おい はぎの そうい。 おぎやはぎ

白鵬の強さを検証! たとえ嫌われようが、強い人には強くなる秘密があった

おい はぎの そうい

朗読「顎十郎10-5. mp3」12 MB、長さ: 約 13分 05秒 千人悲願 ( せんにんひがん ) 小塚原 ( こづかっぱら ) 天王 ( てんのう )の 祭礼 ( さいれい )で、 千住大橋 ( せんじゅおおはし )の 上 ( うえ )では、 南北 ( なんぼく )にわかれて、 吉例 ( きちれい )の 大綱 ( おおづな )ひき。 深川村 ( ふかがわむら )と 葛飾村 ( かつしかむら )の 若衆 ( わかいしゅ )が、おのおの 百人 ( ひゃくにん )ばかりずつ、 太竹 ( ふとだけ )ほどの 大綱 ( おおあみ )にとりつき、エッサエッサとひきあっている。 両方 ( りょうほう )の 橋 ( はし )のたもとはこの 見物 ( けんぶつ )で、 爪 ( つめ )も 立 ( た )たないような 大変 ( たいへん )な 人出 ( ひとで )。 こういう 騒 ( さわ )ぎをよそにして、 岡埜 ( おかの )の 大福餅 ( だいふくもち )の 土手下 ( どてした )に 菰 ( こも )を 敷 ( し )いた 親子 ( おやこ )づれの 物乞 ( ものご )い。 親 ( おや )のほうは手足が不自由。 子供 ( こども )のほうは 五 ( いつ )つばかりで、これも 目 ( め )もあてられない 白雲 ( しらくも )あたま。 菰 ( こも )の 上 ( うえ )へかけ 碗 ( わん )をおいて、 青 ( あお )っ 洟 ( ぱな )をすすりすすり、 親父 ( おやじ )といっしょに、 間 ( ま )がなしにペコペコと 頭 ( あたま )をさげている。 顔色 ( かおいろ )がどす 黒 ( ぐろ )く 沈 ( しず )んで、 手足 ( てあし )が 皹 ( ひび )だらけ。 荒布 ( あらめ )のようになった 古布子 ( ふるぬのこ )をきて、 尻 ( しり )さがりに 繩 ( なわ )の 帯 ( おび )をむすんでいる。 どう 見 ( み )たって 腹 ( はら )っからの 物乞 ( ものご )いの 子 ( こ )だが、することがちょっと 変 ( かわ )っている。 通 ( とお )りすがりに 一文 ( いちもん )、 二文 ( にもん )と、かけ 碗 ( わん )のなかへ 鳥目 ( ちょうもく )を 落 ( おと )すひとがあると、 妙 ( みょう )に 鼻 ( はな )にかかった 声 ( こえ )で、 「おありがとうございます」 といいながら、 指先 ( ゆびさき )で 鳥目 ( とりめ )をつまんでは、そっと 草 ( くさ )むらへ 捨 ( す )てる。 かくべつ 目立 ( めだ )たないしぐさだが、いかにも 異様 ( いよう )である。 顎十郎 ( あごじゅうろう )は 橋 ( はし )のたもとに 突 ( つ )っ 立 ( た )って、ひと 波 ( なみ )に 揉 ( も )まれながら、ジッとその 様子 ( ようす )を 眺 ( なが )めていたが、ふっとひとり 笑 ( わら )いすると、 「なるほど、あれが 源次郎 ( げんじろう )さまか。 …… 多分 ( たぶん )こんなことだろうと、 最初 ( はな )っから 睨 ( にら )んでいた 通 ( とお )り、こんなところで 物乞 ( ものご )いの 真似 ( まね )をしている。 ……それにしてもよく 化 ( ば )けたものだ。 白痴 ( こけ )づらに 青 ( あお )っ 洟 ( ぱな )、これが 十二万五千石 ( じゅうにまんごせんごく )のお 世 ( よ )つぎとは、 誰 ( だれ )だって 気 ( き )がつくはずはあるまい。 『すさきの 浜 ( はま )』の 故事 ( こじ )といい、 物乞 ( ものご )いじたての 手 ( て )ぎわといい、 察 ( さっ )するところ、 萩之進 ( はぎのしん )というやつは、 年 ( とし )は 若 ( わか )いが、よほどの 秀才 ( しゅうさい )と 見 ( み )える。 なるほど 大 ( たい )したものだなあ」 と、つぶやいていたが、 急 ( きゅう )に 気 ( き )をかえて、 「ここにいるとわかったら、これで 俺 ( おれ )の 役目 ( やくめ )はすんだようなものだが、それにしちゃア 場所 ( ばしょ )が 悪 ( わる )い。 どれほどうまく 化 ( ば )けこんでも、いずれ 藤波 ( ふじなみ )に 見 ( み )やぶられるにきまっている。 萩之進 ( はぎのしん )のほうじゃ、こうまで 大掛 ( おおがか )りに 探 ( さが )されているとは 知 ( し )らないから、それでこんなところでまごまごしているんだろうが、こりゃア 実 ( じつ )にどうもあぶない 話 ( はなし )。 そばへ 行 ( い )って、それとなく 耳打 ( みみう )ちをしてやろう」 といいながら、ひと 波 ( なみ )をわけて 岡埜 ( おかの )の 前 ( まえ )をまわり、 土手 ( どて )をおりて、ふたりのほうへ 近 ( ちか )づこうとするそのとたん、 骨 ( ほね )に 迫 ( せま )るようなするどい 気合 ( きあい )とともに、 右 ( みぎ )の 肩 ( かた )のあたりに 截然 ( せつぜん )とせまった 剣気 ( けんき )。 思 ( おも )わず、 「オッ」 と、 叫 ( さけ )んで 咄嗟 ( とっさ )に 左 ( ひだり )にかわし、 一気 ( いっき )に 土手下 ( どてした )まで 駈 ( か )けおりて 足場 ( あしば )を 踏 ( ふ )み、 柄 ( つか )に 手 ( て )をかけてキッとふりむいて 見 ( み )ると、 誰 ( だれ )もいない。 岡埜 ( おかの )の 幟 ( のぼり )が 風 ( かぜ )にはためいているばかり。 ビッショリと 背 ( せ )すじを 濡 ( ぬ )らす 悪汗 ( わるあせ )をぬぐいながら、さすがの 顎十郎 ( あごじゅうろう )も 顔色 ( かおいろ )をかえて、 「 実 ( じつ )に、どうも 凄 ( すご )い 剣気 ( けんき )だった。 うっかりしていたら、まっぷたつになるところ。 いまの 居合斬 ( いあいぎ )りは 柳生新陰流 ( やぎゅうしんかげりゅう )の 鷲毛落 ( わしげおとし )。 これほどにつかえるやつは、 日本 ( にほん )ひろしといえども 二人 ( ふたり )しかいない。 ひとりは 備中 ( びっちゅう )の 時沢弥平 ( ときざわやへい )、もうひとりは、 越前大野 ( えちぜんおおの )の 土井能登守 ( どいのとのかみ )の 嫡子土井 ( ちゃくしどい ) 鉄之助利行 ( てつのすけとしゆき )。 が、このほうは、もう 十年 ( じゅうねん )も 前 ( まえ )からこの 世 ( よ )にいないひと。 それにしても 時沢弥平 ( ときざわやへい )が、この 俺 ( おれ )に 斬 ( き )ってかかる 因縁 ( いんねん )はないはずだが……。 奇態 ( きたい )なこともあるものだ。 …… 俺 ( おれ )のいたところは 土手 ( どて )のおり 口 ( くち )だったから、 岡埜 ( おかの )の 裏手 ( うらて )までは、すくなくとも 六間 ( ろっけん )はある。 どれほど 精妙 ( せいみょう )な 使 ( つか )い 手 ( て )でも、 俺 ( おれ )に 斬 ( き )りかけておいて、あれだけのところを、 咄嗟 ( とっさ )に 飛 ( と )びかえり、 建物 ( たてもの )のかげに 身 ( み )をかくすことなど、いったい 出来 ( でき )るものではない。 土手下 ( どてした )まで 駈 ( か )けおりたのが 大幅 ( おおはば )で 三歩 ( さんぽ )、 時間 ( じかん )にすればほんのまばたきふたつほどする 間 ( あいだ )。 そこで 振 ( ふ )りかえって 見 ( み )れば、もう 人影 ( ひとかげ )はない。 とてもそんなことが 出来 ( でき )ようわけがない。 とすると、 俺 ( おれ )の 気 ( き )だけだったのか 知 ( し )らん」 首 ( くび )をふって、 「いやいや、そんなことはない。 たしかにまっぷたつにされたような 気持 ( きもち )だった」 といいながら、また 額 ( ひたい )の 汗 ( あせ )をぬぐい、 「しかしまあ、どうあろうと、それはすんだことだ。 いよいよもって 物騒 ( ぶっそう )な 形勢 ( けいせい )だから、 黙 ( だま )っているわけにはゆかない。 いかに 悪因 ( あくいん )ばらいとはいいながら、あんなやつに 殺 ( や )られてしまっちゃなにもならない。 どうでもここは 立退 ( たちの )かせて、もっと 別 ( べつ )なところへ……」 といいながら、また 一歩 ( いっぽ )ふみだそうとすると、 千鳥 ( ちどり )の 啼 ( な )くような 鋭 ( するど )い 空 ( そら ) 鳴 ( な )りがして、どこからともなく 飛 ( と )んできた 一本 ( いっぽん )の 小柄 ( こづか )、うしろざまに 裾 ( すそ )をつらぬき、ピッタリと 前裾 ( まえすそ )のところを 縫 ( ぬ )いつけた。 ちょうど 足架 ( あしかせ )をかけられたように、 裾 ( すそ )にひきしめられて、 足 ( あ )がきすることも 出来 ( でき )ない。 顎十郎 ( あごじゅうろう )はまた、アッと 恐悚 ( きょうしょう )の 叫 ( さけ )びをあげ、 「こいつアいけない。 あの 二人 ( ふたり )に 近 ( ちか )づこうとすると、かならずやられる。 いわんや、 俺 ( おれ )の 手 ( て )にたつような 相手 ( あいて )じゃない。 へたにガチ 張 ( は )ったら、たったひとつの 命 ( いのち )を 棒 ( ぼう )にふる。 こういうときは、 尻尾 ( しっぽ )を 巻 ( ま )いて 逃 ( に )げるにかぎる」 蹲 ( つくば )って 小柄 ( こづか )をぬきとって、 草 ( くさ )の 上 ( うえ )へほうりだすと、 頭 ( あたま )をかかえて、むさんに 川下 ( かわしも )のほうへ 逃 ( に )げだした。 それから 十日 ( とおか )ほどのち、 向島 ( むこうじま )の 八百松 ( やおまつ )の 奥座敷 ( おくざしき )。 顎十郎 ( あごじゅうろう )と 藤波 ( ふじなみ )のふたり。 「…… 御承知 ( ごしょうち )の 通 ( とお )り、 江戸 ( えど )の 洲崎 ( すさき )は、 洲崎 ( すさき )の 浜 ( はま )なんぞとはいわない。 石口十兵衛 ( いしぐちじゅうべえ )からその 話 ( はなし )を 聞 ( き )いたとき、 手前 ( てまえ )はすぐ、こりゃあ『 貞丈雑記 ( ていじょうざっき )』にある 例 ( れい )の 故事 ( こじ )だと 気 ( き )がついた。 むかし、……さる 身分 ( みぶん )の 高 ( たか )い 方 ( かた )が、 通 ( とお )りすがりの 法印 ( ほういん )に、 恐 ( おそ )れながらあなたのお 顔 ( かお )には 物乞 ( ものご )いの 相 ( そう )がある、といわれ、 国 ( くに )をおさめる 前 ( まえ )に、 悪因 ( あくいん )をはらっておこうというので、 筑前小佐島 ( ちくぜんおさじま )のすさきの 浜 ( はま )というところへ 出 ( で )かけ、 網 ( あみ )をひいている 漁師 ( りょうし )から、 物乞 ( ものご )いのていで、 魚 ( さかな )をもらって 歩 ( ある )かれたという 話 ( はなし )がある。 …… 私 ( わたし )の 推察 ( すいさつ )では、 評判 ( ひょうばん )どおり、ほんとうの 源次郎 ( げんじろう )は、やはりあのとき 百姓家 ( ひゃくしょうや )の 離 ( はな )れで 死 ( し )に、いまの 源次郎 ( げんじろう )は、たぶん、 通 ( とお )りすがりの 物乞 ( ものご )いから 買 ( か )いとった 子供 ( こども )なのに 相違 ( そうい )ないと 思 ( おも )った。 物乞 ( ものご )いの 子供 ( こども )だから 物乞 ( ものご )いの 相 ( そう )があるのはあたり 前 ( まえ )のことで、 雪曽 ( せつそ )という 坊主 ( ぼうず )が、それを 看破 ( かんぱ )したのはまた 無理 ( むり )もない 話 ( はなし )。 萩之進 ( はぎのしん )のほうは 覚 ( おぼ )えのあることだから、 大 ( おお )いに 恐惶 ( きょうこう )して、なんとか 物乞 ( ものご )いの 相 ( そう )をはらいたいと 思 ( おも )い、いまの 故事 ( こじ )に 倣 ( なら )って、 千人悲願 ( せんにんひがん )を 思 ( おも )い 立 ( た )ち、そこで 書 ( か )きのこした 一筆 ( いっぴつ )が『すさきの 浜 ( はま )』……」 藤波 ( ふじなみ )は 頭 ( あたま )をかき、 「なるほど、そういうわけだったんですか。 そんなこととは 夢 ( ゆめ )にも 知 ( し )らず、 物乞い ( ものごい )の 餓鬼 ( がき )のそうざらいをしていたなんぞは、 実 ( じつ )にどうも 迂濶 ( うかつ )な 話 ( はなし )。 こりゃアどうもお 恥 ( は )ずかしい」 顎十郎 ( あごじゅうろう )は 手 ( て )でおさえ、 「まあまあ、そう 悄気 ( しょげ )られるにはおよばない。 手前 ( てまえ )にしてからが、ただもうほんの 思 ( おも )いつき。 偶然 ( ぐうぜん )そんな 話 ( はなし )を 知 ( し )っていたというだけの 功名 ( こうみょう )。 大 ( たい )して 自慢 ( じまん )にもなりゃアしません。 ……そりゃアそうと、 例 ( れい )の 土手 ( どて )の 斬 ( き )りかけの 件 ( けん )、あなたもひどい 目 ( め )にあったそうだが……」 「まったくありゃあ 凄 ( すご )かった。 びっくり 敗亡 ( はいぼう )して、 見得 ( みえ )もはりもなく 逃 ( に )げだしました」 「 手前 ( てまえ )もその 通 ( とお )り、てんで、 地面 ( じめん )に 足 ( あし )がついたとも 思 ( おも )われませんでしたのさ。 ……ところで、 藤波 ( ふじなみ )さん、あの 物凄 ( ものすご )い 剣気 ( けんき )のぬしは、 死 ( し )んだと 思 ( おも )われていた 土井鉄之助 ( どいてつのすけ )だったのですぜ」 「えッ」 「ところで、まだ 驚 ( おどろ )くことがある。 土井鉄之助 ( どいてつのすけ )こそは、 物乞 ( ものご )いの 子 ( こ )の 実 ( じつ )の 親 ( おや )。 産土 ( うぶすな )まいりの 帰 ( かえ )りみち、ちょうどそこへ 通 ( とお )りあわして、 家老 ( かろう )の 志津之助 ( しづのすけ )へ 自分 ( じぶん )の 子供 ( こども )を 売 ( う )った 当人 ( とうにん )」 「ほほう」 「 本来 ( ほんらい )なら 土井鉄之助 ( どいてつのすけ )は、 越前大野 ( えちぜんおおの )の 四万一千石 ( よんまんいっせんこく )をつぐはずだったが、 継母 ( ままはは )のために 廃嫡 ( はいちゃく )され、いっそ 気楽 ( きらく )な 世 ( よ )わたりをしようと、 物乞い ( ものごい )の 境涯 ( きょうがい )へ 身 ( み )を 落 ( おと )したが、もとを 正 ( ただ )せばおなじ 清和源氏 ( せいわげんじ )。 土井 ( どい ) 摂津守 ( せっつのかみ ) 利勝 ( としかつ )からわかれたおなじ 一家 ( いっけ )。 数馬 ( かずま )なんかにくらべると、このほうが 血筋 ( ちすじ )が 近 ( ちか )い。 いわばこれも 因縁 ( いんねん )ごと、 願 ( ねが )ってもない 決着 ( けっちゃく )だというべきでしょうが、 残 ( のこ )った 問題 ( もんだい )というのは、 替玉 ( かえだま )をして 相続 ( そうぞく )をねがいでたという 件 ( けん )だ。 が、このほうもしらを 切 ( き )って 押 ( お )しとおせば、どうにか 無事 ( ぶじ )におさまろうというもの。 数馬 ( かずま )や 数馬 ( かずま )の 伯父 ( おじ )のほうは、 土井鉄之助 ( どいてつのすけ )が 正面切 ( しょうめんき )っておさえつけるはずですから、そういう 事実 ( じじつ )の 前 ( まえ )には、グウともいえるわけがない」 藤波 ( ふじなみ )は 舌 ( した )を 巻 ( ま )いて、 「こりゃアどうも、いよいよいけない。 すると 私 ( わたし )がジャジャ 張 ( は )ったら、せっかくの 機縁 ( きえん )もフイにしてしまうところでしたな。 いや、いい 教訓 ( きょうくん )を 得 ( え )ました。 ……これですっかり 話 ( はなし )はわかったが、すると 土井鉄之助 ( どいてつのすけ )はあのとき……」 顎十郎 ( あごじゅうろう )はうなずいて、 「そうですよ。 千人悲願 ( せんにんひがん )をとげさせるまで、どんな 奴 ( やつ )でも 一歩 ( いっぽ )も 寄 ( よ )せつけまいと、かげながら 守 ( まも )っていたというわけ」 「すると、どっちみち、われわれじゃあ 寄 ( よ )りつけなかった。 あなたは 途中 ( とちゅう )で 手 ( て )をぬいたからいいようなものの、 私 ( わたし )のほうは、まるっきりの 無駄骨折 ( むだぼねお )り、こいつあ 馬鹿 ( ばか )を 見 ( み )ました」 顎十郎 ( あごじゅうろう )はへへら 笑 ( わら )って、 「ほら 御覧 ( ごらん )なさい。 だからたまにゃあ、ひとのいうことも 聞 ( き )くもんです。 あなたはすこし 強情 ( ごうじょう )だよ」.

