてあります。 全部で 70 ページくらいは記述してきました。 図も、式も、一生懸命に書きました。 しかし、修士論文の審査に合格する自信はありません。 皆さんの身の回りで、修士論文の審査に落ちた工学系の学生さんはいますか? 「修士くらいなら落ちないよ」と他人が言うのは、ぜんぜん安心材料になりません。 修士論文に不合格になった工学系の学生さんの話があれば、参考に教えていただきたいです。 僕は最後まであきらめずに書きつづけて、提出する意思はかたいです。 A ベストアンサー 私大教員です。 書くのは1人ですよ。 但し、教員は見る義務はあります。 何らかの新規性は必要でしょう。 音楽の意味はわかりませんが、こじつけが謙遜で、論理性があればよいと思います(論理性は必要です)。 それでしたら、教員に見てもらうことです。 外部発表を科しておりますので、それが一度もないと不合格になりますし、実際になった学生はいます。 それでしたら修了できる可能性は高いと思いますよ。 但し、教員から書き直しを指摘されたら、議論した上で、書き直す努力をすることです。 それができれば修了の可能性は高いでしょう。 但し、学校によってハードルは違うので、そこのところはなんともいえません。 私のところでは、査読付英文誌に1報は受理されることとなっておりますが、投稿できると教員が判断できれば、修了させています。 原稿すらかけなかったら修了できません。 私大教員です。 書くのは1人ですよ。 但し、教員は見る義務はあります。 何らかの新規性は必要でしょう。 音楽の意味はわかりませんが、こじつけが謙遜で、論理性があればよいと思います(論理性は必要です)。 それでしたら、教員に見てもらうことです。 外部発表を科... Q 工学部の修士です。 修士論文の発表があさってに迫っています。 ただ、どうしても不安です。 自分なりに、新規性を盛り込み努力もし発表練習も何度もやってきましたが 「努力不足だ。 」と言われても返す言葉がありません。 担当教授からは「大丈夫。 自信を持ってください」ともいわれるのですが ふとした時に提出済みの論文のダメな点などが思い浮かんでしまい… やっぱりダメです。 」 と言われているのですが、そんなことってあるのでしょうか? 「大丈夫ですよ」っていうご意見をいただきたいのも山々なのですが そうではないご意見も現実として知っておきたいです。 よろしくお願いします。 Q 現在、大学院卒業を間近に控えているものです。 大学院での研究ではいろいろと困難があり、研究が進まずにたいした結果を出せずに2月になってしまいました。 現在、来週提出の修士論文を必至に書いていますが、担当教授からは 「君は結果が出せていないのだから場合によっては卒業させない。 来年もやるか?」 などと言われてしまいました。 私自身はこの2年間で苦労しましたし、教授のきつい叱責にも耐えてきました。 4月からの就職も決まっているからなおさら卒業したい気持ちが強いです。 「こんなに大変な思いをして今更卒業できないだなんて…」と考えると日に日にストレスが溜まり、体調まで悪くなってきました。 修士論文には自分ががんばったことをいろいろ書いてアピールしていますが、それでも結果が出ていない学生は卒業できないものなのでしょうか。 「卒業できないかもしれない」という不安を軽くしたくて質問させていただきました。 修士論文の書き方などアドバイスをお願い致します。 小生の経験上からは担当狂官によると思います。 小生の場合は、狂官から目をつけられたため、どんなに結果を出しても、「こんなの研究でも何でもない。 留年しろ。 」ようなことを言われ、散々でした。 でも、卒業は何とかできました。 他の研究室の学生はと言うと、「先生がほとんど書いてくれた」「結果は問わないから、手書きでなければいい」とかいう感じの方もいたぐらいです。 温度差がありました。 一口に結果言ったって、どうでもいい小さい結果もあれば、学術界を揺るがす大きい結果までまちまちです。 修士の学生では、どうでもいい結果が積の山でしょう。 修士論文が学術会を揺るがす大論文になった話など聞いたことありませんし・・・ 修士の学生の結果に対して(frankさんだって全く結果がないというわけではないでしょう)、もっともらしい文句を付けて留年させるような狂官は明らかに嫌がらせと思っていいです。 その狂官の修士時代の論文だってたいしたことないと思います。 恐らく、現在の狂官の論文も同様に学術会から見れば、あってもなくてもどうでもいい論文と思います。 大したことない狂官ほど、下男根性と申しましょうか、ちょっと権力を持てば、権力ない者をいじめるものです。 修士論文の書き方などアドバイスをお願い致します。 お気持ちはよくわかります。 