漫画バンク僕たちがやりました。 凡庸な野球マンガになり果ててしまったBUNGO

凡庸な野球マンガになり果ててしまったBUNGO

漫画バンク僕たちがやりました

「オードリー春日のニヤニヤ保健体育バラエティ むっつり春日」はどれで見れるの? 「オードリー春日のニヤニヤ保健体育バラエティ むっつり春日」は FODで見ることができます。 それでは、 FODでどのようにしたら見れるの? FODだと何がいいの? そんな方にサービスをご紹介します。 今ならキャンペーンにより毎月最大1300ポイントがプレゼントされます。 FOD 31日間無料お試しキャンペーン FODは、なんと月額888円なんです!! 他の動画配信サービスと比べても かなり安いです。 また、獲得したポイントの使い道としては有料版の動画だけでなく、コミック・書籍などにもにも利用ができます。 フジテレビオンデマンドという名前なだけあって他で見れない FODならではのコンテンツが楽しめます 雑誌類も豊富で150種類以上を揃えています。 また、動画配信サービスのよさは・・・ DVDレンタルとは違い、 借りに行くという概念がありません。 わざわざ店頭に借りに行く必要も無く、返す必要も無い。 延滞料金がかかる事も無く、レンタルする期限に追われる事も有りません。 どんだけ見ても月額料金です。 見放題なので、これ以上の料金は発生しません。 借りに行ったのに、今貸出中なの!?なんて事も当然ありません。 配信中なら、 見たい時に確実に見れます。 FODで見れる動画リスト ・リッチプアウーマン ・ディアシスター ・彼氏をローンで買いました ・人志松本のすべらない話 ・あいのり ・テラスハウス ・プライド ・ライアーゲーム ・メイちゃんの執事 ・万引き家族 ・僕たちがやりました などなど・・・ この他にのまだま視聴できる動画はたくさんあります!!! アニメ、韓国ドラマ、海外ドラマから様々なジャンルが読み放題です👏.