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たのしい万葉集: 萩(はぎ)

おい はぎの そうい

2010年7月の集中豪雨で全壊 夏目漱石が松山中学 (現松山東高校) の英語教師として赴任していた時に下宿していた上野家の離れを再現した建物。 漱石は、自らを「愚陀仏(漱石の別号《べつごう= 別の呼び名》 」と称して、俳句に熱中した。 1895 (明治28) 年に松山中学校英語教師として、校長より高い月給80円で赴任した漱石は、その年の6〜7月の頃、松山城の山裾にあった「町はづれの岡の中腹にある至極閑静な家」「裁判所の裏の山の半腹にて眺望絶佳の別天地」の愛松亭(小料理屋) から松山市2番町(現在の料亭「天平」付近) の上野義方邸内の2階建ての離れ(1・2階ともに8畳に6畳の2間) に移った。 ここに、療養のため帰郷した正岡子規が一時居候し、同年8月27日から10月17日までの52日間、子規と漱石は共同生活を送った。 子規はここで句会などを開くとともに、「俳諧大要」をしたため、また1894 (明治27) 年に松山高等小学校長(当時) の中村愛松、教員の野間叟柳(のまそうりゅう) らが組織した日本新派俳句最初の組織である 「松風会(しょうふうかい) 」会員30数名を指導した。 離れ自体は、1945 (昭和20) 年7月26日の松山空襲で焼失したが、「子規記念博物館」3階にその1階の部分が、また1982(昭和57) 年に萬翠荘敷地内に復元されたが、2010(平成22) 年7月12日午前6時ころから短時間に大雨が降った影響で山腹の土砂が崩れ、全壊した。 愚陀仏庵にて子規が試みた吟行 (ぎんこう= 和歌や俳句の題材を求めて、名所・旧跡などに出かけること) の記録が、「 」として残されている。 『散策集』の冒頭の言葉 今日はいつになく心地よければ折柄来合せたる碌堂を催してはじめて散歩せんとて愚陀仏庵を立ち出づる程秋の風のそゞろに背を吹てあつからず玉川町より郊外には出でける見るもの皆心行くさまなりです。 おれは即夜 (そくや) 下宿を引き払(はら) った。 宿へ帰って荷物をまとめていると、女房が何か不都合でもございましたか、お腹の立つ事があるなら、云っておくれたら改めますと云う。 どうも驚く。 世の中にはどうして、こんな要領を得ない者ばかり揃ってるんだろう。 出てもらいたいんだか、居てもらいたいんだか分りゃしない。 まるで気狂(きちがい) だ。 こんな者を相手に喧嘩をしたって江戸っ子の名折れだから、車屋をつれて来てさっさと出てきた。 出た事は出たが、どこへ行くというあてもない。 車屋が、どちらへ参りますと云うから、だまって尾(つ) いて来い、今にわかる、と云って、すたすたやって来た。 面倒だから山城屋へ行こうかとも考えたが、また出なければならないから、つまり手数だ。 こうして歩いてるうちには下宿とか、何とか看板のあるうちを目付け出すだろう。 そうしたら、そこが天意(てんい=天の意志。 造物主の意志。 また、自然の道理) に叶(かな) ったわが宿と云う事にしよう。 とぐるぐる、閑静で住みよさそうな所をあるいているうち、鍛冶屋町へ出てしまった。 ここは士族屋敷で下宿屋などのある町ではないから、もっと賑(にぎ) やかやかな方へ引き返そうかとも思ったが、ふといい事を考え付いた。 おれが敬愛するうらなり君はこの町内に住んでいる。 うらなり君は土地の人で先祖代々の屋敷を控(ひか) えているくらいだから、この辺の事情には通じているに相違(そうい) ない。 あの人を尋(たず) ねて聞いたら、よさそうな下宿を教えてくれるかも知れない。 幸(さいわ) い一度挨拶(あいさつ) に来て勝手は知ってるから、捜(さ) がしてあるく面倒はない。 ここだろうと、いい加減に見当をつけて、ご免(めん) ご免と二返ばかり云うと、奥から五十ぐらいな年寄りが古風な紙燭(しそく=室内用の照明具の一。 松の木を長さ45センチ、直径1センチほどの棒状に削り、先端を焦がして油を塗り、火をつけるもの。 手元を紙屋紙で巻くので「紙燭」の字を当てる。 また、紙や布を細くひねって油を染み込ませたものをもいう。 ししょく) をつけて、出て来た。 おれは若い女も嫌(きら) いではないが、年寄を見ると何だかなつかしい心持ちがする。 大方清(きよ) がすきだから、その魂(たましい) が方々のお婆(ばあ) さんに乗り移るんだろう。 これは大方うらなり君のおっ母(か) さんだろう。 切り下げの品格のある婦人だが、よくうらなり君に似ている。 まあお上がりと云うところを、ちょっとお目にかかりたいからと、主人玄関まで呼び出して実はこれこれだが君どこか心当りはありませんかと尋ねてみた。 うらなり先生それはさぞお困りでございましょう、としばらく考えていたが、この裏町に萩野(はぎの) と云って老人夫婦ぎりで暮(く) らしているものがある、いつぞや座敷を明けておいても無駄だから、たしかな人があるなら貸してもいいから周旋(しゅうせん) してくれと頼(たの) んだ事がある。 今でも貸すかどうか分らんが、まあいっしょに行って聞いてみましょうと、親切に連れて行ってくれた。 その夜から萩野の家の下宿人となった。 驚いたのは、おれがいか銀の座敷を引き払うと、翌日 (あくるひ) から入れ違いに野だが平気な顔をして、おれの居た部屋を占領した事だ。 さすがのおれもこれにはあきれた。 世の中はいかさま師ばかりで、お互いに乗せっこをしているのかも知れない。 いやになった。 世間がこんなものなら、おれも負けない気で、世間並にしなくちゃ、遣 (や) りきれない訳になる。 巾着切(きんちゃくきり=他人が身につけている金品を、その人に気づかれないように、すばやく盗み取ること。 また、その者。 ちぼ) の上前(うわまえ=衣服の前身頃《まえみごろ》を合わせたとき、上側になる身頃。 うわがえ) をはねなければ三度のご膳(ぜん) が戴(いただ) けないと、事が極(き) まればこうして、生きてるのも考え物だ。 と云ってぴんぴんした達者なからだで、首を縊(くく) っちゃ先祖へ済まない上に、外聞が悪い。 考えると物理学校(現東京理科大学) などへはいって、数学なんて役にも立たない芸を覚えるよりも、600円を資本(もとで) にして牛乳屋でも始めればよかった。 そうすれば清もおれの傍(そば) を離れずに済むし、おれも遠くから婆さんの事を心配しずに暮らされる。 いっしょに居るうちは、そうでもなかったが、こうして田舎へ来てみると清はやっぱり善人だ。 あんな気立(きだて) のいい女は日本中さがして歩いたってめったにはない。 婆さん、おれの立つときに、少々風邪(かぜ) を引いていたが今頃(いまごろ) はどうしてるか知らん。 先だっての手紙を見たらさぞ喜んだろう。 気になるから、宿のお婆さんに、東京から手紙は来ませんかと時々尋ねてみるが、聞くたんびに何にも参りませんと気の毒そうな顔をする。 ここの夫婦はいか銀とは違って、もとが士族だけに双方共上品だ。 爺(じい) さんが夜るになると、変な声を出して謡(うたい) をうたうには閉口するが、いか銀のようにお茶を入れましょうと無暗(むやみ) に出て来ないから大きに楽だ。 お婆さんは時々部屋へ来ていろいろな話をする。 どうして奥さんをお連れなさって、いっしょにお出(い) でなんだのぞなもしなどと質問をする。 奥さんがあるように見えますかね。 可哀想(かわいそう) にこれでもまだ二十四ですぜと云ったらそれでも、あなた二十四で奥さんがおありなさるのは当り前ぞなもし冒頭(ぼうとう) を置いて、どこの誰(だれ) さんは二十でお嫁(よめ) をお貰(もら) いたの、どこの何とかさんは二十二で子供を二人(ふたり) お持ちたのと、何でも例を半ダースばかり挙げて反駁(はんばく= 人の主張や批判に対して論じ返すこと。 反論) を試みたには恐(おそ) れ入った。 それじゃ僕も二十四でお嫁をお貰いるけれ、世話をしておくれんかなと田舎言葉を真似(まね) て頼んでみたら、お婆さん正直に本当かなもしと聞いた。 なお漱石は、熊本の第5高等学校 (現熊本大学) 教授となり、松山に赴任した翌年の1896(明治29) 年4月11日に松山を去ることになる。

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夏目漱石 坊っちゃん

おい はぎの そうい

さっきの雷鳴で、雨は、カラッと 霽 ( は )れた。 往来の水たまりに、星がうつっている。 いつもなら、 爪紅 ( つまべに )さした品川女郎衆の、素あしなまめかしいよい闇だけれど。 今宵は。 問屋場の油障子に、ぱっとあかるく灯がはえて、右往左往する人かげ。 ものものしい宿場役人の提灯がズラリとならび、 「よしっ! ただの場合ではない。 いいかげんに通してやるゆえ、行けっ!」 「おいコラア! その 振分 ( ふりわけ )はあらためんでもよい。 さっさと失せろっ」 荷物あらための 出役 ( でやく )と、上り下りの旅人のむれが、黒い影にもつれさせて、わいわいいう騒ぎだ。 ひがしはこの品川の 本宿 ( ほんじゅく )と、西は、 琵琶湖畔 ( びわこはん )の草津と、東海道の両端で、のぼり下りの荷を目方にかけて、きびしく調べたものだが、今夜は、それどころではないらしい。 ろくに見もせずに、どんどん通している。 大山 ( おおやま )もうでの講中が、逃げるようにとおりすぎて行ったあとは、まださほど夜ふけでもないのに、人通りはパッタリとだえて、なんとなく、つねとは違ったけしきだ。 それもそのはず。 八ツ山下の本陣、 鶴岡市郎右衛門 ( つるおかいちろうえもん ) 方 ( かた )のおもてには、 抱 ( だ )き 榊 ( さかき )の 定紋 ( じょうもん )うった 高張 ( たかはり )提灯を立てつらね、玄関正面のところに槍をかけて、入口には番所ができ、その横手には、青竹の 菱垣 ( ひしがき )を結いめぐらして、まんなかに、宿札が立っている。 江戸から百十三里、伊賀国柳生の里の城主、 柳生対馬守 ( やぎゅうつしまのかみ )の弟で 同姓 ( どうせい ) 源 ( げん )三 郎 ( ろう )。 「 伊賀 ( いが )の 暴 ( あば )れン 坊 ( ぼう )」で日本中にひびきわたった青年剣客が、 供 ( とも )揃いいかめしく東海道を押してきて、あした江戸入りしようと、今夜この品川に泊まっているのだから、警戒の宿場役人ども、事なかれ主義でびくびくしているのも、むりはない。 「さわるまいぞえ手をだしゃ痛い、伊賀の暴れン坊と栗のいが」 唄にもきこえた柳生の御次男だ。 さてこそ、何ごともなく夜が明けますようにと、品川ぜんたいがヒッソリしているわけ。 たいへんなお客さまをおあずかりしたものだ。 だが、なかなか声がとどかない。 宿 ( しゅく )は、このこわいお客さまにおそれをなして、息をころしているが、本陣の 鶴岡 ( つるおか )、ことに、この奥の部屋部屋は、いやもう、割れっかえるような 乱痴気 ( らんちき )さわぎなので。 なにしろ、名うての伊賀の国柳生道場の武骨ものが、同勢百五十三人、気のおけない若先生をとりまいて、泊まりかさねてここまで練ってきて、 明朝 ( あす )は、江戸へはいろうというのだから、今夜は安着の前祝い……若殿源三郎から 酒肴 ( しゅこう )がおりて、どうせ夜あかしとばかり、一同、呑めや唄えと無礼講の最中だ。 ことに、源三郎こんどの 東 ( あずま )くだりは、ただの旅ではない。 はやりものの武者修行とも、もとより違う。 源三郎にとって、これは、一世一代の 婿 ( むこ )入り道中なのであった。 江戸は 妻恋坂 ( つまこいざか )に、あの辺いったいの広大な地を領して、その 豪富 ( ごうふ ) 諸侯 ( しょこう )をしのぎ、また、剣をとっては当節府内にならぶものない 十方不知火流 ( じっぽうしらぬいりゅう )の開祖、 司馬 ( しば )老先生の道場が、この「伊賀のあばれん坊」の婿いりさきなのだ。 さっそく気に入りの門弟をしたがえて、出かけてきたわけ。 さきにおめでたが待っているから、陽気な旅だ。 その旅も、今夜でおしまいだというので、腕の立つわかい連中の大一座、ガヤガヤワイワイと、伊賀の山猿の吐く酒気で、室内は、むっと 蒸 ( む )れている。 供頭役 ( ともがしらやく )安積玄心斎の大声も、一度や二度ではとおらない。 牡丹餅大 ( ぼたもちだい )の 紋 ( もん )をつけたのが、 「こらっ、 婢 ( おんな )っ! 北廓 ( ほっかく )はいずれであるか、これからまいるぞ。 案内をいたせっ。 ははははは、愉快愉快」 とろんとした眼で見据えられて、 酌 ( しゃく )に出ている女中は、逃げだしたい気もち。 玄心斎は、とうとう 呶声 ( どせい )をあげて、 「しずかにせいっ! わしがこうして、お部屋のそとから声をかけておるのに、貴様たちはなんだ。 いまその者が、 馳 ( は )せ戻ってのはなしによると……。 会わぬ、という。 しかるべき重役が出て、 鄭重 ( ていちょう )な応対のあるべきところを、てんで取次ぎもせぬという。 意外とも、言語道断とも、いいようがない。 約束が違う。 聞いた玄心斎は、一 徹 ( てつ )ものだけに、火のように怒って、こうしてしきりに、主君源三郎のすがたを求めているのだが、 肝腎 ( かんじん )の伊賀のあばれン坊、どこにもいない。 広いといっても知れた本陣の奥、弟子たちも、手分けしてさがした。 と……玄心斎が、蔵の 扉 ( と )まえにつづくあんどん部屋の前を通りかかると、 室内 ( なか )から、男とおんなの低い話し声がする。 「殿ッ! さような者とおられる場合ではござらぬ。 だいぶ話がちがいまするぞ」 夜なので、行燈はすっかり出はらって、がらんとした部屋…… 煽 ( あお )りをくらった手燭が一つ、ユラユラと揺れ立って、伊賀の若様の蒼白い顔を、照らし出す。 今でいえば、まあ、モダンボーイ型というのだろう。 剣とともにおんなをくどくことが 上手 ( じょうず )で、その糸のような眼でじろっと見られると、たいがいの女がぶるると嬉しさが 背走 ( せばし )る。 そして、源三郎、片っぱしから女をこしらえては、 欠伸 ( あくび )をして、捨ててしまう。 今もそうで、旅のうらない師というこの若い女を引き入れているところへ、ちょっと 一目 ( いちもく )おかなければならない玄心斎の白髪あたまが、ぬうっと出たので、源三郎、 中 ( ちゅう )っ 腹 ( ぱら )だ。 「み、見つかっては、し、仕方がない」 と言った。 藍 ( あい )の 万筋結城 ( まんすじゆうき )に、黒の小やなぎの半えり、 唐繻子 ( とうじゅす )と 媚茶博多 ( こびちゃはかた )の 鯨 ( くじら )仕立ての帯を、ずっこけに結んで立て膝した裾のあたりにちらつくのは、 対丈緋 ( ついたけひ )ぢりめんの長じゅばん……どこからともなく、この本陣の奥ふかく紛れこんでいたのだが、その 自 ( みずか )ら名乗るごとく、旅のおんな占い師にしては、すこぶる 仇 ( あだ )すぎる風俗なので。 「若は御存知あるまいが、この者は、妻恋坂司馬道場の奥方、お蓮さまの 侍女 ( こしもと )でござる。 拙者は、先般この御婚儀の件につき、先方へ談合にまいった折り、顔を見知って、おぼえがあるのだ」 お蓮さまというのは、司馬老先生の若い後妻である。 「その妻恋坂のお女中が、何しにこうして姿をかえて、君の身辺に入りこんでおるのかっ? それが、 解 ( げ )せぬ。 解せませぬっ」 怒声をつのらせた玄心斎、 「女ッ! 返事をせぬかっ!」 「うらないをしてもらっておったのだよ」 うるさそうな源三郎の口調、 「なあ女。 余は、スス、水難の相があるとか申したな」 おんなは、ウフッ! と笑って、答えない。 「 爺 ( じい )の用というのは、なんだ」 と源三郎の眼が、玄心斎へ向いた。 「司馬の道場では、挨拶にやった門之丞を、無礼にも追いかえしましたぞ。 先には、あなた様を萩乃さまのお婿に……などという気は、今になって、すこしもないらしい。 どうじゃっ!」 「お察しのとおり、ホホホホ」 すこしも悪びれずに、女が答えた。 「お蓮さまの一党は、継子の萩乃さまに、お婿さんをとって、あれだけの家督をつがせるなんて、おもしろくないじゃアありませんか。 それに、司馬の大先生は、いま大病なんですよ。 きょうあすにも、お命があぶないんです。 播磨大掾 ( はりまだいじょう ) 水無 ( みな )し 井戸 ( いど )の一刀はもう腰へかえっている。 玄心斎、胆をつぶして、 空 ( くう )におよいだ。 首のない屍骸は、切り口のまっ赤な肉が 縮 ( ちぢ )れ、白い脂肪を見せて、ドクドク血を吹いている。 二、三度、 四肢 ( てあし )が 痙攣 ( けいれん )した。 首は、元結が切れてザンバラ髪、眼と歯をガッ! と剥いて、まるで置いたように、畳の 縁 ( へり )にのっている。 血の沼に爪立ちして、源三郎、ふところ手だ。 「 硯 ( すずり )と料紙をもて」 と言った。 なにも斬らんでも……と玄心斎は、くちびるを紫にして、立ちすくんでいた。 門弟たちは、まだ源三郎をさがしているのだろう。 「萩乃さまの儀は、いかがなさるる御所存……」 玄心斎が、暗くきいた。 「筆と紙を持ってこい」源三郎は欠伸をした。 「兄と司馬先生の約束で、萩乃は、余の妻ときまったものだ。 会ったことはないが、あれはおれの女だ」 「司馬老先生は、大病で、明日をも知れんと、いまこのおんなが申しましたな」 源三郎は、ムッツリ黙りこんでいる。 仕方なしに、玄心斎が、そっと硯と紙を持ってくると、源三郎一筆に書き下して、 「押しかけ女房というは、これあり 候 ( そうら )えども、押しかけ亭主も、また 珍 ( ちん )に候わずや。 いずれ近日、ゆるゆる推参、道場と萩乃どのを申し受くべく 候 ( そうろう )」 そして、源三郎、つかつかと首のそばへ行って、しゃがむが早いか、固く結んだ歯を割って、首に、その 書状 ( てがみ )をくわえさせた。 「これを、妻恋坂へ届けろ」 と、また欠伸をした。 首手紙……玄心斎が、緊張した顔でうなずいたとたん、女の死体のたもとから、白い紙片ののぞいているのに眼をとめた源三郎、引きだしてみると、書きつけのようなもので、「老先生が死ぬまで、せめて二、三日、なんとでもして伊賀の暴れん坊を江戸へ入れるな」という意味のことが書いてある。 