小生の経験からも、今できることは、 「修士論文には自分ががんばったことをいろいろ書いてアピールしています」 しかないでしょう。 あと、自分のアピールばかりして、担当狂官に対する敬意の言葉を忘れないようにしましょう。 体には十分に気をつけてください。 ちなみに小生は、この時期のストレスのために、回復不能な病気にかかってしまいました。 小生のようにならないように気をつけてください。 小生の経験上からは担当狂官によると思います。 小生の場合は、狂官から目をつけられたため、どんなに結果を出しても、「こんなの研究でも何でもない。 留年しろ。 」ようなことを言われ、散々でした。 でも、卒業は何とかできました。 他の研究室の学生はと言うと、「先生がほとんど書いてくれた」「結果は問わないから、手書きでなければいい」とかいう感じの方もい... A ベストアンサー つらい状況にあるようですね。 人事と人事関連企業に勤めた経験があり、また社会人大学院ではありますが修士課程を修了した立場から、回答させていただきます。 ちょっと厳しいことを書きますが、お許しください。 ここで中退された場合、内定はおそらく取り消しになるだろうと思います。 その理由は大きく分けて2つあります。 ひとつは、あなたが最初から「院卒見込み」の採用試験を通ってきていることです。 新卒か新卒に近い場合、採用する側からみれば、最終学歴が「大学院中退」というのは「大卒」と同じではありません。 院卒と大卒の採用基準は異なります。 一般的に院卒は「使いにくい」と考えられており、あえて院卒であることが役に立つ場合を除き、敬遠される傾向があります。 つまり、院卒は上司より学歴が高い場合もあるし、実際に仕事には役立たない余計な知識 大学院での研究を、多くの企業がそう感じています を身につけて、実務で「生意気」にも机上の空論を振り回すかもしれません。 それに院卒にはそれなりの給与を支払わねばなりません。 それなのにあえて院卒見込みのあなたを採用したからには、修士号を持つ人間を採用することが、その企業のメリットになると判断したからでしょう。 たとえばあなたの修士号が、IT関連のコンサル営業に役に立つ…と、先方は考えているかもしれません。 社会に出て何年もたってからの転職の場合には、「大卒」も「大学院中退」も変わらないと考える人事も多くなりますが もちろん最後まで「中退者」は採用しない企業も有ります 、企業での実務経験がない または、浅い 人間を選考する場合には、大卒で行なうことが可能な仕事内容には、最初から大卒見込みの人間を選考にかけるでしょう。 もうひとつの理由は、仮にあなたがここで中退した場合、内定先があなたの性格に疑いを持つだろうということです。 すなわち、あなたが「先に内定を取りながら、2年のうちに論文を書けなかった」「研究に楽しさも見いだせないので大学院を辞めてしまった」ことで、内定先の人事はあなたを「計画性がない」「やり始めたことを完了することができない」「すぐにやめてしまう」人間だと判断する可能性が高いです。 あなたを実際に働かせた場合、あなたが仕事も完了することができないという事態が起こるのではないか、仕事が面白くないと感じた場合 最初から面白いと感じる仕事を割り振られるのは、まれです 、あるいは仕事を期限内に完了できなかった場合に、さっさと会社を辞めてしまうのではないか…との懸念を、企業は抱くでしょう。 私としては、あなたが現状で可能な範囲で論文を仕上げて、提出することをお勧めします。 修士の2年間で、満足できる研究結果を伴った論文を仕上げられる人は、それほど多くありません。 多くの人は、2年という期限の中で研究が進まないことに悩み、それでもできるところまで進めていき、最後には言葉は悪いですが「見切り発車」で、提出期限にあわせて論文を仕上げています。 というのは、研究というのは、すればするほど次々と課題が出てきてしまい、何時までやってもキリがないからです。 本年度に論文を提出して、口述諮問に備えるのが最良の方法だと思います。 というのは、内定は、あくまでもあなたが来年の3月に修了した場合に効力を発揮します。 留年では取り消しになると思います。 そして中退でも取り消しになるでしょう。 つらいでしょうが、頑張ってください。 つらい状況にあるようですね。 人事と人事関連企業に勤めた経験があり、また社会人大学院ではありますが修士課程を修了した立場から、回答させていただきます。 ちょっと厳しいことを書きますが、お許しください。 ここで中退された場合、内定はおそらく取り消しになるだろうと思います。 その理由は大きく分けて2つあります。 ひとつは、あなたが最初から「院卒見込み」の採用試験を通ってきていることです。 新卒か新卒に近い場合、採用する側からみれば、最終学歴が「大学院中退」というのは「大卒」と同じで...