次の

今読むべき名作 漫画版『風の谷のナウシカ』を赤坂憲雄、川上弘美が考察する

漫画バンク僕たちがやりました

Contents• 【 おすすめ漫画 完結 10位 】 『 オーダーメイド 』高橋 一仁先生の作品 理由&あらすじ&見どころ 「ユートピアン」というアダルトショップのAVは、一本500万円。 「あの娘としたい… でも叶わぬ夢 そんなあなた 「あの娘としたい」は叶わずとも 「あの娘でしたい」を叶えます あなたの欲望 具現化してみませんか? どんな娘でもそっくりに オーダーメイドAV」 ユートピアンには、整形を繰り返す女がいる。 お店には、ボスと呼ばれる受付の男と、ヘアカットやメイク担当のリン、AV男優のアキラの3人で経営している。 受付の男は全身整形も担当していて、腕は一流。 エロいですが、ストーリーが面白い!! 見た目は完全にヤバい奴です ^^; 全身整形を何度も繰り返す女の体がいつまで 持つのか心配です。 【 おすすめ漫画 完結 9位 】 『 バトル・ロワイアル 』田口 雅之先生の作品 理由&あらすじ&見どころ 極東の全体主義国家「大東亜共和国」では、全国の中学3年生のクラスから毎年50クラスを無作為に選び、「プログラム」と称する殺人ゲームを実施している。 生き残りが1人になるまで殺し合いは終わらない。 主人公の七原秋也のクラス、3年B組がプログラムの対象に選ばれた。 担任に殺された幼馴染の好きだった中川典子を守ると決意する秋也。 典子は以前から秋也に惚れている。 川田章吾と意気投合し3人で行動を共にする。 秋也は運動神経良くて優しくて涙脆くてカッコイイ。 典子をしっかり守っているのが素敵です。 相葉光子というビッチがいるんですが、エロいです。 川田は一番好きです。 強くていい人!! 桐山がチート過ぎる 強過ぎで最早人間じゃないです…。 何度も何度も立ち上がります。 まさにその姿はゾンビ。 え?って思った場面は、ある生徒が技のようなものを出した瞬間です。 不思議でした 笑 いったい何漫画なの?とツッコミたくなりました。 面白かったですが ^^; とにかくグロい絵柄です。 苦手な人は読まない方がいいかもしれません。 内臓や脳が普通に描かれてますからね!! 【 おすすめ漫画 完結 8位 】 『 僕たちがやりました 』金城 宗幸先生の作品 理由&あらすじ&見どころ 凡下高2年生の、トビオ、マル、イサミはobで 金持ちのパイセンとつるんで遊んで過ごしていた。 ある日、マルが凡下高の隣にある矢波高の奴らに拉致られてしまう。 大怪我をおわされたマルを見て矢波高の奴らに仕返しをしようと校庭にたくさん爆弾を仕掛ける。 最後の爆弾のボタンを押すと、想定外の規模の爆発が起こり、死傷者が出てしまう。 警察に捕まったパイセン。 トビオ達の運命は…。 主人公とその友達2人が揃ってクズですね。 矢波高の高橋はわりと嫌いじゃない。 爆発で大怪我をしてしまいますが。 【 おすすめ漫画 完結 7位 】 『 僕だけがいない街 』三部 けい先生の作品 理由&あらすじ&見どころ 主人公 藤沼悟は売れない漫画家。 「リバイバル」という特殊能力がある。 能力は、直後に起こる事件や事故などの原因が取り除かれるまで、直前の場面に何度もタイムリープしてしまうというものだ。 自分の意志とは関係なく発動する上に、能力が発動した結果、自分にとってマイナスな結果になる事もある。 加代が虐待を受けているのは胸が痛みました。 自分の娘に虐待出来るのんて信じられないですね ^^; 口癖の「バカなの?」が可愛い。 悟のお母さんはいいお母さんだなぁとほっこり。 病院のベットで意識を失い、目を覚ますとしらない島にいた。 自分以外にもたくさん人がいて、全員未遂者だった。 この島が自殺島である事をしる。 セイは生きるため鹿を狩るハンターになる。 皆生きる為に必死に生活をする。 中には、人を殺して食料を奪うなどゲスな連中もいる中、セイやリョウ、他の仲間は必死に立ち向かう。 お似合いの2人で、とても未遂者とは思えない。 常に無表情なのか嫌です。 心做しかセイを見る目が怖いと感じました。 性同一性障害のトモが拉致られた時、助けるのに反対した奴らは許せなかった…。 そのくせ自分達は守ってほしいという考えに腹が立ちました。 本当に読んで良かった作品です。 【 おすすめ漫画 完結 5位】 『 ピアノの森 』 理由&あらすじ&見どころ 主人公 一ノ瀬 海 いちのせ かい 通称 カイ。 