筆者は、 峰丹波 ( みねたんば )……。 「ナニ、こけ猿が? して、お供の人数の中に、 何人 ( だれ )か見あたらぬ者はないかっ?」 「かの、つづみの与吉と申すものが、おりませぬ」 「チェッ! してやられたか。 遠くは行くまい。 品川じゅうに手分けしてさがせっ!」 と玄心斎の 下知 ( げち )に、バラバラっと散って行く伊賀の若ざむらいども。 「殿、お聞きのとおり、あのつづみの与吉めが、耳こけ猿を持ち出しましてござります。 察するところ、 彼奴 ( きゃつ )、妻恋坂の峰丹波の命を受け、三島まで出張りおって、うまうまお行列に加わり……ウヌッ!」 「そうであろう」 源三郎は、淡々として水のごとき顔いろ、 「そこへ、今夜この女が、与吉と連絡をとりに、入りこんだものであろう。 こけ猿は、なんとしても取り返せ」 「 御意 ( ぎょい )!」 玄心斎も、 柄 ( つか )をおさえて、走り去った。 こけ猿というのは……。 相阿弥 ( そうあみ )、 芸阿弥 ( げいあみ )の編した 蔵帳 ( くらちょう )、一名、 名物帳 ( めいぶつちょう )の筆頭にのっている天下の名器で、朝鮮渡来の茶壺である。 上薬 ( うわぐすり )の焼きの模様、味などで、紐のように薬の流れているのは、小川。 ボウッと浮かんでいれば、かすみ、あけぼの、などと、それぞれ茶人のこのみで名があるのだが、この問題の茶壺は、耳がひとつ欠けているところから、こけ猿の名ある柳生家伝来の大名物。 このたび、源三郎婿入りの引出ものに、途中もずっとこの茶壺一つだけ駕籠に乗せて、大大名の格式でおおぜいで警護してきたのだ。 そのこけ猿の茶壺が、江戸を眼のまえにしたこの品川の泊りで、司馬道場の隠密つづみの与吉に、みごと盗みだされたのだった。 肩をいからした柳生の弟子ども、口々にわめきながら、水も洩らさじと品川の町ぜんたいを右往左往する。 首を送りこむ役は、門之丞にくだって、手紙をくわえた女の生首は、 油紙 ( ゆし )にくるんで柳生の定紋うった 面箱 ( めんばこ )におさめられ、ただちに夜道をかけて妻恋坂へとどけられた。 挑戦の火ぶたは、きられたのです。 宿役人の 杞憂 ( きゆう )は、現実となった。 春は 御殿山 ( ごてんやま )のさくら。 槙 ( まき )の湯船の香が、プンとにおう。 この風呂桶は、毎日あたらしいのと換えたもので……。 八畳の 高麗縁 ( こうらいぶち )につづいて、八畳のお板の間、壁いっぱいに 平蒔絵 ( ひらまきえ )をほどこした、お湯殿である。 千代田のお城の奥ふかく、いま、八代 吉宗公 ( よしむねこう )がお風呂を召していらっしゃる。 ふしぎなことには、将軍さまでも、お湯へおはいりのときは裸になったものです。 余談ですが、 馬関 ( ばかん )の 春帆楼 ( しゅんぱんろう )かどこかで、伊藤博文公がお湯へはいった。 そのとき、流しに出た者が、伊藤さんが手拭で、前をシッカとおさえているのを見て、あの伊藤さんてえ人は下賤の生れだといったという。 高貴の生れの方は、肉体を恥じないものだそうです。 御紋 ( ごもん )散らしの塗り桶を前に、流し場の金蒔絵の腰かけに、 端然 ( たんぜん )と控えておいでです。 五本骨の扇、三百の侯伯をガッシとおさえ、三つ葉 葵 ( あおい )の金紋六十余州に輝いた、八代吉宗といえば徳川も盛りの絶頂。 深閑とした大奥。 松をわたってくる 微風 ( かぜ )が、お湯どのの高窓から吹きこんで、あたたかい霧のような湯気が、揺れる。 吉宗公は、しばらく口のなかで、なにか謡曲の一節をくちずさんでいたが、やがて、 「 愚楽 ( ぐらく )! 愚楽爺 ( ぐらくじい )はおらぬか。 流せ」 とおっしゃった。 お声に応じて、横手の、 唐子 ( からこ )が 戯 ( たわむ )れている 狩野派 ( かのうは )の 図 ( ず )をえがいた塗り扉をあけて、ひょっくりあらわれた人物を見ると、……誰だってちょっとびっくりするだろう。 これが、いま呼んだ愚楽老人なのか。 まるで七つ八つの子供だ。 おまけに、この愚楽老人亀背なんです。 すると、八代様、思いだしたように、 「のう、愚楽、来年の日光の御造営は、誰に当てたものであろうのう」 と、きいた。 二十年目、二十年目に、日光東照宮の大修繕をやったものだった。 なにしろ、あの 絢爛 ( けんらん )をきわめた美術建築が、雨ざらしになっているのだから、ちょうど二十年もたてば、保存の上からも、修理の必要があったのだろうが、それよりも、元来、徳川の威を示し、庶民を 圧伏 ( あっぷく )するのが目的で建てられた、あの壮麗眼をうばう 大祖廟 ( だいそびょう )だから、この二十年目ごとの修営も、 葵 ( あおい )の風に草もなびけとばかり、費用お構いなし、必要以上に金をかけて、大々的にやったもので。 もっとも、幕府が自分でやるんではない。 諸侯の一人をお 作事 ( さくじ )奉行に命じて、造営費いっさいを出させるんです。 人の金だから、この二十年目のお修復にはじゃんじゃんつかわせた。 天下を平定して、八世を経てはいるが、外様の大大名が辺国に 蟠踞 ( ばんきょ )している。 外様とのみいわず、諸侯はみな、その地方では絶大の権力を有し、 人物才幹 ( じんぶつさいかん )、一 癖 ( くせ )も二 癖 ( くせ )もあるのが、すくなくない。 謀叛 ( むほん )のこころなどはないにしても、二代三代のうちに自然に金が溜まって、それを軍資にまわすことができるとなれば、ナニ、徳川も昔はじぶんと同格……という考えを起こして、ふと、反逆心が 兆 ( きざ )さぬでもない。 それを防ぐために、二十年目ごとに、富を 擁 ( よう )しているらしい藩を順に指名して、この日光山大修復のことに当たらせ、そのつもった金を吐きださせようという魂胆であった。 いわば、出来ごころ防止策。 だから、この二十年目の東照宮修営を命じられると、どんな 肥 ( ふと )った藩でも、一度でげっそり 痩 ( や )せてしまう。 大名連中、「日光お直し」というと天下の 貧乏籤 ( びんぼうくじ )、引き当てねばよいが……と、ビクビクものであった。 で、二十年目が近づくと、各藩とも金を隠し、日本中の貧乏をひとりで背負ったような顔をして、わざと幕府へ借金を申し込むやら、急に、爪に火をともす倹約をはじめるやら……イヤ、その苦しいこと、財産 隠蔽 ( いんぺい )に大骨折りである。 ところが、江戸の政府も相当なもので、お庭番と称する将軍さまおじきじきの密偵が、絶えず諸国をまわっていて、ふだんの生活ぶりや、庶民の風評を土台に、ちゃんと大名たちの財産しらべができているのだ。 ごまかそうたって、だめ……。 このお庭番の総帥が、これなるお風呂番、愚楽老人なのでございます。 来年は、その二十年めに当たる。 「今度は、誰に下命したものであろうの」 「さようですな。 が、これらは、中途の小手入れ。 例の二十年目の大げさなやつは、先代 有章院 ( ゆうしょういん )七代 家継公 ( いえつぐこう )のときから数えて二十年めにあたる享保十六年 辛亥 ( かのとい )……この時の造営奉行、柳生対馬守とチャンと出ている。 つまり、この講談は、その前年からはじまっているのです。 「対馬は剣術つかいじゃアねえか。 人斬りはうまかろうが、金なぞあるめえ」 とおっしゃった。 吉宗は相手が愚楽老人だと、上機嫌に、こんな伝法な口をきいたもんです。 先祖と申せば、お前、あの柳生一刀流の……」 「へえ。 うんとこさ金を作って、まさかの用に、どっかに隠してあるんですよ」 「そうか。 そいつは危険じゃ。 すっかり吐き出させねばならぬ。 よいこと探ったの」 「地獄耳でさあ。 これで、大名たちが桑原桑原とハラハラしている来年の日光おなおしが、いよいよ柳生対馬守に落ちることにきまった。 なんでも、よきにはからえ……これが命令だ。 都合のいい言葉があったもので。 はからえられたほうこそ災難です。 吉宗、最高政策中の最高政策、もっとも機密を要する政談は、いつも必ず、この愚楽老人ひとりを相手に、こうしてお風呂場で相談し、決定したのだ。 この千代田湯の怪人は、そもそも何もの?…… 垢 ( あか )すり 旗下 ( はたもと )の名で隠然権勢を張る、非常な学者で、また人格者でした。 慶長 ( けいちょう )五年九月十五日、東西二十万の大軍、 美濃国 ( みののくに ) 不破郡 ( ふわぐん ) 関 ( せき )ヶ 原 ( はら )に対陣した。 ここまでは、どの歴史の本にも、書いてある。 家康は、 桃配 ( ももくばり )というところに陣を敷いていたが、野天風呂を命じて、ふろ桶から首だけ浮かべて幕僚に策を授けた。 これは、ほんとの秘史で、どの本にも書いてないけれども、この、大将の敵を前にした 泰然 ( たいぜん )たる入浴ぶりに、全軍の士気大いにあがり、それがひいては勝敗を決定して、徳川の礎を据えたと言われている。 ところで、そのとき、パラパラと雨が落ちてきた。 すると幕下のひとりに、 小気 ( こき )のきいた奴があって、その湯にはいっている家康公に傘をさしかけながら、背中を流した。 その落ちついたありさまが、ひどく家康の気にいって、そいつを 旗下 ( はたもと )にとり立てて、世々代々風呂番をお命じになった。 これが初代の愚楽で、それ以来、旗下八万騎の一人として、相伝えて将軍さまの 垢 ( あか )をながしてきた。 人呼んで垢すり旗下。 だから、愚楽老人、ただの風呂番ではない。 真っぱだかの人間吉宗と、ふたりっきり、ほんとうに膝つき合わせて、なんでも談合できるのは、愚楽ひとりだった。 さて……。 今日は、いよいよ来年の日光修理の大役が、指名される日である。 参覲 ( さんきん )交代で江戸に在勤中の大名は、自身で、国詰め中のものは、代りに江戸家老が、おのおの格式を見せた供ぞろい 美々 ( びび )しく、 大手 ( おおて )から下馬先と、ぞくぞく登城をする。 御本丸。 柳の間は、たちまち、長袴に 裃 ( かみしも )でいっぱい、白髪、若いの、肥ったの、痩せたの……。 内藤豊後守 ( ないとうぶんごのかみ )は、 狆 ( ちん )のような顔をキョトキョトさせ、 小笠原左衛門佐 ( おがさわらさえもんのすけ )は、腹でも痛いのか、渋い面だ。 正面、 御簾 ( みす )をたらした吉宗公のお座席のまえに、三宝にのせた白羽の矢が一本、飾ってある。 あの矢が誰に落ちるかと、一同、安きこころもない。 当てられてはたまらないから、いかに 貧的 ( ひんてき )な顔をしようかと、苦心 惨澹 ( さんたん )。 「あいや、 伊達 ( だて )侯……先刻よりお見受けするところ、御貴殿、首をまっすぐに立てたきり、曲がらぬようじゃが、いかがめされた。 寝 挫 ( くじ )きでもされたか」 「ウーム、よくぞお聞きくだされた。 実は、お恥ずかしき次第ながら、首が曲がらぬ、借金でナ」 中には、 「もうこれで一月、米の飯というものを拝んだことはござらぬ。 米の形を忘れ申した。 茶腹が鳴るワ」 「 森越中殿 ( もりえっちゅうどの )、 其許 ( そこもと )は御裕福でござろう、塩という財源をひかえておらるるからナ」 「御冗談でしょう。 こう不況では、シオがない」 赤穂の、殿様、 洒落 ( しゃれ )をとばした。 ドッ! と湧くわらい。 これだけのユーモアでも、元禄の赤穂の殿様にあったら、 泉岳寺 ( せんがくじ )は名所ならず、浪花節は種に困ったろう。 お廊下に当たって、お茶坊主の声。 四方八方から、声がとんで、 「南部侯、どうも日光は貴殿らしいぞ。 北国随一の大藩じゃからのー」 「よしてくれ」 と南部さま、御機嫌がわるい。 「城の屋根が洩って 蓑 ( みの )を着て寝る始末じゃ。 大藩などとは、人聞きがわるい」 きょうは、すべていうことが逆だ。 「何を言わるる。 鉄瓶と馬でしこたまもうけておきながら……」 「もうけたとはなんだ! 無礼であろうぞ!」 南部侯、むきだ。 金持といわれることは、きょうは禁物なのである。 とたんに、この大広間の一方から、手に手に大きな菓子折りを捧げたお坊主が多勢、ぞろぞろ出てきて、一つずつ、 並 ( なみ )いる一同の前へ置いた。 一眼見ると、みんなサッと真っ赤になって、モジモジするばかり。 ふだんから赤い京極飛騨守などは、むらさきに……。 おもては菓子折りでも、 内容 ( なか )は小判がザクザク……愚楽の口ひとつで日光をのがれようというので、こっそり届けたのが、こうしておおっぴらに、しかも、一座のまえで、みんなそのまま突っ返されたのだから、オヤオヤオヤの鉢あわせ。 あわてて 有背後 ( うしろ )に隠して、おやじめ皮肉なことをしやアがる……隣近所、気まずい眼顔をあわせていると、シーッ! シッ! と 警蹕 ( けいひつ )の声。 吉宗公、御着座だ。 「用意を」 と吉宗、お 傍 ( そば )小姓をかえりみた。 お小姓の合図で、裾模様の御殿女中が、何人となく列をつくって、しずしずとあらわれ出た。 濃いおしろい、前髪のしまった、 髱 ( たぼ )の長く出た片はずし……玉虫いろのおちょぼ口で、めいめい手に手に、満々と水のはいった硝子の鉢を捧げている。 それを、一同の前へ、膝から三尺ほどのところへ、一つずつ置いた。 二十年めの日光御修理の役をきめるには、こうして将軍のまえで、ふしぎな 籤 ( くじ )をひいたものである。 さて、一同の前に一つずつ、水をたたえたギヤマンの鉢が配られると、 裃 ( かみしも )すがたの愚楽老人が、ちょこちょこ出てきた。 子供のようなからだに、しかつめらしいかみしもを着ているのだから、ふだんなら 噴飯 ( ふきだ )すものがあるかも知れないがいまは、それどころではない。 みな 呼吸 ( いき )をつめて、愚楽を見つめている。 老人、手に 桶 ( おけ )をさげている。 桶の中には、それはまた、なんと! 金魚がいっぱい詰まっていて、 柄杓 ( ひしゃく )がそえてあるのだ。 生きた金魚……真紅の 鱗 ( ひれ )をピチピチ躍らせて。 金魚籤 ( きんぎょくじ )が、はじまった。 愚楽老人は、一匹ずつ柄杓で、手桶の金魚をすくい出しては、はしから順々に、大名達の前に置いてあるギヤマン鉢へ、入れてゆくのだ。 ごっちゃに押しこめられた桶から、急に、鉢の清水へ放されて、金魚はうれしげに、尾ひれを伸ばして泳いでいる。 じぶんの鉢に入れられた金魚が、無事におよぎ出した者は、ホッと安心のてい。 愚楽老人の柄杓が、上座から順に、鉢に一ぴきずつ金魚をうつしてきて、いま、 半 ( なか )ばを過ぎた一人のまえの鉢へ、一匹すくい入れると、 「やっ! 死んだっ! 当たったっ……!」 と口々に叫びが起こった。 この鉢に限って、金魚が死んだのだ。 どの金魚も、すぐ、いきおいよくおよぎ出すのに、これだけは、ちりちりと円くなって、たちまち浮かんでしまった。 「おう、柳生どのじゃ。 伊賀侯じゃ」 その鉢を前にして、柳生藩江戸家老、 田丸主水正 ( たまるもんどのしょう )、蒼白な顔で、ふるえだした。 シンとした大広間で、一座が、じっと見守っていると、愚楽老人の柄杓で手桶から、柳生対馬守の代理、江戸家老、田丸主水正のまえにおかれたギヤマン鉢へ、一ぴきすくい入れられた金魚が、こいつに限って、即座に色を変えて死んでしまったから、サア、御前をもかえりみず、一同、ガヤガヤという騒ぎ……。 「ヤ! 金魚が浮かんだ。 みんな助かったという顔つきで、ホッとした 欣 ( よろこ )びは、おおいようもなく、その面色にみなぎっているので。 なぜこの田丸主水正の鉢だけ、金魚が死んだか? ナアニ、こいつは死ぬわけだ。 この鉢だけ、清水のかわりに、熱湯が入れてあるのだ。 指もはいらない熱湯なんだから、これじゃあ金魚だってたまらない。 たちまちチリチリと白くあがって、金魚の 白茹 ( しらゆで )ができてしまうわけ。 この、金魚の死んだ 不可思議 ( ふかしぎ )な現象こそは、東照宮さまの御神託で、その者に 修営 ( なお )してもらいたい……という日光様のお望みなんだそうだが、インチキに使われる金魚こそ、いい災難。 「煮ても焼いても食えねえ、あいつは金魚みたいなやつだ、なんてえことをいうが、冗談じゃアねえ。 上には上があらあ」 と、断末魔の金魚が、苦笑しました。 二十年目の日光大修理は、こうして、これと思う者の前へ熱湯の鉢を出しておいて、決めたのだった。 ピタリ、鉢のまえに平伏していると、 「伊賀の 名代 ( みょうだい )、おもてを上げい」 前へ愚楽老人が来て、着座した。 東照宮のおことばになぞらえて、敬称はいっさい用いない。 「はっ」 と上げた顔へ、突きだされたのは、今まで吉宗公の御前に飾ってあった、お三宝の白羽の矢だ。 「ありがたくお受け召され」 主水正、ふるえる手で、その白羽の矢を押しいただいた。 「ありがたきしあわせ……」 主水正、平伏したきり、しばし頭をあげる気力もない。 「柳生か」 はるかに、 御簾 ( みす )の中から、八代公のお声、 「しからば、明年の日光造営奉行、伊賀藩に申しつけたぞ。 名誉に心得ろ」 「ハハッ!」 もう決まってしまったから、ほかの大名連中、一時に気が強くなって、 「いや、光栄あるお役にお当たりになるとは、おうらやましい限りじゃテ」 「拙者も、ちとあやかりたいもので」 「それがしなどは、先祖から今まで、一度も金魚が死に申さぬ。 無念でござる。 吉宗公、さっき一同が、あかるみの中で愚楽老人に突っかえされて、皆もぞもぞうしろに隠している菓子箱へ、ジロリ鋭い一瞥をくれて、 「失望するでない。 またの折りもあることじゃ」 一座は、ヒヤリと、肩をすぼめる。 「それにしても、だいぶ御馳走が出ておるのう」 みんな妙な顔をして、だれもなんともいわない。 「山吹色の砂糖菓子か。 なるほど、それだけの菓子があったら、日光御用は、誰にでもつとまるじゃろうからの、余も 安堵 ( あんど )いたした」 「へへッ」 皮肉をのこして、そのままスッとお立ちです。 諸侯連、控えの間へさがると現金なもので、 「伊達侯、首がすっと伸びたではないか」 「わっはっはっは、それはそうと柳生の御家老、御愁傷なことで」 みんな 悔 ( くや )みをいいにくる。 「しかし、おかげでわれわれは助かった。 