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Q Office Personal 2014 の Word でフォントが勝手に変わってしまうのを回避する方法を教えてください。 別の人にデータをチェックしてもらったとき、丸付き数字が文字化けしてしまっていました。 以前のバージョンではこういう現象はなかったのですが、回避方法を教えていただけますか。 日本語フォントは「MS明朝」、英数字は「日本語と同じフォント」を指定しています。 環境はWindows8. 1、ATOK2014を使用しています。 ATOKで大量の単語登録をしており、常に登録単語を使用しますので、Microsoft IMEは使用しない前提でのご回答をよろしくお願いします。 A ベストアンサー <表示されてしまった場合> これはそれなりに理由があるわけで、改ページや改行によって、次のページにまで入力が及んでいる時にそうなります。 特に罫線で表を作成し、ページの下一杯まで罫線を引いたときなどには、よくなる現象です。 1 改行マークが白紙のページの先頭に入っていれば、それをBackSpaceで消してやる。 2 罫線を使っている場合は、それでも効果がない場合がありますが、その時は行数を増やしてやる。 などの方法があります。 Q Word 2013で. docx 文書を作っています。 でも、気がついたときには「ユーザー設定1」にカーソルを置くのですが、しばらくWord を使っているといつの間にか「MSゴシック MS明朝」にカーソルが行っています。 Word を起動した直後は、変換キーを押したときに表示される(つまり、入力される)文字はDFP平成明朝体W3、CenturyOldstです。 でも、しばらく(5分くらい?)Word を使っていると、変換キーを押したときに表示される(つまり、入力される)文字がMS明朝になるように、いつの間にかなってしまいます。 いったんMS明朝になると、そのあとそれに続けて入力する文字は全部MS明朝になってしまいます。 上記の現象は新規文書でも古い文書でも起きます。 Word 2013で. docx 文書を作っています。 でも、気がついたときには「ユーザー設定1」にカーソ... A ベストアンサー 申し訳ありませんが、こちらではフォントが変わってしまう現象は確認できませんでした。 ただ、[Windows]+[スペース]でIMEとATOKが切り替わり、フォント 設定がクリアされる現象は確認しました。 >文字属性の引き継ぎは、便利なので、終わらせたくない(引き継ぎたい 上記のように変わってします現象は確認できませんでしたが、いったん変わって しまった文字属性をクリアすれば元通りになることは確認しました。 フォントが変わってしまう理由をつきとめるのが第一ですが、それがわからない ならば、文字属性をクリアして戻すしか方法はないと思います。 1文字でもMS明朝が出ると引き継ぎ機能のために以後の入力がすべてこれになります。 一旦クリアして、1文字でも平成明朝体W3を入力するしかないです。 引き継ぎを終わらせなければずっとMS明朝になり、戻ることはありません。 A ベストアンサー 在籍している大学院(研究室ではない)の論文提出規定がきちんと決まっていれば、必ずそれに従います。 とくに決まりがない場合は、adgjm11さんの分野で、もっとも権威のある日本語学会誌の投稿規定を参考にしてください。 一般的には、ほかの回答者の意見でよいと思います。 原則明朝体。 ゴシックは項目名など限定的に使用。 それ以外の日本語フォントは使いません。 数式はイタリック。 英語論文ならTimes New Romanで、項目名もTimes New Romanのまま強調字体にしてください。 お尋ねの範囲を超えますが、作文技法・論文のスタイルを教えてくれる古典をお読みになることをお薦めします。 