天才的なピアノの才能を持つ少年。 お母さんと顔がそっくり。 お母さんは風俗店の雑用として働いていた事があり、カイは周りの生徒達から母さんをバカにされる日々を送っている。 家が貧乏な事も馬鹿にされる。 雨宮 修平 あまみや しゅうへい カイの親友。 彼自身は、カイの事をライバルだと思っている。 ピアニストの家系に育ち、英才教育を受けている。 ある日、カイがピアノを弾いているのを聞いて、修平は感動する。 阿字野 荘介 あじの そうすけ カイの師。 昔はすごく有名なピアニストだったが、交通事故で婚約者と左手の自由を失う。 ある日、カイの才能を知りカイに興味を持ち出す。 カイの成長していく姿に夢中で読んでしまいました。 親友の篠塚 夕子 しのづか ゆうこ と同じ高校の試験を受けた歩は、1人だけ合格してしまう。 篠塚は自分が受からなかったことを歩のせいにし、ブチ切れる。 親友を失った歩は、リストカットをするようになる。 高校に入学した歩は、以前の明るい歩ではなく、地味で無口だ。 そんな歩に安西 愛海 あんざい まなみ という友達が出来る。 少し明るさを取り戻した歩だったが、ある勘違いから歩に対するイジメが始まる。 愛海が中心で歩をイジメ、イジメはどんどんエスカレートしていく。 ある日、歩に本当の友達が出来る。 クールで美人な羽鳥 未来 はとり みき。 安西は本当に許せない。 安西以外の歩をイジメている奴らも全員気持ち悪い…。 歩はよく不登校にならなかったなぁと思いますよ。 確か20巻くらいありましたが、最初から最後までな歩が可哀想です。 イジメのレベルが普通じゃないですね!! 考えさせられる作品です。 【 おすすめ漫画 完結 3位 】 『 四月は君の嘘 』新川 直司先生の作品 理由&あらすじ&見どころ 主人公 有馬 公生 ありま こうせい は、母の死をきっかけにピアノが弾けなくなってしまう。 ピアノを弾いても音が聞こえない。 それから3年後の4月、14歳になった公生はバイオリニストの宮園 かをりと知り合いになる。 ヴァイオリンのコンクールでかをりの個性的な演奏を聴き、母の死以来モノトーンに見えていた公生の世界が色付きはじめる。 次第にかをりに好意を抱きはじめる公生。 ですが、かをりが自分の幼馴染の渡亮太を好きだと知っている公生は告白が出来ないでいた。 しかし、かをりの本心は…。 この作品は本当に泣けました…。 渡は本気でかをりの事を過ぎでしたからね。 泣きました。 その寄生生物は鼻や耳から人間の顎へ侵入し、頭部全体と置き換わる形で寄生する。 全身を支配し、超人的な戦闘力で人間を捕食する。 主人公 泉 新一は、1匹のパラサイトに襲撃されるが、何とか脳に寄生されないで済む。 しかし、パラサイトは右腕に寄生し同化して現れる。 新一は右腕のパラサイトに、「ミギー」と名付ける。 それからというもの、新一は他の寄生された人間に狙われ常に戦っている。 少しグロさはありますが、ストーリーは面白いです。 新一とミギーの関係が素敵です。 新一に寄生したのがミギーで良かったなぁと 思いますが、もし脳に寄生されてたらと思うと ゾッとします… 笑 パラサイトに完全に支配された人間の姿はえげつないので、新一は腕で運が良かったなぁと思います。 ヒロインは嫌いって人多いですよね。 私もあまり好きではないんですが。 上井大学に通う金木研は、喰種である事をしらずにリゼを好きになる。 デートの帰り道、人気のないところで襲われ、トドメをさされそうになった瞬間、鉄骨が落下してきてリゼは鉄骨の下敷きになる。 病院に運ばれた金木は、喰種専門の医者から無断でリゼの臓器を移植される。 金木は、隻眼の喰種となる。 「あんていく」という喫茶店の喰種の店長から、優しい言葉を掛けてもらい、あんていくでバイトをする事になる。 金木は親友の永近英良 ヒデ には、自分が喰種である事を隠しているが、ヒデはすでに気付いている。 ヒデに正体がバレた場合、ヒデを殺すとあんていくの喰種のトーカに忠告される。 金木くんは本当に悲劇的だなぁと思います。 アオギリのヤモリに拉致られてからが、もっと悲劇でした… ^^; 拷問され続け、人格まで変わって。 ずっと金木の友達でいてほしい。 金木は毎回悲劇的な目にあうので、最後は幸せになってほしいです。 漫画 おすすめで完結している作品はこれ!についてでした。