柳生様々じゃ」 いろんな声にとりまかれながら、色蒼ざめて千代田城を退出した田丸主水正、駕籠の揺れも重くやがてたちかえったのは、そのころ、 麻布本村町 ( あざぶほんむらちょう )、 林念寺前 ( りんねんじまえ )にあった柳生の上屋敷。 飛脚じゃ! お国おもてへ、急飛脚じゃ!」 折 ( お )れよとばかり手をたたいて、 破 ( わ )れ 鐘 ( がね )のような声で叫んだ。 病間にあてた書院である。 やがてそこが、司馬先生の臨終の室となろうとしているのだった。 病人が光をいとうので、こうして真昼も雨戸をしめ切って、ほのかな灯りが、ちろちろと壁に這っているきりである。 中央に、あつい 褥 ( しとね )をしいて、長の大病にやつれた十 方不知火流 ( ぽうしらぬいりゅう )の剣祖、司馬先生が、わずかに虫の息を通わせて仰臥しているのだった。 落ちくぼんだ眼のまわりに、青黒く 隈 ( くま )どりが浮かんでいるのは、これが死相というのであろう。 本郷妻恋坂に、広い土地をとって、御殿といってもよい壮麗な屋敷であった。 剣ひとつで今日の地位を築き、大名旗下を多く弟子にとって、この大きな富を積み、江戸の不知火流として全国にきこえているのが、この司馬先生なのだった。 その権力、その富は、大名にも匹敵して、ひろく妻恋坂の付近は、一般の商家などすべて、この道場ひとつで衣食しているありさまであった。 だから、妻恋坂の剣術大名という異名があるくらいだった。 故郷の筑紫にちなんで不知火流と唱え、孤剣をもって 斯界 ( しかい )を征服した司馬先生も、老いの身の 病 ( やまい )には勝てなかった。 暗い影のなかに、いまはただ、最後の呼吸を待つばかりであった。 まくらもとに控えている、 茶筅 ( ちゃせん )あたまに十徳の老人は、医師であろう。 詰めかけている人々も、ひっそりとして、一語も発する者もない。 空気は、こもっている、香と、熱のにおいで、重いのだった。 医者が、隣にすわっているお蓮さまに、ちょっと合図した。 このお蓮さまは、司馬老先生のお気に入りの腰元だったのが、二、三年前、後妻になおったのである。 それにしても、先生のむすめといってもいい若さで、それに、なんという美しい女性であろう! 明りを受けたお蓮さまの顔は、真珠をあたためたようにかがやいて、眉の剃りあとの青いのも、絵筆で引いたように 初々 ( ういうい )しいのだった。 「もう長いことはない」老先生は、 喘 ( あえ )ぐように、 「まだ来んか。 まだでございます。 ほんとに、気が気でございません。 どう遊ばしたのでございましょう」 お蓮さまは、あせりぬいている顔つきだった。 「神奈川、 程 ( ほど )ヶ 谷 ( や )のほうまで、迎いの者を出してありますから、源三郎様のお行列が見えましたら、すぐ飛びかえって注進することになっております。 どうぞ御安心遊ばして、お待ちなさいませ」 まことしやかなお蓮さまの言葉に、老先生は、満足げにうち 笑 ( え )んで、 「源三郎に会うて、 萩乃 ( はぎの )の 将来 ( ゆくすえ )を頼み、この道場をまかせぬうちは、行くところへも行けぬ。 もはや品川あたりに、さしかかっておるような気がしてならぬが、テモ遅いことじゃのう」 と司馬先生は、絶え入るばかりに、はげしく 咳 ( せ )く。 いまこの室内に詰めているのは、医師をはじめ、侍女、高弟たち、すべてお蓮さま一派の者のみである。 老先生と柳生対馬守とのあいだにできたこの婚約を、じゃまして、これだけの財産と道場を若い後妻お蓮様の手に入れ、うまい汁を吸おうという陰謀なのだ。 剣をとっては十方不知火、独特の刀法に天下を 睥睨 ( へいげい )した司馬先生も、うつくしい婦人のそらなみだには眼が曇って、このお蓮さまの正体を見やぶることができなかった。 十方不知火の正流は、ここに乗っ 奪 ( と )られようという危機である。 多勢が四方から、 咳 ( せ )き入る先生をなでるやら、 擦 ( さす )るやら、 半暗 ( はんあん )のひと 間 ( ま )のうちが、ざわざわ騒ぎたったすきに 乗 ( じょう )じて、お蓮さまはするりと脱け出て、廊下に立ちいでた。 嬋妍 ( せんけん )たる 両鬢 ( りょうびん )は、秋の 蝉 ( せみ )のつばさである。 暗い室内から、ぱっとあかるい午後の光線のなかへ出てきたお蓮様のあでやかさに、出あい 頭 ( がしら )に、まぶしそうに眼をほそめて、そこに立っているのは、 代稽古主席 ( だいげいこしゅせき )、この剣術大名の家老職といわれる 峰丹波 ( みねたんば )だった。 そう太い声で言って、にっと 微笑 ( わら )った。 イヤどうも腐りが早いので、首は、 甕 ( かめ )へ入れて庭へ埋めました。 父の病室からすこし離れた、じぶんの居間で、彼女は、ひとりじっともの思いに沈んでいるのだった。 うちに火のような情熱を宿して、まだ恋を知らぬ十九の萩乃である。 庭前の植えこみに、長い初夏の陽あしが刻々うつってゆくのを、ぼんやり見ながら、きびしい剣家のむすめだけに、きちんとすわって、さっきから、身うごきひとつしない。 病父 ( ちち )の恢復は、祈るだけ祈ったけれど、いまはもうその甲斐もなく、追っつけ、こんどは、冥福を祈らなければならないようになるであろう……。 萩乃は、いま、まだ見ぬ伊賀の源三郎のうえに、想いを 馳 ( は )せているのだ。 どうなされたのであろう……。 といって、彼女は決して、源三郎を待っているわけではない。 父がかってにきめた縁談で、一度も会ったことのない男を、どうして親しい気もちで待ちわびることができよう。 気性が荒々しいうえに、素行のうえでも、いろいろよからぬ評判を耳にしているので、萩乃は、源三郎がじぶんの夫として乗りこんでくることを思うと、ゾッとするのだった。 山猿が一匹、伊賀からやってくると思えばいい。 自分はそのいけにえになるのか……と、萩乃が身ぶるいをしたとたん。 「おひとりで、 辛気 ( しんき )くそうござんしょう、お嬢さま」 と、庭さきに声がした。 見ると、 紺 ( え )の香のにおう 法被 ( はっぴ )の腰に、 棕梠縄 ( しゅろなわ )を帯にむすんで、それへ 鋏 ( はさみ )をさした若い いなせな植木屋である。 父が死ねば、この広い庭に門弟全部があつまって、遺骸に別れを告げることになっているので、もはや助からないと見越して、庭の手入れに四、五日前から、一団の植木屋がはいっている。 どうしてこんな奥庭まで、まぎれこんできたのだろう……と、萩乃が、見向きもせずに、眉をひそめているうちに。 その若い植木屋は、かぶっていた手ぬぐいをとって、 半纏 ( はんてん )の裾をはらいながら、かってに、その萩乃の部屋の縁側に腰かけて、 「エエ、お嬢さま。 たばこの火を拝借いたしたいもので、へえ」 と、スポンと、煙草入れの筒をぬいた。 なんという 面憎 ( つらにく )い……! 萩乃は、品位をととのえて振りむきざま、 「火うちなら、勝手へおまわり」 「イヤ、これはどうも、仰せのとおりで」 と、男は、ニヤリと笑いつつ 煙管 ( きせる )をおさめて、 「じゃ、たばこはあきらめましょう。 だがネ、お嬢さん、どうしてもあきらめられないものがあるとしたら、どうでございますね、かなえてくださいますかね」 と、その鋭い眼じりに、吸いよせるような笑みをふくんで、ジロッと見据えられたときに、萩乃は、われにもなく、ふと胸がどきどきするのを覚えた。 不知火流大御所のお嬢様と、植木屋の下職……としてでなく、ただの、男とおんなとして。 などと、心に思った萩乃、じぶんと自分で、不覚にも、ポッと桜いろに染まった。 でも、源三郎様は、この植木屋とは月とすっぽん、雪と 墨 ( すみ )、くらべものにならない武骨な方に相違ない……。 オオ、いやなこった! と萩乃は、想像の源三郎の 面 ( おも )ざしと、この男の顔と、どっちも見まいとするように眼をつぶって、 「無礼な無駄口をたたくと、容赦しませぬぞ。 ここは、お前たちのくるところではありませぬ。 例によって、大男の峰丹波をしたがえて。 「源三郎様は、まだお越しがないねえ……オヤ、この者は、なんです。 これ、お前は植木屋ではないか。 妻恋坂の大黒柱、峰丹波、先生の恩を仇でかえそうというのか、このごろ、しきりにお蓮さまをけしかけて、源三郎排斥の急先鋒、黒幕となっているのだ。 まさか変なことはあるまいが、それも、相手が 強 ( したた )か者のお蓮様だから、ふたりの仲は、案外すすんでいるのかも知れない……などと、屋敷うちでは、眼ひき袖引きする者もあるくらい。 とにかく、お蓮さまの行くところには、かならず丹波がノッソリくっついて、いつも二人でコソコソやっている。 醜態である。 縁側を踏み鳴らしてくだんの植木屋に近づくなり、 「無礼者っ!」 と一喝。 植木屋、へたばって、そこの 土庇 ( どびさし )に手をついてしまうかと思いのほか、 「あっはっは、大飯食らいの大声だ」 ブラリ起ちあがって、立ち去ろうとする横顔を、丹波のほうがあっけにとられて、しばしジッと見守っていたが、 「何イ?」 おめくより早く、短気丹波といわれた男、腰なる刀の小柄を抜く手も見せず、しずかに庭を行く植木屋めがけて、投げつけました。 躍るような形で、縁に上体をひらいた丹波、男の背中に小柄が刺さって、血がピュッと虹のように飛ぶところを、瞬間、心にえがいたのでしたが……どうしてどうして、そうは問屋でおろさない。 ふしぎなことが起こったのだ。 あるき出していた植木屋が、パッと正面を向きなおったかと思うと、ひょいと 肘 ( ひじ )をあげて、小柄を 撥 ( は )ねたのだ。 飛んでくる刃物を、直角に受けちゃアたまらない。 平行に肘を持っていって、スイと横にそらしてしまうんです。 柳生流の奥ゆるしにある有名な 銀杏返 ( いちょうがえ )しの一手。 銀杏返しといっても、意気筋なんじゃあない。 ひどく 不 ( ぶ )意気な剣術のほうで、秋、銀杏の大樹の下に立って、パラパラと落ちてくる 金扇 ( きんせん )の葉を、肘ひとつでことごとく横に払って、一つも身に受けないという……。 なんでも芸はそうで、ちょいと頭をだすまでには、なみたいていのことではございません。 人の知らない苦労がある。 それがわかるには、同じ段階と申しますか、そこまで来てみなければ、こればっかりは 金輪際 ( こんりんざい )わかりっこないものだそうで、そうして、その苦労がわかってくると、なんだかんだと人のことをいえなくなってしまう。 なんでも芸事は、そうしたものだと聞いております。 いま、仮りに。 この峰丹波が、あんまり剣術のほうの心得のない人だったら、オヤ! 植木屋のやつ、はずみで巧く避けやがったナ、ぐらいのことで、格別驚かなかったかも知れない。 が、なにしろ、峰丹波ともあろう人。 剣のことなら、 他流 ( たりゅう )にまですべて通じているから、今その小柄がツーイと流れて、石燈籠の 胴 ( どう )ッ 腹 ( ぱら )へぶつかって 撥 ( は )ねかえったのを見ると、丹波、まっ青になった。 「ウーム!」 と 呻 ( うめ )いて、縁に棒立ちです。 お蓮さまと萩乃は、おんなのことで、剣術なんかわからないから、小柄が横にそれただけのことで、この 傲岸 ( ごうがん )な丹波が、どうしてこう急に恐れ入ったのだろう……何かこの植木屋、おまじないでもしたのかしら、と、ふしぎに思って見ている。 「柳生流をあれだけお使いなさるお方は……」 と、丹波小首を 捻 ( ひね )って、 「ほかにあろうとは思われませぬ。 御尊名を……ぜひ御尊名を伺わせていただきたい」 「オウ、おさむれえさん。 ただいまのは、柳生流秘伝銀杏返し……お化けなすっても、チラと尻尾が見えましてござります、しっぽが!」 「へ?」 と金公、キョトンとした顔。 うたたねの夢からさめた 櫛 ( くし )まきお 藤 ( ふじ )は、まア! とおどろいた。 じぶんの昼寝のからだに、いつの間にか、意気な 市松 ( いちまつ )のひとえが、フワリとかけてあるのである。 「まあ! あんなやつにも、こんな親切気があるのかねえ」 と、口の中で言って、とろんとした眼、 自暴 ( やけ )に髪の根を掻いている。 ここは、 浅草駒形 ( あさくさこまがた )、 高麗屋敷 ( こうらいやしき )の櫛まきお藤のかくれ家です。 縁起棚の下に、さっき弾きあきたらしい三味線が一 梃 ( ちょう )、投げだしてあるきり、まことに夏向きの、ガランとした家で、花がるたを散らしに貼った地ぶくろも、いかさまお藤 姐御 ( あねご )の住まいらしい。 どんよりした初夏の 午 ( ひる )さがり……ジッとしていると、たまらなく 睡 ( ねむ )くなる陽気だ。 お藤、真っ昼間から一ぱいやって、いまとろとろしたところらしく、吐く息が、ちと臭い。 今のことばを、口のなかでいったつもりだったのが、声になって外へ出たとみえて、 「姐御、おめざめですかい。 あんなやつはねえでしょう。 相変わらず口がわるいね」 といって、二 間 ( ま )ッきりの奥の間から、出てきたのは、しばらくここに厄介になって身をひそめている、鼓の与吉である。 妻恋坂のお蓮様に頼まれ、東海道の三島まで出張って、あの柳生源三郎の一行に、荷かつぎ人足としてまぎれこみ、ああして品川の泊りで、うまく大名物こけ猿の茶壺を盗み出したこの与吉。 いままでこのお藤姐御の家に鳴りをひそめて、ほとぼりをさましていたので。 ゆうき 木綿 ( もめん )の 単衣 ( ひとえ )に、そろばん絞りの三尺を、腰の下に横ちょに結んで、こいつ、ちょいとした 兄哥 ( あにい )振りなんです。 見ると、どっかへ出かける気らしく、 藍玉 ( あいだま )の手ぬぐいを泥棒かむりにして、手に、大事そうに抱えているのは、これが、あの、伊賀の暴れン坊の婿引出、柳生流伝来の茶壺こけ猿であろう。 鬱金 ( うこん )のふろしきに包んだ、高さ一尺五、六寸の四角い箱だ。 「おや、いよいよきょうは一件を持って、お出ましかえ」 と笑うお藤の眼を受けて、 「あい。 あんまり長くなるから、ひとつ思い切って峰丹波さまへこいつをお届けしようと思いやしてネ」 「だけど、伊賀の連中は、眼の色変えて毎日毎晩、品川から押し出して、江戸じゅう、そいつを探してるというじゃないか。 ここんところ、ちょっと、お勝手もと不都合とみえて、この暑いのに 縞縮緬 ( しまちりめん )の 大縞 ( おおしま )の 継 ( つぎ )つぎ一まいを着て、それでも平気の平左です。 そいつが、江戸中を手分けして、この与吉様とこの茶壺をさがしてるんだ。 ちいとばかり、おっかなくねえことアねえが、峰の殿様も、いそいでいらっしゃる。 きっと、与の公のやつ、どうしたかと……」 「じゃ、いそいで行って来な」 「へえ、 此壺 ( こいつ )を妻恋坂へ届けせえすれア、とんでけえってめえります。 また当分かくまっておもらい申してえんで」 「あいさ、これは承知だよ」 「こういう危ねえ仕事には、けえって夜より、真っ昼間のほうがいいんです」 「お前がそうしてそれを持ったところは、骨壺を持ってお 葬式 ( とむらい )に出るようだよ。 しばらく、天井の雨洩りのあとを見ていたお藤は、やおらムックリ起きあがって、手を伸ばして三味線をとりあげました。 すぐ弾きだすかと思うと、さにあらず、押入れをあけて、とり出したのは、中を朱に、ふちを黒に塗った状箱です。 紐をほどく。 そして、お藤、まるで人間に言うように、 「さア、みんな、しっかり踊るんだよ」 と! です。 おどろくじゃアありませんか。 同時に、お藤、爪びきで唄いだした。 「尺取り虫、虫 尺とれ、寸とれ 寸を取ったら 背たけ取れ! 尺とり虫、虫 尺取れ、背とれ 足の先からあたままで 尺を取ったら 命 ( いのち )取れ!」 こういう唄なんだ。 命とれとは、物騒。 こいつを、お藤、チリチリツンテンシャン! と 三味 ( しゃみ )に合わせて歌っているんでございます。 畳のうえには、五匹ほどの尺とり虫が、ゾロゾロ這っている。 まことに妖異なけしき……。 トロンと空気のよどんだ、江戸の夏の真昼。 お藤はじっと眼を据えて、這いまわる尺取り虫を見つめながら、ツンツルルン、チチチン、チン……。 この汗は、閉め切った部屋の暑さのせいばかりではない。 人間のもつ精神力のすべてを、三味と唄とに集中して櫛まきお藤は、いま、一心不乱の顔つきです。 上気した頬のいろが、見る間にスーッと引いて、たちまち 蒼白 ( そうはく )に澄んだお藤は、無我の境に入ってゆくようです。 背を高く丸く持ちあげては、長く伸びて、伸びたり縮んだりしながら、思い思いの方角に這ってゆく尺取り虫……。 西洋の言葉に、「 牡蠣 ( かき )のように音楽を解しない」というのがあります。 また蓄音機のマークに、犬が主人の声に聞き惚れているのがある。 マーク・トウェインか誰かの作品にも、 海老 ( えび )が音楽に乗ってうごき出すのがあったように記憶しております。 この、なんの変哲もない古びた茶壺ひとつを、ああして大名の乗り物におさめて、行列のまん中へ入れて、おおぜいで護ってくるなんて、その 好奇 ( ものずき )さ加減も、気が知れねえ……と、打てばひびくというところから、 鼓 ( つづみ )の名ある駒形の 兄 ( あに )い与吉、ひとり物思いにふけりながら、ブラリ、ブラリやってくる。 その 御大層 ( ごたいそう )もない茶壺を、あの品川へ着いた夜の 酒宴 ( さかもり )に、三島から狙ってきたこのおいらに、見ごとに盗みだされるたア、強いだけで 能 ( のう )のねえ田舎ざむれえ、よくもああ 木偶 ( でく )の坊が揃ったもんだと、与吉は、大得意だ。 いい若い者が、何か四角い包みを抱えて、ニヤニヤ思い出し笑いをしながら行くから変じァないかと、道行く人がみんな気味わるそうに、よけて行く。 「萩乃どのの婿として乗りこんでくる源三郎様には、すこしも用がない」 と、この命令を授ける時、峰の殿様がおっしゃったっけ……。 「 彼奴 ( きゃつ )は、あくまでも阻止せねばならぬ。 してみると……この茶壺の中は、 空 ( から )じゃアないかも知れない。 そう思うと、なんだかただの茶壺にしては、重いような気がして来た。 与吉は、矢も楯もなく、今ここで箱をあけて、壺のなかを吟味したくてたまらなくなりました。 これから妻恋坂の道場へ納めてしまえば、もう二度と見る機会はなくなる。 