木下是雄「理科系の作文技術」、もっと基本的なことなら小笠原喜康「大学生のためのレポート・論文術」。 LaTeXを推薦した回答者がいましたが、文法の勉強を今から始めたら時間がかかるかもしれません。 LaTeXはとくに数式が多い論文を書く人にはおすすめです。 ちなみに私も、奥村本で勉強しました。 A ベストアンサー こんにちは、マクロでOKなら以下のような感じでどうでしょう。 Rows. Columns. Count With. Text Select Case Mid. Text, i, i Case "0" To "9". Font. A ベストアンサー >学校で「5月20日」5は一桁なので全角、20は二桁なので半角で< このルールは、1980年代のワープロ全盛期に主流でしたが、1995年の Windows 95 出現で、パソコン全盛期から衰退しはじめています。 もともとは、教科書の印字書体が(原則として)等幅表示だったので、 一行の寸法をそろえるため、印刷業者が自主的に統一していたのです。 これをタイプ業者が踏襲、学校も、標準表示と奨励したのでしょう。 それ以前の、活字印刷(百科事典や国語辞書)では、活字と活字の間 に木片を挟んで、ムリヤリ行末をそろえる熟練工が存在したのです。 (もとは、グーテンベルグ以来の印刷術には、不可欠の神技でした) アルファベットの字幅「i<o<w」は、ひらがなよりも不ぞろいで、 英字の大小全半角「O:o:O:o」と、数字の全半角「0:0」が、煩雑に 区別されます。 ふしぎなことに等幅だと、かえって読みにくいのです。 その欠点を一挙に解決したのが、1980年代に写真植字機が開発した コンピュータによる自動プロポーショナル・スタイルだったのです。 こうすると、半幅数字の全半角「0:0」がほぼ等幅になります。 >どちらかに統一したほうが、読みやすさや見栄えの点から< ワープロ時代は、行末をそろえることが見栄えがいいと考えられたが、 パソコン時代にはソート(並び換え)機能のため半角統一に向かいます。 パソコンのデータ・ベース機能を優先すると、半角と全角の混在は、 不都合です。 なぜか、いまだに「5. 20 とか 12. 20」と打たせる編集者がいますが、 「0520 1220」のほうが理にかなっています。 わたしは西暦をくっつけて 「00000520 20061220」紀元前は「-9990101 -0001231」を推奨します。 エディタやメール・ソフトでは(原則として)半角カタカナを拒否す る機種がある一方で、住所録ソフトなどで、郵便番号や番地にかぎり、 全角数字を強要する例もあります。 半幅に統一すれば、すべて解決するかといえば、かならずしもそうで はないのです。 下記の「4色輪転機」などは「:4色」とか「四色」だと しっくりしません(目をつぶって全文一括置換することになりますが)。 わたしは、半世紀以上、すなわち小学生時代のガリ版から石版印刷、 オフ輪(オフセット4色輪転機)にいたるまで、ほとんどの印刷形式を 経験しましたが、ついぞ(このような)ルールは存在しなかったのです。 >学校で「5月20日」5は一桁なので全角、20は二桁なので半角で< このルールは、1980年代のワープロ全盛期に主流でしたが、1995年の Windows 95 出現で、パソコン全盛期から衰退しはじめています。 もともとは、教科書の印字書体が(原則として)等幅表示だったので、 一行の寸法をそろえるため、印刷業者が自主的に統一していたのです。 これをタイプ業者が踏襲、学校も、標準表示と奨励したのでしょう。 それ以前の、活字印刷(百科事典や国語辞書)では、活字と活字の間 に木片を挟ん...

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