次の

漫画 おすすめで完結している作品はこれ!

漫画バンク僕たちがやりました

雑誌『アニメージュ』(徳間書店)で長期連載されていた漫画『風の谷のナウシカ』。 アニメーション映画が繰り返しテレビで放送され、スタジオジブリの代表作の一つとして人気を獲得する一方、漫画版の『ナウシカ』も、全7巻で累計約1600万部を記録。 漫画史に残る傑作と評されています。 その赤坂さんと、『ナウシカ』のファンである作家の川上弘美さんが、「漫画版ナウシカ」をテーマに対談しました。 2人はこの物語を、どう読み解いたのでしょうか。 「エコロジーの戦士」として語られてきたナウシカ 赤坂憲雄(以下、赤坂) 『ナウシカ考』という本を出したのですが、(漫画版『風の谷のナウシカ』は)川上さんの『大きな鳥にさらわれないよう』(講談社)や『某』(幻冬舎)などの一連の作品と、遠いようで近い、近いようで遠い、交わる世界があると感じました。 そのつながりについては後ほど語らせてください。 『アニメージュ』という雑誌で連載されていた、漫画版の最終巻が出たのが1995年。 阪神・淡路大震災、オウム真理教の事件と重なる時期です。 そのときに、全巻通して読む機会があり、衝撃を受けたんですね。 84年に公開された映画では「エコロジーの戦士」と語られたナウシカですが、宮崎さんは漫画版で、そうしたナウシカ像をどんどん壊して、疾走していきます。 さまざまな問いが盛り込まれているこの作品を、どう解きほぐして、どう読めばいいか。 25年かかりましたが、手探りでようやくここにたどり着きました。 一度読んだだけでは分からない作品だなと、いま改めて思います。 川上弘美(以下、川上) 私も最初に読んだのが阪神(大震災)の1年後と、近い時期です。 きっかけは、子どもの通っていた幼稚園のママ友が貸してくれたから。 ママたちで全巻回覧していたんですよ。 おそるべきママたち(笑)。 赤坂 ママ友で回し読みしていたのですか。 感動的ですね。 川上 赤坂さんとお話しするにあたって、二十数年ぶりに読み返してみたら、当時とはまた違った印象を受けました。 でもふたたび没入しすぎて、夜通しで全巻読んでしまったくらい(笑)。 赤坂 この漫画は、とりわけ後半に「母と子」というテーマが広がっていきますよね。 最後は巨神兵とナウシカの不思議な関係が、暴走していく。 子育て中のお母さんは、どんな点に共鳴したのか気になります。 川上 当時の私は、ミラルパ皇弟を、母親のように、ナウシカが連れていくシーンがとても心に残りました。 幼い子がいる母親たちは、「無垢(むく)」にも「死」にも近いんです。 作中で登場する「虚無」や「無垢」という類いの言葉に鋭くなっていたから、みんなが惹(ひ)かれたというのもあるかもしれない。 社会のできごと、身体のできごとが作品に影響するか 赤坂 僕が論じてみたいと思ったきっかけとしては、ことに漫画版について、先行研究や専門書が少なかったから。 けれど、実際にやってみると「漫画について語る」とはどういうことなのか、まず分からないんですよ。 漫画を含めて、僕はそもそもあらゆる専門領域から外れた人間ですが、この作品を論じるための手がかりも見当たらなかった。 漫画を言語化するとはどういうことなのか。 やり始めてはつまずいて、しばらく置いて、また、ということを繰り返し、長い年月が経ってしまいました。 今年になって、追い詰められてやっと書いたのですけど、追い詰められないと、書けなかった。 かなり無理をして書いたので、第四章から終章にかけては、体の痛みと戦いながら、ようやく駆け抜けることができた感じですね。 川上さんは、身体や心の状況が、作品と連動することはありますか。 川上 そのときの状況が「そのまま直截(ちょくせつ)に作品に反映される」ということはありませんが、もちろん、人間は体と心が一緒なので、体が変わると書くものは変わります。 ナウシカ的にいえば、社会と自然、そして自分はつながっているので、そこが変化すると当然、変わってくるのだと思います。 赤坂 この作品は禁欲的なまでに、男と女が交わるとか、性そのものから距離を置いていると感じました。 性的なものを描いていない。 川上 それは当然だという気もします。 全巻を通してほぼ戦い続けていて、そうじゃない場面のほうが少ないですから。 