見るなと言われると、妙に見たいのが人情で、 「ナアニ、ちょっとぐれえ見る分にゃア、さしつけえあるめえ。 第一、おいらが持ち出した物じゃアねえか」 与の公、妙な理屈をつけて、あたりを見まわした。 浅草の駒形を出まして、あれから下谷を突っ切って本郷へまいる途中、ちょうど 三味線堀 ( さみせんぼり )へさしかかっていました。 松平 下総守様 ( しもうさのかみさま )のお下屋敷を左に見て、 韓軫橋 ( かんしんばし )をわたると、右手が 佐竹右京太夫 ( さたけうきょうだゆう )のお上屋敷…… 鬱蒼 ( うっそう )たる植えこみをのぞかせた 海鼠塀 ( なまこべい )がずうっとつづいていて、片側は、 御徒組 ( おかちぐみ )の長屋の影が、墨をひいたように黒く道路に落ちている。 夏のことですから、その佐竹さまの塀の下に、ところ天の荷がおりていて、みがきぬいた 真鍮 ( しんちゅう )のたがをはめた小桶をそばに、九つか十ばかりの小僧がひとり、ぼんやりしゃがんで、 「ところてんや、てんやア……」 と、睡そうな声で呼んでいる。 大きな椎の木が枝をはり出していて、ちょっと涼しい樹蔭をつくっている。 近処のおやしきの折助がふたり、その路ばたにしゃがみこんで、ツルツルッとところ天を流しこんで立ち去るのを見すますと、与吉のやつ、よしゃアいいのに、 「おう、 兄 ( あん )ちゃん、おいらにも一ぺえくんな。 酢をきかしてナ」 と、その 桶 ( おけ )のそばへうずくまった。 「こちとら、かけ酢の味を買ってもらうんだい。 ところ天は、おまけだよ」 「おめえ、チョビ安ってのか。 おもしれえあんちゃんだな。 ま、なんでもいいや。 早えとこ一ぺえ突き出してくんねえ」 言いながら、与の公、手のつつみを 地面 ( した )へおろして、 鬱金 ( うこん )のふろしきをといた。 出てきたのは、時代がついて黒く光っている桐の箱だ。 そのふたを取って、いよいよ壺を取り出す。 古色蒼然たる錦のふくろに包んである。 それを取ると、 すがりといって、赤い絹紐の網が壺にかかっております。 その網の口をゆるめ、奉書の紙を幾重にも貼り固めた茶壺のふたへ、与吉の手がかかったとき、その時までジッと見ていたところ天売りの子供、みずから名乗ってチョビ安が、 「 小父 ( おじ )ちゃん、ところ天が 冷 ( さ )めちゃうよ」 洒落 ( しゃれ )たことをいって、皿をつき出した。 「まア、待ちねえってことよ。 それどころじゃアねえや」 与吉がそう言って、チラと眼を上げると、あ! いけない! 折りしも、佐竹様の塀について、この横町へはいってくる一団の武士のすがた! 安積玄心斎 ( あさかげんしんさい )の白髪をいただいた 赭 ( あか )ら顔を先頭に……。 それと見るより、与吉、顔色を変えた。 この連中にとっ掴まっちゃア、たまらない。 たちまち、小意気な江戸ッ児のお刺身ができあがっちまう。 「うわあっ!」 と、とびあがったものです。 むこうでも、すぐ与吉に気がついた。 ドッ! と一度に、砂ほこりをまきあげて、追いかけてきますから、与吉の野郎、泡をくらった。 もう、ところてんどころではありません。 「おウ、チョビ安といったな。 此壺 ( こいつ )をちょっくら預かってくんねえ。 あの 侍 ( さんぴん )たちに見つからねえようにナ、おらア、ぐるッとそこらを一まわりして、すぐ受けとりに来るからな」 と、見えないように、箱ごと壺を、ところ天屋の小僧のうしろへ押しこむより早く、与の公、お尻に帆あげて、パッと駈け出した。 いったい、このつづみの与吉ってえ人物は、ほかに何も 取得 ( とりえ )はないんですが、逃げ足にかけちゃア天下無敵、おっそろしく早いんです。 今にもうしろから、世に名だたる柳生の一刀が、ズンと肩口へ伸びて来やしないか。 一太刀受けたら最後、あっというまに三まいにおろされちまう……と思うから、この時の与吉の駈けっぷりは、早かった。 ぐるっと角をまがって、佐竹様のおもて御門から、木戸をあけて飛びこんだ。 「ざまア見やがれ。 ところ天の荷は、置きっ放しになっている。 あわてた与吉が、ふと向うを見ると、こけ猿の包みを抱えたチョビ安が、尻切れ草履の裏を背中に見せて、雲をかすみととんでゆくのだ。 安積玄心斎の一行は、与吉にあざむかれて、横町へ切れて行ったものらしく、あたりに見えない。 「小僧め! 洒落 ( しゃれ )た真似をしやがる」 きっとくちびるを噛んだ与吉、豆のように遠ざかって行くチョビ安のあとを追って、駈けだした。 柳沢弾正少弼 ( やなぎさわだんじょうしょうひつ )、 小笠原頼母 ( おがさわらたのも )と、ずっと屋敷町がつづいていて、そう人通りはないから、逃げてゆく子供のすがたは、よく見える。 「どろぼうっ! 泥棒だっ! その小僧をつかまえてくれっ!」 と与吉は、大声にどなった。 早いようでも子供の足、与吉にはかなわない。 ぐんぐん追いつかれて、今にも首へ手が届きそうになると、チョビ安が大声をはりあげて、 「泥棒だ! 助けてくれイ!」 と 喚 ( わめ )いた。 「この 小父 ( おじ )さんは泥棒だよ。 あたいのこの箱を 奪 ( と )ろうっていうんだよ」 と聞くと、そこらにいた町の人々、気の早い 鳶 ( とび )人足や、お 店者 ( たなもの )などが、ワイワイ与吉の前に立ちふさがって、 「こいつ、ふてえ野郎だ。 おとなのくせに、こどもの物を狙うてえ法があるか」 おとなと子供では、どうしてもおとなのほうが割りがわるい。 みんなチョビ安に同情して、与吉はすんでのことで袋だたきにあうところ……。 やっとそれを切り抜けると、その間にチョビ安は、もうずっと遠くへ逃げのびている。 逃げるほうもよく逃げたが、追うほうもよく追った。 あれからまっすぐにお蔵前へ出たチョビ安は、浅草のほうへいちもくさんに走って、まもなく行きついたのが 吾妻橋 ( あづまばし )のたもと。 ふっとチョビ安の姿が、掻き消えた。 飛びこんだ与吉、いきなりそのむしろをはぐったまではいいが、あっ! と棒立ちになった。 中でむっくり起きあがったのは、なんと! 大たぶさがぱらり顔にかかって、見おぼえのある隻眼隻腕の、痩せさらばえた浪人姿……。 「これは、これは、丹下の殿様。 いい 兄哥 ( あにい )が、橋の下の乞食小屋のまえにすわって、しきりにぺこぺこおじぎをしているから、橋の上から見おろした人が、世の中は下には下があると思って、驚いている。 筵張りのなかは、石ころを踏み固めて、土間になっている。 そのまん中へ、古畳を一まい投げだして、かけ茶碗や土瓶といっしょに、ごろり横になっているのは……。 隻眼隻腕の剣怪、丹下左膳。 箒 ( ほうき )のような 赭茶 ( あかちゃ )けた毛を、 大髻 ( おおたぶさ )にとりあげ、右眼はうつろにくぼみ、残りの左の眼は、ほそく皮肉に笑っている。 黒襟かけた白の紋つき、その紋は、大きく 髑髏 ( しゃれこうべ )を染めて……下には、相変わらず女ものの派手な 長襦袢 ( ながじゅばん )が、痩せた 脛 ( すね )にからまっている。 「おめえか」 と左膳、塩からい声で言った。 「ひさしぶりじゃアねえか。 「二本さして 侍 ( さむれえ )だといったところで、主君や上役にぺこぺこしてヨ、御機嫌をとらねえような御機嫌をとって、仕事といやア、それだけじゃアねえか。 おもしろくもねえ。 その左膳のうしろに、あのチョビ安の小僧が、お小姓然と、ちゃんと控えているんで。 しかも、こけ猿の包みを両手に抱えて。 この丹下左膳は。 いつか、金華山沖あいの斬り合いで、はるか暗い浪のあいだに、船板をいかだに組んで、左膳の長身が、生けるとも死んだともなく、遠く遠く漂い去りつつあった……はずのかれ左膳、うまく海岸に流れついたとみえて、こうしていつのまにか、ふたたび江戸へまぎれこみ、この橋の下に浮浪の生活をつづけていたのだ。 が、いまの与吉には、そんなことは問題でない。 左膳のうしろにチョコナンとすわっているチョビ安をにらんで、どう切りだしたものかと考えている。 何しろ、チョビ安のそば、左膳の左手のすぐ届くところに、鹿の角の形をした、太短い松の枯れ枝が二本向い合せに土にさしてあって、 即妙 ( そくみょう )の刀架け……それに、赤鞘の割れたところへ 真田紐 ( さなだひも )をギリギリ千段巻きにしたすごい 刀 ( やつ )が、かけてあるのだから、与吉も、よっぽど気をつけて口をきかなければならない。 まず……。 「へへへへへ」と笑ってみた。 「今は左膳、根ッからの乞食浪人……これでチョイチョイ人斬りができりゃア、文句はねえ。 どうだ、与吉、思う存分人を斬れるような、おもしれえ話はねえかナ。 どこかおれを人殺しに雇ってくれるところはねえか」 ほそい眼を笑わせて、口を皮肉にピクピクさせるところなど、相変わらずの丹下左膳だ。 そろそろおいでなすったと、与吉は首をすくめて、 「へえ。 せいぜい心がけやしょう。 それはそうと丹下の殿様、そこにおいでの子供衆は、そりゃいってえ……」 「うむ、この子か。 知らぬ」 「まるっきり、なんの 関係 ( かかりあい )もおありにならないんで?」 「おめえより一足さきに、この小屋へ飛びこんで来たのだ」 と聞いて与吉、急に気が強くなって、 「ヤイ! ヤイ! チョビ安といったナ。 ふてえ畜生だ。 こんなところへ逃げこんでも、だめだぞ。 さ、その壺をけえせ!」 と、どなったのだが、チョビ安はけろりとした顔で、 「何いってやんで! 小父ちゃんこそ、おいらからこの包みをとろうとして、追っかけて来たんじゃアねえか。 乞食のお侍さん、あたいを助けておくんなね。 この小父ちゃんは、泥棒なんだよ」 与吉はせきこんで、 「餓鬼のくせに、とんでもねえことを言やアがる。 てめえが 其箱 ( それ )を引っさらって逃げたこたア、天道さまも御照覧じゃあねえか」 「やい、与吉、おめえ、天道様を口にする資格はあるめえ」 左膳のことばに、与吉がぐっとつまると、チョビ安は手を 拍 ( う )って、 「そうれ、見な。 あたいの物をとろうとして、ここまでしつこく追っかけて来たのは、小父ちゃんじゃあねえか。 このお侍さんは、善悪ともに見とおしだい。 ねえ、乞食のお侍さん」 与の公は、泣きださんばかり、 「あきれた 小倅 ( こせがれ )だ。 白を黒と言いくるめやがる。 やい! この壺は、こどものおもちゃじゃねえんだぞ。 こっちじゃア大切なものだが、何も知らねえお 前 ( めえ )らの手にありゃあ、ただの 小汚 ( こぎた )ねえ壺だけのもんだ。 小父ちゃんが 褒美 ( ほうび )をやるから、サ、チョビ安、器用に小父ちゃんに渡しねえナ」 「いやだい!」チョビ安は、いっそうしっかと壺の箱を抱えなおして、 「あたいのものをあたいが持ってるんだ。 小父ちゃんの知ったこっちゃアねえや」 眼をいからした与吉、くるりと裾をまくって、膝をすすめた。 「盗人 猛々 ( たけだけ )しとはてめえのこったぞ。 与吉、ピタリとそこへ手をついたものだ。 「チョビ安様々、拝む! おがみやす。 まずこれ、このとおり、一生の恩に 被 ( き )やす。 どうぞどうぞ、お返しなされてくだされませ」 「ウフッ! 泣いてやがら。 二両!」 「じゃ、清く手を打つ……と言いてえところだが」 とチョビ安、大人のような口をきいて、そっくり返り、 「まあ、ごめんこうむりやしょう。 千両箱を万と積んでも、あたいは、この壺を手放す気はねえんだよ、小父ちゃん」 その時まで黙っていた丹下左膳、きっと左眼を光らせて二人を見くらべながら、 「ようし。 おもしれえ。 大岡越前じゃアねえが」 と苦笑して、 「おれが一つ 裁 ( さば )いてやろうか」 「小父ちゃん、そうしておくれよ」 「殿様、あっしから願いやす。 その御眼力をもちまして、どっちがうそをついてるか、見やぶっていただきやしょう。 こんないけずうずうしい餓鬼ア、見たことも聞いたこともねえ」 「こっちで言うこったい」 「まア、待て」 と左膳、青くなっている与吉から、チョビ安へ眼を移して、にっこりし、 「小僧、 汝 ( われ )ア置き引きを働くのか」 置き引きというのは、置いてある荷をさらって逃げることだ。 これを聞くと、与吉は、膝を打って乗りだした。 「サ! どうだ。 ただいまの御一言、ピタリ適中じゃアねえか。 ところてん小僧の突き出し野郎め! さあ壺をこっちに、渡した、わたした!」 チョビ安は、しょげ返ったようすで、 「しょうがねえなあ。 乞食のお侍さん、どうしてそれがわかるの?」 「なんでもいいや。 早く 其壺 ( そいつ )を出さねえか」 と、腕を伸ばして、ひったくりにかかる与吉の手を、左膳は、手のない右の袖で、フワリと払った。 壺はあらためて左膳より、この小僧に取らせることにする」 よろこんだのは、チョビ安で、 「ざまア見やがれ! やっぱりおいらのもんじゃアねえか。 さらわれる小父ちゃんのほうが、 頓馬 ( とんま )だよねえ、乞食のお侍さん」 「先生、旦那、いやサ、丹下様」 と与吉は、持ち前の絡み口調になって、 「あんまりひでえじゃあござんせんか。 あっしゃアこのお裁きには、承服できねえ」 「なんだと?」 左膳の顔面筋肉がピクピクうごいて、左手が、そっと、うしろの枯れ枝の刀かけへ……。 「もう一ぺん吐かしてみろ!」 「ま、待ってください。 いくら 大名物 ( おおめいぶつ )のこけ猿でも、いのちには換えられない……と、与吉が、ころがるように逃げて行ったあと。 朝からもう何日もたったような気のする、退屈するほど長い夏の日も、ようやく西に沈みかけて、ばったり風の死んだ夕方。 江戸ぜんたいが黄色く 蒸 ( む )れて、ムッとする暑さだ。 ゲゲッ! と咽喉の奥で 蛙 ( かわず )が鳴くような、一風変わった笑いを笑った丹下左膳。 「小僧、チョビ安とか申したナ。 前へ出ろ」 「あい」 と答えたが、チョビ安、かあいい顔に、用心の眼をきらめかせて、 「だが、うっかり前へ出られないよ。 幸い求めしこれなる一刀斬れ味試さんと存ぜしやさき、デデン……なんて、すげえなア。 嫌だ、いやだ」 左膳は苦笑して、 「おめえ、おとなか子供かわからねえ口をきくなあ」 「口だけ、おいらより十年ほどさきに生まれたんだとさ」 「そうだろう」左膳は、左手で胸をくつろげて、河風を入れながら、 「誰も小僧を斬ろうたア言わねえ。 ササ、もそっとこっちへ来い。 年齢 ( とし )はいくつだ」 チョビ安は、裾をうしろへ 撥 ( は )ね、キチンとならべた小さな膝頭へ両手をついて、 「あててみな」 「九つか。 十か」 「ウンニャ、八つだい」 「いつから悪いことをするようになった」 「おい、おい、おさむれえさん。 人聞きのわりいことは言いっこなし!」 「だが、貴様、置き引きが 稼業 ( しょうべえ )だというじゃあねえか」 「よしんば置きびきは悪いことにしても、何もおいらがするんじゃアねえ。 みんな世間がさせるんだい」 「フン、容易ならねえことを吐かす小僧だな」 「だって、そうじゃアねえか。 上を見りゃあ 限 ( き )りがねえ。 大名や金持の家に生まれたってだけのことで、なんの働きもねえ野郎が、大威張りでかってな真似をしてやがる。 下を見りゃあ……下はねえや。 下は、あたいや、 羅宇屋 ( らうや )の 作爺 ( さくじい )さんや、お 美夜 ( みや )ちゃんがとまりだい。 わるいこともしたくなろうじゃアねえか」 「作爺とは、何ものか」 「 竜泉寺 ( りゅうせんじ )のとんがり長屋で、あたいの 隣家 ( となり )にいる人だよ」 「お美夜と申すは?」 「作爺さんのむすめで、あたいの情婦だよ」 「情婦だと?」 さすがの左膳も、笑いだして、 「そのお美夜ちゃんてえのは、いくつだ?」 「あたいと同い年だよ。 ううん、ひとつ下かも知れない」 「あきれけえった小僧だな」 「なぜ? 人間自然の道じゃアねえか」 今度は左膳、ニコリともしないで、 「おめえ、親アねえか」 ちょっと淋しそうに、くちびるを噛んだチョビ安は、すぐ横をむいて、はきだすように、 「自慢じゃアねえが、ねえや、そんなもの」 「といって、木の股から生まれたわけでもあるまい」 「コウ、お侍さん、理に合わねえこたア言いっこなしにしようじゃねえか。 きまってらあな。 そりゃあ、あたいだってね、おふくろのぽんぽんから生まれたのさ」 「いやな餓鬼だな。 その 母親 ( おふくろ )や、 父 ( ちゃん )はどうした」 「お侍さんも、またそれをきいて、あたいを泣かせるのかい」 とチョビ安、ちいさな手の甲でぐいと鼻をこすって、しばらく黙したが、やがて、特有のませた口調で話し出したところによると……。 ただのチョビ安。 伊賀の国柳生の里の生れだとだけは、おさな心にぼんやり聞き知っているが、両親は何者か、生きているのか、死んだのか、それさえ 皆目 ( かいもく )知れない。 どうして、こうして江戸に来ているのか……。 「それもあたいは知らないんだよ。 ただ、あたいは、いつからともなく江戸にいるんだい」 とチョビ安は、あまりにも簡単な身の上ばなしを結んで、思い出したようにニコニコし、 「でも、あたいちっとも寂しくないよ。 作爺ちゃんが親切にしてくれるし、お美夜ちゃんってものがあるもの。 お美夜ちゃんはそりゃあ綺麗で、あたいのことを 兄 ( にい )ちゃん兄ちゃんっていうよ。 早く大きくなって 夫婦 ( めおと )になりてえなあ」 いいほうの左の眼をつぶって、じっと聞いていた左膳、何やらしんみりと、 「それでチョビ安、おめえ、親に会いたかアねえのか」 「会いたかねえや」 「ほんとに、会いたくねえのか」 すると、たまりかねたチョビ安、いきなり大声に泣き出して、 「会いてえや! べらぼうに会いてえや! そいで毎日、こうして江戸じゅう探し歩いてるんだい」 「そうなくちゃあならねえところだ」 と左膳は、見えない眼に、どうやら涙を持っているようす。 そっとチョビ安をのぞき見やって、いつになくしみじみした声だ。 「だがなあ、親を探すといって、何を手がかりにさがしているのだ」 チョビ安は、オイオイ泣いている。 「おっ 母 ( かあ )に会いてえ、 父 ( ちゃん )にあいてえ。 うん? 手がかりなんか何もないけど、あたい、一生けんめいになれば、一生のうちいつかは会えるよねえ、乞食のお侍さん」 「そうだとも、そんなかあいいおめえを棄てるにゃア、親のほうにも、よほどのわけがあるに相違ねえ。 親もお 前 ( めえ )を探してるだろう。 