いとあはれなり 現代語訳。 古今著聞集『阿波の国の智願上人』現代語訳

「みのむし、いとあわれなり。鬼の生みたりければ、親に似てこれも...

いとあはれなり 現代語訳

枕草子には雨について40個所の言及があり、長雨や雨風、雨雲などの関連項目も10個所くらいみられます。 「八、九月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり」と述べ、「九月つごもり、十月のころ、空うち曇りて、風のいと 騒がしく吹きて、黄なる葉どものほろほろとこぼれ落つる、いとあはれなり」と続け、「十月ばかりに、木立多かる所の庭は、いとめでたし」と結んでいます。 風と雨がもたらす景色、とりわけ落葉した庭を美しいと感じているのです。 その一方で、儀式や行事などに降る雨は「にくく」「くちをし」と嘆いています。 儀式の翌日に雨が降ったのをみづからの「宿世(すくせ)」(果報)のほども知れると自慢した関白道隆の言い分も「ことわりなり」(もっとものことだ)と述べています。 雪については有名な「香爐峯(こうろほう)の雪」のくだりがまず頭をよぎります。 雪の降り積もった日、中宮が清少納言に「香爐峯の雪、いかならむ」と問いかけたのに対し、格子を上げさせ、御簾を高く上げたところ、中宮はお笑いになったという。 雪景色を眺めたかった中宮が白居易の詩を引き合いにたずねたとき、気転を利かせて応対した清少納言の才気にわが意を得たという微笑ましい場面です。 枕草子の冒頭における冬の描写も、冬の早朝、「雪の降りたるは、言うべきにもあらず」とあり、至極当然のこととしています。 ただし、舎人(とねり)の顔が黒い地もあらわに白粉(おしろい)も行きとどかないのを、まだらに残っている雪にたとえていて、見苦しい雪にも注意が払われています。

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【大学受験古文】古文の現代語訳クイズその3(総合文法問題)

いとあはれなり 現代語訳

「父よ、父よ(または乳よ、乳よ)」 と心細そうに鳴くのは、大変しみじみと心打たれる。 コメツキムシも、また趣深く感じる。 そんな(ちっぽけな虫の)心にも仏教を深く信仰する心を生じさせて、額を地につけて拝みまわっているのだろうよ。 予期しない暗い所などで、ことことと音を立てながら歩いているのは面白い。 蝿こそ気に入らないものの中に入れるべきで、かわいげのないものである。 人間並みに、相手などにするほどの大きさではないが、秋などに、直接にいろいろな物にとまり、顔などに濡れた足でとまっていることよ。 人の名に(蝿と)ついているのは、とてもいやな感じだ。 夏虫はとても趣があってかわいらしい。 明かりを近くに引き寄せて物語などを読んでいると、本の上を飛んでいる様子はとても趣がある。 蟻は、とても気に入らないのだが、身軽さは並々ではなく、水の上などを、ひたすら歩きに歩き回るのは、趣がある。

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【大学受験古文】古文の現代語訳クイズその3(総合文法問題)

いとあはれなり 現代語訳

「黒=原文」・ 「青=現代語訳」 編者:橘成季(たちばなのなりすえ) 解説・品詞分解はこちら 阿波の国に智願上人(しやうにん)とて国中に帰依(きえ)する上人あり。 阿波の国に、智願上人といって、国中の人が帰依している聖人がいた。 乳母(めのと)なりける尼、死に侍(はべ)りて後、上人のもとに、思はざるに駄を一疋まうけたり。 (その上人の)乳母であった尼が、死にまして後に、上人のもとに、思いがけなく駄馬(荷物を運ぶための馬)を一頭手に入れた。 これに乗りてありくに、道のはやきのみにあらず、あしき道をゆき、河をわたる時も、あやふきことなく、 (上人が)この馬を乗って歩き回ると、脚が速いだけでなく、悪い道を(難なく)行き、河を渡る時も、危ないことがなく、 いそぐ用事ある時は、むちのかげを見ねどもはやくゆき、のどかに思ふ時は、しづかなり。 急ぐ用事がある時は、鞭を全く見せなくても速く行き、のんびり行こうと思う時は、静かに行くのだった。 ことにおきてありがたく思ふさまなるほどに、この馬ほどなく死にければ、上人惜しみなげきけるほどに、 何事においても、珍しく思う(馬の)様子であったが、この馬はまもなく死んでしまったので、上人は惜しんで嘆いているときに、 またすこしもたがはぬ馬いできにければ、上人よろこびて、前(さき)のやうに秘蔵して乗りありきけるに、 また(前の馬と)少しも違わない馬が現れたので、上人は喜んで、以前のように大事にして乗りまわっていたところ、 ある尼に霊つきてあやしかりければ、「たれ人の何事におはしたるぞ」と問ひければ、 ある尼に靈(=正体は上人の乳母の霊)がついておかしなことがあったので、「誰がどういうわけで(このように霊として)いらっしゃるのか。 」と(上人が)問うと、 「我は上人の御乳母なりし尼なり。 上人の御事をあまりにおろかならず思ひたてまつりしゆゑに、 (霊は答えて)「私は上人の御乳母であった尼です。 上人の御事が、あまりにも放っておけず(心配に)思い申し上げたために、 馬となりて久しく上人を負ひたてまつりて、つゆも御心にたがはざりき。 馬となって、長らく上人を(馬として背中に)お乗せして、まったく(上人の)御心にさからいませんでした。 ほどなく生をかへて侍りしかども、ひじりなほわすれがたく思ひたてまつりしゆゑに、 まもなく生まれ変わって(上人に)お仕え申し上げましたが、上人のことがやはり忘れられないように思い申し上げたために、 また同じさまなる馬となりて、今もこれに侍るなり」と言ふ。 また同じ様子の馬になって、今もここにございます」と言う。 上人、これを聞くに、年ごろもあやしく思ひし馬のさまなれば、思ひあはせらるることどもあはれにおぼえて、 上人はこれを聞くと、長年、不思議だと思っていた馬の様子なので、(自然と)思い当たる事などもしみじみと思われて、 堂を建て仏をつくり、供養して、かの菩提(ぼだい)をとぶらはれけり。 馬をばゆゆしくいたはりてぞ置きたりける。 堂を建て仏を造って、供養をして、その菩提(上人の乳母であった尼の極楽往生)をお弔いになった。 (上人は、)馬をとても大切にしておいた。 執心(しふしん)のふかきゆえにふたたび馬に生まれて志をあらはしける、いとあはれなり。 (乳母が上人を思う)愛の心が深いために、再び馬に生まれて、その気持ちをあらわしたということは、とても趣のあることだ。 lscholar.

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