武士 ( さむらい )か」 「知らねえ」 「町人か、百姓か」 「なんだか知らねえんだ」 「こころ細い話だなあ」 「作爺ちゃんも、お美夜ちゃんも、いつもそういうんだよ」 と 洟 ( はな )をすすりあげたチョビ安、そのまま筵をはぐって河原へ出たかと思うと、大声にうたい出した。 澄んだ、 愛 ( あい )くるしい声だ。 「どうだ、 父 ( ちゃん )が見つかるまで、おれがおめえの父親になっていてやろうか」 チョビ安は 円 ( つぶら )な眼を見張って、 「ほんとかい、乞食のお侍さん」 「ほんとだとも、だが、そういちいち、乞食のお侍さんと、乞食をつけるにはおよばぬ。 これからは、父上と呼べ。 眼をかけてつかわそう」 「ありがてえなあ。 あたいも一眼見た時から、乞食の……じゃアねえ、お侍さんが好きだったんだよ。 うそでも、 父 ( ちゃん )とよべる人ができたんだもの。 こんなうれしいこたあねえや。 あたい、もうどこへも行かないよ」 「うむ、どこへも行くな。 その壺は、この 俄 ( にわか )ごしらえの父が、預かってやる。 これからは、河原の二人暮しだ。 親なし千鳥のその 方 ( ほう )と、浮世になんの望みもねえ丹下左膳と、ウハハハハハ」 子供の使いじゃあるまいし、壺をとられました……といって、手ぶらで、本郷の道場へ顔出しできるわけのものではない。 あの 端気 ( ママ )丹波が、ただですますはずはないのだ。 首が飛ぶ……と思うと、与吉は、このままわらじをはいて、遠く江戸をずらかりたかったが、そうもいかない。 いつの間にか、うす紫の江戸の宵だ。 待乳山 ( まつちやま )から、河向うの隅田の木立ちへかけて、米の 磨 ( と )ぎ汁のような 夕靄 ( ゆうもや )が流れている。 あのチョビ安というところ天売りの小僧は、なにものであろう……丹下の殿様は、あれからいったいどういう 流転 ( るてん )をへて、あんな橋の下に、小屋を張っているのだろうと、与吉のあたまは、 数多 ( あまた )の疑問符が乱れ飛んで、 飛白 ( かすり )のようだ。 思案投げ首。 世の中には、イケずうずうしい餓鬼もあったものだ。 あやうく助かったのはいいが、またしても心配になるのは、なんといって峰丹波様に言いわけしたらいいか……。 それを思うと、妻恋坂へ向かいだした与の公の足は、おのずと鈍ってしまう。 しかし待てよ、駒形高麗屋敷と、吾妻橋と、つい眼と鼻のあいだにいながら、櫛巻きの姐御は、丹下様が生きてることを知らねえのだ。 あの左膳の居どころを、お藤姐御にそっと知らせたら、またおもしろい芝居が見られないとも限らない……。 そんなことを思って、ひとり含み笑いを洩らしながら、与吉がしょんぼりやってきたのは、考えごとをして歩く道は早い、もう本郷妻恋坂、司馬道場の裏口だ。 お待ち兼ねの柳生の婿どのに会わぬうちは、死ぬにも死にきれぬとみえて、司馬老先生は、まだ虫の息がかよっているのだろう。 広いやしきがシインと静まりかえっている。 この道場によって食べている付近の町家一帯も、黒い死の影におびえて、鳴り物いっさいを遠慮し、大きな声ひとつ出すものもない。 一眼見るより、与吉、悲鳴に似た声をあげた。 「うわあッ! あなた様は、や、柳生源……!」 「シッ! キ、貴様は、つ、つづみの与吉だな」 と、その蒼白い顔の植木屋が、つかえた。 根岸の植留の弟子と偽って、この道場の庭仕事にまぎれこんでいる柳生源三郎……ふしぎなことに、職人の口をきく時は、化けようという意識が働くせいか、ちっともつかえないのに、こうして 地 ( じ )の 武士 ( さむらい )にかえると、すぐつかえるのだ。 「ミ、三島以来、どうやら 面 ( つら )におぼえがあるぞ。 壺はいかがいたした。 与吉は、およぐような手つきで、あッあッと 喘 ( あえ )ぐだけだ。 声が出ない。 植木屋すがたの源三郎は、うら木戸の植えこみを背に、声を低めた。 「壺を出せ! ダ、出さぬと、コレ、ザックリ行くぞ!」 与吉は、やっと声を見つけた。 「丹下左膳? 何やつか、その者は。 それより、貴様は、余が源三郎であることを観破したうえは、一刻も早く道場の者に知らせたくて、うずうずしておるであろうな」 源三郎は、ほほえんで、 「行け! 行って、峰丹波に告げてまいれ。 余はここで待っておる。 逃げも隠れもせんぞ」 ものすごい微笑だ。 与吉は、いい気なもので、このときすきを発見した気になった。 サッと源三郎の横をすっ飛んで、勝手口へ駈けあがった与吉……。 この剣術大名の家老にも等しい峰丹波である。 奥ざしきの一つを与えられて、道場に起居しているのだ。 机にむかって、何か書見をしていた丹波は、あわただしい与吉の出現に、ゆっくり振りかえった。 「今までどこにおった。 壺は、どうした」 どこへ行っても壺は? ときかれるので、与吉はすっかり腐ってしまう。 でも、今はそれどころではないので、壺のことは、丹下左膳という得体の知れない人斬り狂人におさえられてしまったと、その 一条 ( ひとくさり )をざっと物語ると、ジッと眼をつぶって聴いていた丹波、 「壺の儀は、いずれ後で詮議いたす」 源三郎と同じことを言って、 「与吉、あの男に気がついたか」 と、ためいきをついた。 「気がついたかとおっしゃる。 冗談じゃございません。 あの男に気がつかないでどういたします。 あれこそは、峰の殿様、品川に足どめを食ってるはずの源三郎で……」 「声が高いぞ」 と丹波は、押っかぶせるように、 「一同を品川に残して、そっと当方へ単身入りこんだものであろうが、はてさて、いい度胸だ」 「あなた様は、前から御存じだったので?」 「うむ、知っておった。 「 其方 ( そち )が知った以上、やむを得ん。 わしが斬られよう。 丹波の生命もまず、今宵限りであろう」 「待った! あっしに一思案……」 「とめてくれるな」 と丹波、大刀を 左手 ( ゆんで )に、廊下へ出た。 逃げも隠れもせぬ。 司馬道場の代稽古、十方不知火の今では第一のつかい手峰丹波の肩が、いま与吉がうしろから見て行くと、ガタガタこまかくふるえているではないか。 剛愎 ( ごうふく )そのものの丹波、伊賀の暴れん坊がこの屋敷に入りこんでいることを、さわらぬ神に 祟 ( たた )りなしと、今まで知らぬ顔をしてきたものの、もうやむを得ない。 今宵ここで源三郎の手にかかって命を落とすのかと、すでにその覚悟はできているはず。 死ぬのが怖くて 顫 ( ふる )えているのではない。 きょうまで自分が鍛えに鍛えてきた不知火流も、伊賀の柳生流には刃が立たないのかと、つまり、名人のみが知る 業 ( わざ )のうえの恐怖なので。 「どうせ、あとで知れる。 お蓮さまや萩乃様をはじめ、道場の若い者には、何もいうなよ。 ひとりでも、無益な命を落とすことはない」 と丹波が、ひとりごとのように、与吉に命じた。 ずっと奥の先生の 病間 ( びょうま )のほうから、かすかに灯りが洩れているだけで、暗い屋敷のなかは、海底のように静まりかえっている。 「だが、峰の殿様、どうして植木屋になぞ化けて、はいりこんだんでげしょう。 根岸の植留の親方を、抱きこんだんでしょうか」 丹波は、答えない。 無言で、大刀に 反 ( そ )りを打たせて、空気の湿った夜の庭へ、下り立った。 雲のどこかに月があるとみえて、ほのかに明るい。 樹の影が、魔物のように、黒かった。 丹波のあとから、与吉がそっとさっきの裏木戸のところへ来てみると! まさか待っていまいと思った柳生源三郎が、ムッツリ石に腰かけている。 丹波の姿を見ると、独特の含み笑いをして、 「キ、来たな。 では、久しぶりに血を浴びようか」 と言った、が、立とうともしない。 四、五 間 ( けん )の間隔をおいて、丹波は、ピタリと歩をとめた。 「源三郎どの、斬られにまいりました」 「まあそう早くからあきらめることはない」 源三郎が笑って、石にかけたまま紺の 法被 ( はっぴ )の腕ぐみをした瞬間、 「では、ごめん……」 キラリ、丹波の手に、三尺ほどの白い細い光が立った。 抜いたのだ。 あの与吉めが、あんなに泣いたり騒いだりして、取り戻そうとしたこの壺は、いったい何がはいっているのだろう……。 左膳は、河原の畳にあぐらをかいて、小首を 捻 ( ひね )った。 竹のさきに 蝋燭 ( ろうそく )を立てたのが、小石のあいだにさしてあって、ボンヤリ 菰 ( こも )張りの小屋を照らしている。 珍妙なさし向いで、夕飯をすますと、 「安公」 と左膳は、どこやら急に父親めいた 声音 ( こわね )で、 「この壺をあけて見ろ」 川べりにしゃがんで、ジャブジャブ箸を洗っていたチョビ安、 「あい。 あけてみようよね」 と小屋へかえって、箱の包みを取りだした。 布づつみをとって、古い桐箱のふたをあけ、そっと壺を取りあげた。 高さ一尺四、五寸の、上のこんもりひらいた壺で、眼識ないものが見たのでは、ただのうすぎたない瀬戸ものだが、焼きといい、肌といい、薬のぐあいといい、さすが 蔵帳 ( くらちょう )の筆頭にのっている 大名物 ( おおめいぶつ )だけに、 神韻 ( しんいん )人に迫る気品がある。 すがりといって、赤い絹紐を網に編んで、壺にかぶせてあるのだ。 その すがりの口を開き、壺のふたをとろうとした。 壺のふたは、一年ごとに上から奉書の紙を貼り重ねて、その紙で固く貼りかたまっている。 「中には、なにが……?」 と左膳の左手が、その壺のふたにかかった瞬間、いきなり、いきおいよく入口の菰をはぐって飛びこんできたのは、さっき逃げていった鼓の与吉だ。 パッと壺の口をおさえて、左膳は、しずかに見迎えた。 あっしア、今、本郷妻恋坂からかけつづけてきたんだ。 丹下の殿様、あなた様はさっき、思うさま人の斬れるおもしれえこたアねえかとおっしゃいましたね。 イヤ、その人斬り騒動が持ちあがったんだ。 ちょっと来ておくんなさい。 左膳さまでなくちゃア納まりがつかねえ。 そこに掛かっている破れ鞘……鞘は、見る影もないが、中味は 相模大進坊 ( さがみだいしんぼう )、 濡 ( ぬ )れ 燕 ( つばめ )の名ある名刀だ。 濡れ紙を一まい空にほうり投げて、見事にふたつに斬る。 左膳はもう、ゾクゾクする愉快さがこみあげて来るらしく、濡れ燕の下げ緒を口にくわえて、片手で 衣紋 ( えもん )をつくろった。 「相手は?」 「司馬道場の峰丹波さまで」 「場所は?」 「本郷の道場で、ヘエ」 「おもしろいな。 ひさしぶりの血のにおい……」 と左膳、あたまで筵を押して、夜空の下へ出ながら、 「安! 淋しがるでないぞ」 「父上、人の喧嘩に飛びこんでいって、怪我をしちゃアつまんないよ」 と、チョビ安は、こけ猿の壺を 納 ( しま )いこんで、 「もっとも、それ以上怪我のしようもあるめえがネ」 と言った。 チョビ安が左膳を父上と呼ぶのを聞いて、与吉は眼をパチクリさせている。 左膳はもう与吉をしたがえて、河原から橋の袂へあがっていた。 こけ猿の壺は、開かれようとして、また開かれなかった。 まだ誰もこの壺のふたをとって、 内部 ( なか ) [#ルビの「なか」は底本では「なな」]を見たものはないのである。 気が気でない与吉は、辻待ちの駕籠に左膳を押しこんで、自分はわきを走りながら、まっしぐらに本郷へ……。 仔細も知らずに、血闘の真っただなかへとびこんでいく左膳、やっと生き甲斐を見つけたような顔を、駕籠からのぞかせて、 「明るい晩だなあ。 道場へ着いて裏木戸へまわってみると……驚いた。 シインとしている。 源三郎は石に腰かけ、四、五間離れて、丹波が一刀を青眼に構えて、微動だにしない。 あれから与吉が浅草へ往復するあいだ、ずいぶんたったのに、まださっきのまんまだ。 与吉が、そっとうしろからささやいて、 「丹下さま、こいつアいってえどうしたというんでげしょう。 あっしが、あなた様をお迎いに飛び出した時と、おんなじ 恰好 ( かっこう )だ。 あれからずっとこのまんまとすると、二人とも、おっそろしく根気のいいもんでげすなア」 その与吉の声も、左膳の耳には入らないのか、かれは、 蒼白 ( まっさお )な顔をひきつらせて、凝然と樹蔭に立っている。 ひしひしと迫る剣気を、その枯れ木のような細長い身体いっぱいに、しずかに呼吸して、左膳は、別人のようだ。 与吉とかれは、裏木戸の闇の溜まりに、身をひそめて、源三郎と丹波の姿を、じっと見つめているのである。 藍を水でうすめたような、ぼうっと明るい夜だ。 物の影が黒く地に這って……耳を 抉 ( えぐ )る静寂。 源三郎は、その腰をおろしている庭石の一部と、化したかのよう……ビクとも動かない。 白い鏡とも見える一刀を、青眼に取ったなり、峰丹波は、まるで大地から生えたように見える。 斬っ 尖 ( さき )ひとつうごかさず、立ったまま眠ってでもいるようだ。 二分、三分、五分……この状態はいつ果つべしともなく、続いていきそうである。 邸内 ( なか )では、だれもこの、裏庭にはらんでいる 暴風雨 ( あらし )に気づかぬらしく、夜とともに静まりかえっている。 病先生のお部屋のあたりに、ぱっと灯が洩れているだけで、さっきまで明りの滲んでいた部屋部屋も、ひとつずつ暗くなってゆく。 左膳は、口の中で何やら唸りながら、源三郎と丹波を 交互 ( かたみ )に見くらべて、釘づけになっているのだ。 二人は、左膳と与吉の来ていることなど、もとより意識にないらしい。 と、たちまち、ふしぎなことが起こったのだ。 丹波の口から、低い長い呻き声が流れ出たかと思うと……かれ丹波、まるで朽ち木が倒れるように、うしろにのけぞって、ドサッ! 地ひびき打って仰向けに倒れた。 むろん斬られたのではない。 気に負けたのである。 源三郎は、何ごともなかったように、その丹波のようすを見守っている。 左膳が、ノッソリと、その前に進み出た。 「オウ、若えの」 と左膳は、源三郎へ顎をしゃくって、 「この大男は、じぶんでひっくりけえったんだなア」 源三郎は、不愛想な顔で、左膳を見あげた。 「ウム、よくわかるな。 余はこの石に腰かけて、あたまの中で、唄を歌っておったのだよ。 その丹波の介抱をしてやれ。 すぐ息を吹きかえすであろうから」 与吉はおずおずあらわれて、 「ヘ、ヘエ。 いや、まったくどうも、おどろきやしたナ」 と意識を失っている丹波に近づき、 「といって、この丹波様を、あっしひとりで、引けばとて押せばとて、動こう道理はなし……弱ったな」 左膳へ眼をかえした源三郎、 「タ、誰じゃ、貴様は」 ときいた。 眼をトロンとさせて、酔ったようによろめきたっている左膳は、まるで、しなだれかかるように源三郎に近づき、 「誰でもいいじゃアねえか。 おれア、伊賀の暴れン坊を斬ってみてえんだ。 変わった構えだ。 片手に刀をダラリとさげ、斬っさきが地を撫でんばかり…… 足 ( そく )を八の字のひらき、体をすこしく及び腰にまげて、若い 豹 ( ひょう )のように気をつめて左膳を狙うようす。 濡れ燕の豪刀を、かた手大上段に振りかぶった丹下左膳、刀痕の影を見せて、ニッと 微笑 ( わら )った。 「これが柳生の若殿か。 ヘッ、青臭え、青臭え……」 夜風が、竹のような左膳の痩せ脛に絡む。 「おウ、たいへんだ! 鮪 ( まぐろ )があがった。 手を貸してくんねえ」 飛びこんできた与吉の大声に、道場の大部屋に床を敷きならべて、がやがや騒いでいた不知火流の内弟子一同、とび起きた。 「与吉とか申す町人ではないか。 闇黒 ( やみ )から生まれたように駈けつけて来る、おおぜいの 跫音 ( あしおと )……左膳がそれに耳をやって、 「源三郎、じゃまがへえりそうだナ」 と言った瞬間、地を蹴って浮いた伊賀の暴れん坊、左膳の脇腹めがけて斬りこんだ一刀……ガッ! と音のしたのは、濡れ燕がそれを払ったので、火打ちのように、青い火花が咲き散った。 筑紫の不知火が江戸に燃えたかと見える、司馬道場の同勢だ。 気を失った峰丹波の身体は、手早く 家内 ( なか )へ運んだとみえて、そこらになかった。 この騒ぎが、奥へも知れぬはずはない。 庭を明るくしようと、侍女たちが総出で雨戸を繰り開け、部屋ごとに、 縁端 ( えんばた )近く燭台を立てつらねて、いつの間にか、真昼のようだ。 廊下廊下を走りまわり、叫びかわすおんな達の姿が、庭からまるで芝居のように見える。 左膳は、一眼をきらめかせて、源三郎をにらみ、 「なお、おい、源公。 乗合い舟が 暴風 ( しけ )をくらったようなものよなア。 「では、この勝負、一時お預けとするか」 「さよう、いずれ後日に……」 ほほえみかわした二人は、サッと背中を合わせて、包囲する司馬道場の若侍たちへ、怒声を投げた。 「こいつらア、金物の味を 肉体 ( からだ )に知りてえやつは前へ出ろっ!」 と左膳、ふりかぶった左腕の袖口に、おんな 物 ( もの )のはでな長じゅばんを、チラチラさせて。 源三郎は、丹波の大刀を平青眼、あおい長い顔に、いたずらげな眼を笑わせて、 「 命不知火 ( いのちしらぬい )、と申す流儀かの」 与吉は、丹波について部屋へ行ったとみえて、そこらに見えなかった。 源三郎が植木屋すがたに身をやつして、入りこんでいたことは、与吉は丹波に口止めされたので、一同にいってない。 白林いっせいに騒いで、斬り込んできた。 同時に左膳は。 もうその男は、右の肩を骨もろとも、乳の下まで斬り下げられて、歩を 縒 ( よ )ってよろめきつつ、何か綱にでも縋ろうとするように、両手の指をワナワナとひらいて、夜の空気をつかんでいる。 左膳のわらいは、血をなめた者の真っ赤な哄笑であった。 不知火の一同、思わずギョッとして、とり巻く輪が、ひろがった。 庭には斬合いが……と聞いても、萩乃は、なんの恐怖も、興味も、動かさなかった。 剣客のむすめだけに、剣のひびきに胆をひやさぬのは、当然にしても、じつは萩乃、この数日なにを見ても、何を聞いても、こころここにないありさまなのだった。 にもかかわらず、派手な寝まきすがたの萩乃は、この大騒動をわれ関せず 焉 ( えん )と、ぼんやり床のうえにすわって、もの思いにふけっているのだ。 ぼんぼりの光が、水いろ 紗 ( しゃ )の蚊帳を淡く照らして、焚きしめた香のかおりもほのかに、夢のような彼女の寝間だ。 ほっと、かすかな溜息が、萩乃の口を逃げる。 恋という字を、彼女は、膝に書いてみた。 そして、ぽっとひとりで桜いろに染まった。 あの植木屋の面影が、この日ごろ、鳩のような萩乃の胸を、ひとときも去らないのである。 無遠慮 ( ぶえんりょ )に縁側に腰かけて、微笑したあの顔。 丹波の小柄をかわして、ニッとわらった不敵な眼もと……なんという涼しい 殿御 ( とのご )ぶりであろう! 植木屋であの腕並みとは?……丹波はおどろいて、平伏して身もとを問うたが。 「ああ、よそう。 考えるのは、よしましょう」 と萩乃は口に出して、ひとりごとをいった。 「植木屋の 下職 ( したしょく )などを、いくら想ったところで、どうなるものでもない。 でも、恋に上下の隔てなしという言葉もあるものを……。 「萩乃さん、まだ起きていたのかえ」 萩乃は、はっとした。 継母のお蓮さまが、 艶 ( えん )な姿ではいってきた。 気をうしなった峰丹波は。 自室 ( へや )へかつぎこまれるとまもなく、意識をとり戻したが、おのが不覚をふかく恥じるとともに、なにか考えるところがあるかして、駈けつけたお蓮様をはじめ介抱の弟子たちへ、 「いや、なに、面目次第もござらぬ。 今……。 お蓮さまはこの丹波の話を、萩乃の部屋へ持って来て、 「ほんとに、白い着ものをきた一本腕の、煙のような侍が、どこからともなく暴れこんできたんですって。 「ですけれど、植木屋などが出ていって、もしものことがあっては……」 と、萩乃はすぐ、男の身が案じられて、血相かえ、おろおろとあたりへ眼を散らして、起ちかけるのを、お蓮さまは何も気づかずに、 「いえ、みんな出ていって植木屋に加勢しているらしいの。 でも、なんだか知らないけど、あの植木屋にまかせておけば、大丈夫ですとさ。 丹波がそういっていますよ。 丹波がアッとたおれたら、植木屋がとんできて、御免といって丹波の手から、刀を取って、その 狼藉者 ( ろうぜきもの )に立ちむかったんですって」 とお蓮様も、かの植木屋が源三郎とは、ゆめにも知らない。 二人のおんなは、言いあわしたように口をつぐみ、耳をそばだてた。 裏庭のほうからは、まだ血戦のおめきが、火気のように強く伝わってくる。 と思うと、時ならぬ静寂が耳を占めるのは、敵味方飛びちがえてジッと機をうかがっているのであろう……。 と、このとき、けたたましいあし音が長廊下を摺ってきて、病間にのこして来た侍女の声、 「奥様、お嬢さま! こちらでいらっしゃいますか。 あの、御臨終でございます。 医師はとうに 匙 ( さじ )を投げていたが、源三郎に会わぬうちは……という老先生の気組み一つが、ここまでもちこたえてきたのだろう。 ただ、乱暴者が舞いこんだといって、今、うら手にあたって多勢の立ち騒ぐ物音が、かすかに伝わってきているが、先生はそれを耳にしながら、とうとう最期の息をひきとろうとしています。 燭台を立てつらねて、昼よりもあかるい病間……司馬先生は、眼はすっかり落ちくぼみ、糸のように痩せほそって、この暑いのに、麻の夏夜具をすっぽり着て、しゃれこうべのような首をのぞかせている。 もう、暑い寒いの感覚はないらしい。 はっはっと 喘 ( あえ )ぎながら、 「おう、不知火が見える。 たましいは、すでに故郷へ帰っているとみえる。 並 ( な )みいる医師や、二、三の高弟は、じっとあたまをたれたまま、一言も発する者はない。 侍女に導かれて、お蓮様と萩乃が泣きながらはいってきた。 覚悟していたこととはいえ、いよいよこれがお別れかと、萩乃は、まくらべ近くいざりよって、泣き伏し、 「お父さま……」 と、あとは涙。 女性というものは、ふしぎなもので、早く死んでくれればいいと願っていたお爺さんでも、とうとう今あの世へ出発するのかと思うと、不意と心底から、 泪 ( なみだ )の一つぐらいこぼれるようにできているんです。 よろめきながら、峰丹波がはいってきた。 やっと意識をとり戻してまもないので、髪はほつれ、色 蒼 ( あお )ざめて、そうろうとしている。 「先生ッ!」 とピタリ手をついて、 「お心おきなく……あとは、拙者が引き受けました」 こんな 大鼠 ( おおねずみ )に引き受けられては、たまったものじゃない。 すると、先生、ぱっと眼をあけて、 「おお、源三郎どのか。 待っておったぞ」 と言った。 丹波がぎょっとして、うしろを振り向くと、だれもいない。 死に瀕した先生の幻影らしい。 「源三郎殿、萩乃と道場を頼む」 丹波、仕方がないから、 「はっ。 先生の臨終と聞いて、斬合いを引きあげてきた多くの弟子たちが、どやどやッと室内へ 雪崩 ( なだれ )こんできた。 一人が室内から飛んできて、斬りあっている連中に、何かささやいてまわったかと思うと……。 一同、剣を引いて、あわただしく奥の病間のほうへ駈けこんでいった後。 家の中に、なにごとか起こったとみえる」 「 烏 ( からす )の子が巣へ逃げこむように飛んで行きおった、ははははは」 「はっはっはっ、なにが何やら、わけがわからぬ」 ふたりは、腹をゆすって笑いあったが、左膳はふと真顔にかえって、 「わけがわからぬといえば、おれたちのやり口も、じぶんながら、サッパリわけがわからぬ。 おれとおめえは、今夜はじめて会って、いきなり斬り結び、またすぐ味方となり、力をあわせて、この道場の者と渡り合った……とまれ、世の中のことは、すべてかような出たらめでよいのかも知れぬな、アハハハハ」 「邪魔者が去った、いま一手まいろうか」 闇の中で、あお白く笑った源三郎へ、丹下左膳は 懶 ( ものう )げに手を振り、 「うむ、イヤ、また後日の勝負といたそう。 おらアお 前 ( めえ )をブッタ斬るには、もう一歩工夫が肝腎だ」 「いや、拙者も、尊公のごとき 玄妙不可思議 ( げんみょうふかしぎ )な手筋の 仁 ( じん )に、出会ったことはござらぬ。 すっかり仲よしになって本郷の道場をあとに、ブラリ、ブラリ歩きだしながら、左膳、 「だが、おらアそのうちに、必ずお前の首を斬り落とすからナ。 これだけは言っておく」 「うははははは、尊公に斬り落とさるる首は、 生憎 ( あいにく )ながら伊賀の暴れン坊、持ち申さぬ。 そ、それより、近いうちに拙者が、ソレ、その、たった一つ残っておる左の 腕 ( かいな )をも、申し受ける 機 ( おり )がまいろう」 左膳はニヤニヤ笑って歩いて行くが、これでは、仲よしもあんまり当てにならない。 根岸の植留が、司馬道場へ入れる 人工 ( にんく )をあつめていると聞きだして、身をやつして 桂庵 ( けいあん )の手をとおしてもぐりこんだ源三郎、久しぶりに八ツ 山 ( やま )下の本陣、鶴岡市郎右衛門方へ帰ってきますと、 安積玄心斎 ( あさかげんしんさい )はじめ供の者一同、いまだにこけ猿の茶壺の行方は知れず、かつは敵の本城へ単身乗りこんで行った若き主君の身を案じて、思案投げ首でいました。 吉田通れば二階から招く、しかも鹿の子の振り袖で……そんな 暢気 ( のんき )なんじゃない。 その吉田は。 松平伊豆守 ( まつだいらいずのかみ )七万石の御城下、 豊川稲荷 ( とよかわいなり )があって、盗難よけのお守りが出る。 ギシと駕籠の底が地に鳴って、問屋場の前です。 駕籠かきは、あれは自分から人間の外をもって任じていたもので、馬をきどっていた。 馬になぞらえて、お尻のところへふんどしの結びを長くたらし、こいつが尾のつもり、 尿 ( いばり )なんか走りながらしたものだそうで、お大名の先棒をかついでいて失礼があっても、すでに本人が馬の気でいるんだから、なんのおとがめもなかったという。 冬の最中、裸体で駕籠をかついで、からだに雪が積もらないくらい精の強いのを自慢にした駕籠かき、いまは真夏だから、くりからもんもんからポッポと湯気をあげて……トンと問屋場のまえに駕籠をおろした二組の相棒、もう、駕籠へくるっと背中を見せて、しゃがんでいる。 先なる駕籠の垂れをはぐって、白髪あたまをのぞかせたのは、柳生対馬守の江戸家老、 田丸主水正 ( たまるもんどのしょう )で、あとの駕寵は若党 儀作 ( ぎさく )だ。 金魚くじが当たって、来年の日光御用が柳生藩に落ちたことを、飛脚をもって知らせようとしたが、それよりはと、主水正、気に入りの若党ひとりを召しつれて、東海道に 早籠 ( はや )を飛ばし、自分で柳生の里へ注進に馳せ戻るところなので……。 駕籠から首をつき出した田丸主水正、「おいっ! 早籠 ( はや )じゃ。 御油 ( ごゆ )までなんぼでまいるっ」 駅継 ( えきつ )ぎなのです。 筆を耳へはさんだ問屋場の帳づけが、 「へえ、二里半四町、六十五 文 ( もん )!」 「五十 文 ( もん )に負けろっ!」 円タクを値切るようなことをいう。 「 定 ( き )めですから、おウ、 尾州 ( びしゅう )に 因州 ( いんしゅう )、 土州 ( としゅう )に 信州 ( しんしゅう )、 早籠 ( はや )二梃だ。 いってやんねえ」 ノッソリ現われたのは、坊主あたまにチャンチャンコを着たのや、股に大きな膏薬を貼ったのやら……。 エイ! ホウ! トットと 最初 ( はな )から足をそろえて、息杖振って駈け出しました。 じぶんでは叫んでるつもりだが、虫のうめきにしか聞こえない。 長丁場で、駕籠かきがすこしくたびれてくると、主水正、「ホイ、投げ銭だ……」 と駕籠の中から、パラパラッと銭を投げる。 すると、路傍にボンヤリ腰かけていた駕籠かきや、通行の旅人の中の屈強で 好奇 ( ものずき )なのが、うしろから駕籠かきを押したり、時には、駕籠舁きが息を入れるあいだ、代わってかついで走ったり……こんなことはなかったなどと言いっこなし、とにかく田丸主水正はこうやって、このときの 早駕籠 ( はや )を乗り切ったのです。 田丸という人には、ちょっと 文藻 ( ぶんそう )があった。 かれがこの道中の辛苦を書きとめた 写本 ( しゃほん )、 旅之衣波 ( たびのころもは )には、ちゃんとこう書いてあります。 つぎは 赤坂 ( あかさか )。 名物、 青小縄 ( あおこなわ )、網、 銭差 ( ぜにさ )し、 田舎 ( いなか )っくさいものばかり。 芭蕉の句に、夏の月 御油 ( ごゆ )より出でて 赤坂 ( あかさか )や……だが、そんな風流気は、いまの主水正主従にはございません。 駕籠は、飛ぶ、飛ぶ……。 八 丁 ( ちょう ) 味噌 ( みそ )の [#「八 丁 ( ちょう ) 味噌 ( みそ )の」は底本では「 八丁味噌 ( ちょうみそ )の」]本場で、なかなか大きな街。 それから、なるみ絞りの 鳴海 ( なるみ )。 宮 ( みや )から舟で 津 ( つ )へ上がる。 藤堂和泉守 ( とうどういずみのかみ )どの、三十二万九百五十 石 ( ごく )とは、ばかにきざんだもんだ。 電話番号にしたって、あんまり感心しない……田丸主水正は、そんなことを思いながら、道はここから東海道本筋から離れて、 文居 ( もんい )、 藤堂佐渡守様 ( とうどうさどのかみさま )、三万二千石、江戸より百六 里 ( り )。 つぎが、 長野 ( ながの )、 山田 ( やまだ )、藤堂氏の領上野、島ヶ原、大川原と、夜は夜で肩をかえ、江戸発足以来一 泊 ( ぱく )もしないで、やがて、柳生の里は、柳生対馬守 御陣屋 ( ごじんや )、江戸から百十三里です。 こんもりと樹のふかい、古い町だ。 そこへ、江戸家老の早駕籠が駈けこんできたのだから、もし人あって山の上から見下ろしていたなら、両側の家々から、パラパラッと 蟻 ( あり )のような人影が走り出て、たちまち、二ちょうの駕籠は、まるで黒い帯を引いたよう……ワイワイいってついてくる。 水が御所望かっ?」 山里の空気は、真夏でも、どこかひやりとしたものを包んで、お陣屋の奥ふかく、お庭さきの 蝉 ( せみ )しぐれが、ミーンと耳にしみわたっていた。 柳生対馬守は、源三郎の兄ですが、色のあさ黒い、筋骨たくましい三十そこそこの人物で、だれの眼にも兄弟とは見えない。 二万三千石の小禄ながら、剣をとっては柳生の嫡流、代々この柳生の庄の盆地に 蟠踞 ( ばんきょ )して、家臣は片っぱしから音に聞こえた剣客ぞろい……貧乏だが腕ッぷしでは、断然天下をおさえていました。 半死半生のてい、おおぜいの若侍にかつがれて、即刻、鉢巻のまま主君のお居間へ許された田丸主水正、まだ早駕籠に揺られている気とみえて、しきりに、眼のまえにたれる布につかまる手つきをしながら、 「オイッ! 鞠子 ( まりこ )までいくらでまいるっ? なに、 府中 ( ふちゅう )より鞠子へ一里半四十七文とな?」 「シッ! 田丸殿、 御前 ( ごぜん )でござる。 主水正は、まだ 血反吐 ( ちへど )を吐かぬだけよいぞ……主水ッ! しっかりせい。 天から降った災難も同然で、殿をはじめ、一座 暗澹 ( あんたん )たる雲に閉ざされたのも、無理はありません。 と言って、のがれる 術 ( すべ )はない。 死んだ金魚をうらんでもはじまらないし……と、しばし真っ蒼で 瞑目 ( めいもく )していた柳生対馬守、 「山へまいる。 したくをせい」 ズイと起ちあがった。 山へ……という 俄 ( にわか )の仰せ。 だが、思案に余った対馬守、急に思い立って、これから憂さばらしに、日本アルプスへ登山しようというじゃアありません。 お城のうしろ、庭つづきに、 帝釈山 ( たいしゃくやま )という山がある。 山といっても、丘のすこし高いくらいのもので、数百年をへた杉が、日光をさえぎって生い繁っている。 背中のスウッとする冷たさが、むらさきの山気とともに流れて、 羊腸 ( ようちょう )たる小みちを登るにつれて、城下町の屋根が眼の下に指呼される。 どこかに泉があるのか、朽葉がしっとり水を含んでいて、蛇の肌のような、重い、滑かな苔です。 「殿! お危のうございます」 お気に入りの近習、 高大之進 ( こうだいのしん )があとから声をかけるのも、対馬守は耳にはいらないようす。 庭下駄で岩角を踏み試みては、上へ上へと登って行く。 出るのは溜息だけで、やがて対馬守を先頭に登ってきたのは、帝釈山の頂近く、天を 摩 ( ま )す老杉の下に世捨て人の住まいとも見える風流な茶室です。 このごろの茶室は、ブルジョア趣味の贅沢なものになっているが、当時はほんとの 侘 ( わ )びの境地で、草葺きの軒は傾き、文字どおりの竹の柱が、黒く煤けている。 「どうじゃ、爺。 その後は変わりないかな。 こまったことが起きたぞ」 対馬守は、そういって、よりつきから 架燈口 ( かとうぐち )をあけた。 家臣たちは、眼白押しにならんで円座にかける。 三 畳台目 ( じょうだいめ )のせまい部屋に、柿の へたのようなしなびた老人がひとり、きちんと炉ばたにすわって、釜の音を聞いている。 老人も老人、百十三まで 年齢 ( とし )を数えて覚えているが、その後はもうわからない、たしか百二十一か二になっている 一風宗匠 ( いっぷうそうしょう )という人で、柳生家の二、三代前のことまですっかり知っているという生きた藩史。 だが、年が年、などという言葉を、とうに通り過ぎた年なので、耳は遠いし、口がきけない。 でも、この愛庵の帝釈山の茶室を、殿からいただいて、好んで一人暮しをしているくらいだから、足腰は立つのです。 一風宗匠は、きょとんとした顔で対馬守を迎えましたが、黙って矢立と紙をさし出した。 これへ書け……という意味。 誰の金魚を殺すかと、お風呂場での下相談の際。 柳生は、剣術はうまかろうが、金などあるまい……とおっしゃった八代吉宗公のおことばに対して。 果たしてそれが事実なら……。 当主対馬守がその金の 所在 ( ありか )を知らぬというはずはなさそうなものだが。 貧乏で、たださえやりくり算段に日を送っている小藩へ、百万石の雄藩でさえ恐慌をきたす日光おつくろいの番が落ちたのだから、藩中上下こぞって周章狼狽。 刃光刀影にビクともしない柳生の殿様、まっ蒼になって、いまこの裏庭つづきの帝釈山へあがってきたわけ。 その帝釈山の拝領の茶室、 無二庵 ( むにあん )に隠遁する一風宗匠は、 齢 ( よわ )い百二十いくつ、じっさい奇蹟の長命で、柳生藩のことなら先々代のころから、なんでもかんでも心得ているという口をきく百科全書です。 いや、口はきけないんだ。 耳も遠い。 ただ、お魚のようなどんよりした眼だけは、それでもまだ相当に見えるので、この一風宗匠との話は、すべて筆談でございます。 木の根が化石したように、すっかり縮まってしまってる一風宗匠、人間もこう 甲羅 ( こうら )をへると、まことに脱俗に仙味をおびてまいります。 岩石か何か超時間的な存在を見るような、一種グロテスクな、それでいて涼しい 風骨 ( ふうこつ )が漂っている。 この暑いのに茶の十徳を着て、そいつがブカブカで貸間だらけ、一風宗匠は十徳のうちでこちこちにかたまっていらっしゃる。 皮膚など茶渋を 刷 ( は )いたようで、ところどころに苔のような斑点が見えるのは、時代がついているのでしょう。 髪は、白髪をとおりこして薄い金いろです。 そいつを 合総 ( がっそう )にとりあげて、口をもぐもぐさせながら、矢立と筆をつき出したのを、対馬守はうなずきつつ受け取って、 「金は何ほどにてもある故に、さわぐまいぞえ。 剣は腹なり。 人の世に生くるすべての道なり。 いたずらに立ち騒ぐは武将の名折れと知るべし」 と書いた。 百二十いくつの一風宗匠から見れば、やっと三十に近い柳生対馬守など、赤ん坊どころか、アミーバくらいにしかうつらないらしい。 対馬守も、暗然として宗匠を見下ろしていたが、ややあって長嘆息。 「ああ、やはり 年齢 ( とし )じゃ。 シッカリしておられるようでも、もう 耄碌 ( もうろく )しておらるる。 詮ないことじゃ。 ごめん」 一礼して土間へおりようとすると対馬守の裾を、ガッシとおさえたのは一風宗匠だ。 それによると……。 剣道によって家をなした柳生家第一代の先祖が、死の近いことを知ると同時に、戦国の 余燼 ( よじん )いまだ納まらない当時のこととて、不時の軍用金にもと貯えておいた黄金をはじめ、たびたびの拝領物、めぼしい家財道具などをすべて金に換えて、それをそっくり山間の某地に埋めたというのである。 「山間の某地にナ」 と対馬守は、眼をきらめかして、 「夢のごとき昔語りじゃ」 と、きっと部屋の一隅をにらんだ。 「しまったっ」 と呻ったのは、対馬守です。 なんでもよいわけのもの。 ただ、絶大の好意を示す方便として、御当家においてもっとも重んずる宝物、かのこけ猿を進呈したというまでのことじゃ。 今のうちなら、取り戻すことも容易でござろう」 「そうだっ! 是が非でも壺をとり返せっ!」 対馬守は、もとよりこの意見です。 なんとかして壺を手に入れねばならぬ! さっそく下山して、一間に休息させてあった田丸主水正を呼び出し、きいてみると、 「ハッ。 何ごとかこの壺に、曰くありと見た刃怪左膳、チョビ安の身柄といっしょに今、こけ猿の茶壺を手もとに預かっているので。 人もあろうに、左膳の手に壺が落ちようとは……。 これは、だれにとっても、まことに相手が悪い。 そんなことは知らない柳生の藩中、対馬守をはじめ、家臣一同、こけ猿が行方不明だと聞いて、サッと顔いろを変えた。 さっそく城中の大広間にあつまって、会議です。 「あの壺さえありますれば、なにも驚くことはござらぬ。 危急存亡の場合、なんとかして壺を見つけ出さねば……」 「しかし、拙者はふしぎでならぬ。 壺は昔から一度もひらいたことがないのか」 「いや、今まで毎年、 宇治 ( うじ )の茶匠へあの壺をつかわして、あれにいっぱい新茶を詰めて、取り寄せておるのです。 いつも新茶を取りに宇治へやった壺……厳重に封をして当方へ持ち帰り、御前において封切りの茶事を催して開くのです。 そんな、一風の申すような地図など入っておるとすれば、とうに気づいておらねばならぬ」 「じゃが、それほど大切な図面を隠すのじゃから、なにか茶壺に、特別のしかけがしてあろうも知れぬ。 とにかく、壺を手に入れることが、何よりの急務じゃ!」 「 評定 ( ひょうじょう )無用! 一刻も早く同勢をすぐり、捜索隊を組織し、江戸おもてへ発足せしめられたい!」 剣をもって日本国中に鳴る家中です。 ワッ! という声とともに、広場いっぱいに手があがって、ガヤガヤいう騒ぎ……。 拙者も、吾輩も、それがしも、みんながわれおくれじと江戸へ押し出す気組み。 それじゃア柳生の里がからっぽになってしまう。 黙って一同のいうところを聞いていた対馬守、お小姓をしたがえて奥へおはいりになった。 するとしばらくして、 祐筆 ( ゆうひつ )に命じて書かせた大きな提示が、広間に張り出されました。 一、天地神明に誓いて、こけ猿の茶壺を発見すべきこと。 一、柳生一刀流の赴くところ、江戸中の瓦をはがし、屍山血河を築くとも、必ずともに壺を入手すべし。 品川や袖にうち越す花の浪……とは、 菊舎尼 ( きくしゃに )の句。 その、しながわは。 東海寺 ( とうかいじ )、千 体荒神 ( たいこうじん )、 足留稲荷 ( あしどめいなり )とそれぞれいわれに富む名所が多い。 中でも、足どめの稲荷は。 このお稲荷さんを修心すれば、長く客足を引きとめておくことができるというので、 旅籠 ( はたご )や 青楼 ( せいろう )、その他客商売の参詣で賑わって、たいへんに繁昌したもの。 ふとしたことから 馴染 ( なじ )んだ客に、つとめを離れて惹かれて、ひそかにこの足留稲荷へ願をかけた一夜妻もあったであろう……。 その足留稲荷のとんだ 巧徳 ( くどく )ででもあろうか。 伊賀の暴れン坊、柳生源三郎の婿入り道中は、いまだ八ツ山下の本陣、 鶴岡市郎右衛門方 ( つるおかいちろうえもんかた )に引っかかっているので。 こけ猿の茶壺は、今もって行方知れず。 一度は、 佐竹右京太夫 ( さたけうきょうだゆう )の横町で、あのつづみの与吉に出あったものの、みごとに抜けられてしまって……。 来る日も、くる日も、飽きずに照りつける江戸の夏だ。 若き殿、源三郎の腕は、みんな日本一と信じているから、ひとりで先方へ行っていても、だれも心配なんかしない。 何しろ、血の気の多い若侍が、何十人となく、毎日毎晩、宿屋にゴロゴロしているんだから、いつまでたってもいっこう壺の 埓 ( らち )があかないとなると、そろそろ退屈してきて、 脛 ( すね )押し、腕相撲のうちはまだいいが、 「おいっ! まいれっ! ここで一丁稽古をつけてやろう」 「何をっ! こちらで申すことだ。 さァ、遠慮せずと打ちこんでこいっ!」 「やあ、こやつ、遠慮せずに、とは、いつのまに若先生の口調を覚えた」 なんかと、てんでに荷物から木剣を取り出し、大広間での剣術のけいこをされちゃア宿屋がたまらない。 「足どめ稲荷が、妙なところへきいたようで」 「どうも、弱りましたな。 この分でゆくと、もう一つ、足留稲荷の向うを張って、早 発 ( だ )ち稲荷てえのをまつって、せいぜい油揚げをお供えしなくっちゃアなりますめえぜ」 本陣の帳場格子のなかで、番頭たちが、こんなことをいいあっている。 品川のお茶屋は、どこへ行っても伊賀訛りでいっぱいです。 そいつが揃って酔っぱらって、大道で光る 刀 ( やつ )を抜いたりするから、陽が落ちて暗くなると、鶴岡の前はバッタリ人通りがとだえる。 こういう状態のところへ、植木屋姿の源三郎が、ひょっこり帰ってきました。 立ち帰ってきた源三郎は、てっきり司馬先生はおなくなりになったに相違ない……と肚をきめて、二、三日考えこんだ末、 「おいっ、ゲ、ゲ、玄心斎、すぐしたくをせい。 これから即刻、本郷へ乗り込むのだ」 と下知をくだした。 三つも、四つもの疑問があるので。 司馬道場で、じぶんが柳生源三郎ということを知っているのは、あの、見破ったつづみの与吉と、お蓮派の領袖峰丹波だけであろうか? あの可憐な萩乃も、あばずれのお蓮様も、もう知っているのではなかろうか……? だが、これは源三郎の思いすごしで、あのふしぎな美男の植木屋が問題の婿源三郎ということは、丹波が必死に押し隠して、だれにも知らせてないのです。 お蓮さまや萩乃にはむろんのこと、門弟一同にも、なにも言わずにある。 丹波が皆に話してあるところでは……。 変てこな 白衣 ( びゃくえ )の侍が、左手に剣をふるって、やにわに斬りこんできたので、健気にもあの植木屋が、気を失った自分の刀を取って防いでくれた。 ところが、剣光と血に逆上したとみえて、その感心な植木屋が、あとでは左腕の怪剣士といっしょになって、道場の連中と渡りあったとだけ……そうおもて向き披露してあるのだ。 だから、あの、星が流れて、司馬老先生が永遠に 瞑目 ( めいもく )した夜、かわいそうな植木屋がひとり、乱心して屋敷を逐電した……ということになっているので。 が、しかし。 道場を横領するには、お蓮様と組んで、あれを向うにまわさねばならぬ。 つぎは、どうやってあらわれてくるであろうかと、丹波、やすきこころもない。 それから、源三郎のもう一つの疑問は、あの枯れ松のような片腕のつかい手は、そもそも何ものであろうか?……ということ。 自分が一 目 ( もく )も二目もおかねばならぬ達人が、この世に存在するということを、源三郎、はじめて知ったのです。 峰丹波には、この剣腕を充分に見せて、おどかすだけおどかしてある。 もう、正々堂々と乗り込むに限る! と源三郎、 「供ッ!」 と叫んで、本陣の玄関へ立ち出でた。 黒紋つきにあられ小紋の 裃 ( かみしも )、つづく安積玄心斎、 脇本門之丞 ( わきもともんのじょう )、 谷大八 ( たにだいはち )等……みんな同じ 装 ( つく )りで、正式の婿入り行列、にわかのお立ちです。 「エ、コウ、剣術大名の葬式だけに、 豪気 ( ごうぎ )なもんじゃアねえか」 「そうよなあ。 これだけの人間が、 不知火銭 ( しらぬいぜに )をもれえに出てるんだからなあ」 「おう、吉や、その、てめえ今いった、不知火銭たあなんでえ」 夜の引明けです。 本郷は妻恋坂のあたりは、老若男女の町内の者が群集して、押すな押すなの光景。 欲というのは……。 群衆のなかで、話し声がする。 「どうもえらい騒動でげすな。 拙者は、まだ暗いうちに家を出まして、 四谷 ( よつや )からあるいて来ましたので」 「いや、わたしは 神田 ( かんだ )ですが、昨夜から、これ、このとおり、筵を持ってきて、御門前に泊まりこみました」 「おや! あなたも夜明し組で。 私は、夜中から小僧をよこして、場所を取らせて置いて、いま来たところで」 「それはよい思いつき、こんどからわっしも、そうしやしょう」 「それはそうと、たいした人気ですな。 もう始まりそうなものだが……」 これじゃアまるで、都市対抗の野球戦みたいだ。 それというのが。 この司馬道場では。 吉事につけ、凶事につけ、何かことがありますと、銭を紙にひねって、門前に集まった人たちに、バラ撒く 習慣 ( しきたり )になっていて、当時これを妻恋坂の不知火銭といって、まあ、ちょっと大きく言えば、江戸名物のひとつになっていたんです。 不知火銭……おおぜいへ撒くんだから、もとより一包みの銭の 額 ( たか )は知れたものだが、これを手に入れれば、何よりもひとつの 記念品 ( スーベニイル )で、そのうえ、 禍 ( か )を払い、福を招くと言われた。 マスコットとかなんとか言いますな、つまりあれにしようというんで、この司馬道場の不知火銭というと、江戸中がわあっと沸いたもんです。 慶事 ( よろこび )には……そのよろこびを諸人に分かつ意味で。 吉と呼ばれた男を取りまいて、さっきの職人らしい一団が、しきりにしゃべるのを聞けば、 「それに、まだ一ついいことがあるんだぜ」 「銭をくれたうえにか」 「おう。 その銭の包みにヨ。 たった一つ、御当家のお嬢さんが御自身で筆を取って、お捻りのうえに『御礼』と書いたやつがあるんだ。 そして。 お祝いごとなら 何人 ( なんぴと )をさしおいても、酒宴の最上座につらなり、お嬢さま萩乃のお酌を受ける。 きょうのようなおとむらいなら。 たといその包みを拾ったものが、乞食でも、かったい 坊 ( ぼう )でも、 喪主 ( もしゅ )のつぎ、会葬者の第一番に焼香する資格があるのだ。 「うめえ話じゃアねえか」 と、吉をとりまく職人たちは、ワイワイひしめいて、 「妻恋小町の萩乃さまにじきじきおめどおりをゆるされるばかりじゃアねえ。 次第によっちゃア、おことばの一つもかけてくださろうってんだ……まあ、 吉 ( きっ )つあんじゃないか、会いたかった、見たかった。 チョンチョン格子の彼女じゃアあるめえし、剣術大名のお姫さまが、わちきゃ、おまはんに、なんて、そんなこというもんか。 妾 ( わらわ )は、と 来 ( く )らあ。 近う近う……ってなもんだ。 どうでえ!」 「笑わかしやがらア。 おらあ、お姫さまのお墨つきの包みをいただいただけで、満足だ、ウフッ」 なんかと、若いやつらは、 儚 ( はかな )い期待に胸をときめかしております。 「やいッ、押すなってえのに!」 振り返ると、うしろが深編笠の浪人で、 「身どもが押しておるのではない。 ずっと向うから、何人も通して押してまいるのだ」 こりゃあ理屈だ。 怖い相手だから、 「へえ。 なんとも相すみません」 威張ったほうが、あやまっている。 中には、 纏 ( まと )い持ちが火事の屋根へ上がるように、身体じゅうに水をふりかけてやってきて、 「アイ、御免よ、ごめんよ。 濡れても知らないよ」 とばかり、群衆を動揺させて、都合のいい場所へおさまるという、頭のいいやつもある。 「餓鬼なんざ、また生めあいいじゃアねえか。 資本 ( もと )はかからねえんだ。 なんならおいらが頼まれてもいいや」 江戸の群衆は乱暴です。 「もう一度腹へけえしちめえっ!」 カンガルーとまちがえてる。 若い町娘にはさまれた男は、 「なに、かまいません。 いくらでも押してくだせえ」 と、幸福なサンドイッチという顔。 ハリウッドの女優さんなんかは、 署名 ( サイン )係というのを何人か雇っていて、ブロマイドにサインをしてファンへ送っているそうですが萩乃のは、 稀 ( たま )のことだから、自分で書くのだ。 もっとも、名前じゃあない。 なまめかしい筆で、御礼と……。 なにか道場によろこびでもあって、この紅ふでの包みを拾おうものなら、天下一の 果報者 ( かほうもの )というわけ。 いま群衆のなかに。 肩肘はった浪人者や、色の生っ 白 ( ちろ )い若侍のすがたが、チラホラするのは、みんなこの、たった一つの萩乃直筆のおひねりを手に入れようという連中なので。 音に聞く司馬道場の娘御に接近する機会をつくり、あとはこの拙者の男っぷりと、剣のうで前とであわよくば入り婿に……たいへんなうぬぼれだ。 世は泰平。 男の出世の途は、すっかりふさがってしまっている。 現代 ( いま )で言えば、まア、インテリ失業者とモダンボーイの大群、そいつが群衆の中にまじって、 「老師がお亡くなりになった 今日 ( こんにち )、必然的に 後継 ( あとめ )の問題が起こっておるであろう。 イヤ、身どもが萩乃どのとひとこと話しさえすれば……」 「何を言わるる。 御礼の不知火銭を拾うのは、拙者にきまっておる。 バラバラッときたら、抜刀して暴れまわる所存だ。 萩乃がお目あてなのは、さむらいだけじゃアない。 町内の伊勢屋のどら息子、貴賤老若、 粋 ( すい ) 不粋 ( ぶすい )、千態万様、さながら浮き世の走馬燈で、芋を洗うような雑沓。 金も拾いたいし、お嬢さんにも近づきたい……欲と色の 綯 ( な )いまぜ手綱だから、この早朝から、いやもう、奔馬のような人気 沸騰 ( ふっとう )……。 妻恋小町の萩乃さま。 ある捻った人が、小町ばっかりで 癪 ( しゃく )だというので、 大町 ( おおまち )とやって見た。 白金大町 ( しろがねおおまち )、あいおい 大町 ( おおまち )どうもいけません。 やっぱり、美女は小町。 小町は、妻恋小町の萩乃様。 と、こういうわけで、きょうは司馬先生のお葬式だが、折りからの好天気、あのへんいったい、まるでお祭りのような人出です。 門前には、白黒の鯨幕を張りめぐらし、鼠いろの紙に 忌中 ( きちゅう )と書いたのが、掲げてある。 門柱にも、同じく鼠色の紙に、大きく 撒銭仕候 ( まきぜにつかまつりそろ )と書いて貼り出してあるのだ。 このごろは西洋式に、黒枠をとるが、むかしは葬儀には、すべてねずみ色の紙を用いるのが、礼であった。 大玄関には、四 旒 ( りゅう )の 生絹 ( すずし )、供えものの 唐櫃 ( からびつ )、 呉床 ( あぐら )、 真榊 ( まさかき )、 根越 ( ねごし )の 榊 ( さかき )などがならび、萩乃とお蓮さまの 輿 ( こし )には、まわりに 簾 ( すだれ )を下げ、白い房をたらし、司馬家の 定紋 ( じょうもん )の、雪の輪に覗き蝶車の金具が、 燦然 ( さんぜん )と黄のひかりを放っている。 やしきの奥には。 永眠の間の畳をあげ、床板のうえに真あたらしい 盥 ( たらい )を置いて、萩乃やお蓮さまや、代稽古峰丹波の手で、老先生の遺骸に湯灌を使わせて 納棺 ( のうかん )してある。 在りし日と姿かわった司馬先生は、経かたびら、頭巾、さらし木綿の 手甲 ( てっこう )脚絆をまとい、六文銭を入れたふくろを首に、珠数を手に、 樒 ( しきみ )の葉に埋まっている。 四方流れの屋根をかぶせた坐棺の上には、紙製の 供命鳥 ( くめいちょう )を飾り、棺の周囲に金襴の幕をめぐらしてあるのだった。 仏式七分に神式三分、神仏まぜこぜの様式……。 玄関の横手に受付ができて、高弟のひとりが、帳面をまえに控えている。 すべて喪中に使う帳簿は紙を縦にふたつ折りにして、その口のほうを上に向けてとじ、帳の綴り糸も、結び切りにするのが、古来の法で、普通とは逆に、奥から書きはじめて初めにかえるのである。 大名、旗下、名ある剣客等の弔問、ひきもきらず、そのたびに群衆がざわめいて、道をひらく。 土下座する。 えらい騒ぎだ。 萩乃は、奥の一間に、ひとり静かに悲しみに服しているものとみえる。 お蓮さまも、表面だけは殊勝げに、しきりに居間で珠数をつまぐりながら、葬服の着つけでもしているのであろう。 ふたりとも弔客や弟子たちの右往左往するおもて座敷のほうには、見えなかった。 やがてのことに、わっとひときわ高く、諸人のどよめきがあがったのは、いよいよ 吉凶禍福 ( きっきょうかふく )につけ、司馬道場の名物の 撒銭 ( まきぜに )がはじまったのである。 江都評判の不知火銭……。 りっぱな 恰幅 ( かっぷく )。 よくとおる声だ。 すると、一時に、お念仏やお題目の声が、豪雨のように沸き立って、 「なむあみだぶつ、なんみょうほうれんげきょう……!」 丹波は一段と声を励まし、 「例によって、このなかにたった一つ、当家のお嬢様がお礼とおしたためになった包みがござる。 それをお拾いの方は、どうぞ門番へお示しのうえ、邸内へお通りあるよう、御案内いたしまする」 バラバラッ! と一掴み、投げました。 ひとつの三宝が 空 ( から )になると、あとから後からと、弟子が、銭包みを山盛りにしたお三宝をさしあげる。 丹波はそれを受け取っては、眼下の人の海をめがけて、自分の金じゃアないから、ばかに威勢がいい。 つかんでは投げ、掴んでは投げ……。 ワーッ! ワッと、大浪の崩れるように、人々は 鬨 ( とき )の声をあげて、拾いはじめた。 拾うというより、あたまの上へ来たやつを、人より先に跳びあがり、伸びあがって、ひっ掴むんです。 こうなると、背高童子が一番割りがいい。 押しあい、へし合い、肩を揉み足を踏んづけあって、執念我欲の図……。 「痛えっ! 髷 ( まげ )をひっぱるのあ誰だっ!」 「おいっ、襟首へ手を突っこむやつがあるか」 「何いってやんでえ。 我慢しろい。 てめえの背中へお捻りがすべりこんだんだ」 「おれの背中へとびこんだら、おれのもんだ。 死ぬようなさわぎです。 どこへ落ちるか不知火銭。 見わたす限り人間の手があがって、掴もうとする指が、まるでさざなみのように、ひらいたりとじたりするぐあい、じっと見てると、ちょうど 穂薄 ( ほすすき )の野を秋風が渡るよう……壮観だ。 「お侍さまっ! どうぞこっちへお撒きくださいっ」 と、女の声。 かと思うと、 「旦那! あっしのほうへ願います。 あっしゃアまだ三つしか拾わねえ」 あちこちから呶声がとんで、 「三つしか拾わぬとは、なんだ。 拙者はまだ一つもありつかぬ」 「この野郎、三つも掴みやがって、当分不知火銭で食う気でいやアがる」 中には、お婆さんなんか、両手に手ぬぐいをひろげて、あたまの上に張っているうちに、人波に溺れて群衆の足の間から、 「助けてくれッ!」 という始末。 おんなの悲鳴、子供の泣き声……中におおぜいの武士がまじっているのは、武士は食わねど高楊枝などとは言わせない、皮肉な光景で。

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