人類が滅亡に直面し、個々人も戦乱のさなかにある。 それも、豊かな戦争ではなく、「貧しい戦争」というのでしょうか。 食べ物も少なく、技術もない。 性欲の入り込むすきが、そもそもないと思うんです。 第2次大戦中の強制収容所での経験を描いた、フランクルの『夜と霧』(みすず書房)にも、極限状況にある収容所で最初になくなるのは性欲だと書かれています。 私はむしろ、食欲と排泄(はいせつ)は描かないのかなあと思っていました。 赤坂 性的なものが、出てきてもいい描き方はされていると思うんです。 たとえば、反出生主義への対抗として読むこともできますが、作中では、トリウマという動物が、ナウシカを助けて死んでいく一方、つがいが卵を産んでいる場面がありますよね。 生命が受け継がれることを、「トリウマの産卵」というかたちで提示している。 宮崎さんの中には、どんな状況でも、命を生み出すことについての、絶対的な肯定があると思います。 川上 そうですね。 肯定、それも、モラルの観点からではなく、世界そのものを善悪と無関係に肯定する、という観点からなのだと思います。 ただ、アニメでは生殖に関しての言及はあえて避けているのではないでしょうか。 赤坂 アニメは避けますよね、子どもに性を持ち込む必要はまったくないと思います。 でも、ナウシカという少女に、そういったまなざしを向けていた大人もいる。 宮崎さんは、そういう目でナウシカが眺められることに対して、抵抗があったと思いますし、漫画では抑制していった面はあると思います。 川上 アニメーションは、長くても2時間内外。 その中で、ナウシカという人物のことを描ききることは、当然難しいことなのだと思います。 漫画の中では、抑制、というよりも、拡大そして重層化していって、ロリコン的視線をはねとばしていったように感じられました。 女性を主人公にする意味が、大きく変わった 川上 赤坂さんはD・H・ロレンスの言葉をひいて、作品は自分の手を離れると読者のものになり、そこでさまざまな解釈がなされると書かれています。 『ナウシカ考』が出たことで変わると思いますし、また違うものが出てくれば、『ナウシカ』への解釈もさらに広がっていくに違いありません。 読み込まれることによって、作品って、どんどん大きくなってゆく。 赤坂 漫画版の『ナウシカ』で、女性を主人公にする意味が、大きく変わったような気がするんです。 つまり、まだ1、2巻は少女戦士のイメージで、少女が世界を救うように、描かれるんですね。 でも、漫画を読み進めると、宮崎さんは「少女戦士」によって今までのヒロイン像をひっくり返そうとしたのではなく、まったく違う世界に行こうとしています。 1巻にありますが、風の谷の城の地下に、ナウシカはラボ、実験室を持っていて、そこでは少女戦士ではなく、観察や探求、知性にスポットが当たる。 ヒロイン像をそっちに持っていって、その後は戦う場面をあまり描いていませんね。 川上 私はアニメを見ていても、実は少女戦士という印象はなかったんです。 アニメでもラボの場面がありますが、そこが特に印象に残っていて。 最初に『ナウシカ』を見たとき、理科の教師をしていましたから、余計に(笑)。 赤坂さんが冒頭におっしゃっていましたが、「エコロジーの戦士」としてイメージされていた、というのは、どういうことだったんですか? 赤坂 映画が公開された当時は特に、ナウシカは環境破壊で追い詰められていく世界を、自己犠牲によって救済する、エコロジーの戦士として扱われていたと思いますね。 宮崎さんは、それにいら立っていたと、勝手に想像しています。 川上 世に流布している「エコロジー」という言葉と、科学的に言う「エコロジー」、すなわち生態学とは、少し乖離(かいり)があるんです。 「エコロジー」というと、環境保護のイメージですが、「生態系」というものは、生物と無生物全体をひっくるめた環境を理解するためのシステム解析の視点であって、そこに人間中心の正否の判断が持ち込まれることは、ない。 人間は今、とてつもない数がいて、地球上で一番の権利を持っていると思う人もいるかもしれないけれど、そうではなくて、人間やほかの動・植物、すべて含めて有機的に関係しあっているから、均衡を保っていられる。 それがどう崩れて、持ち直すか、どう変わるのか、を見ていくのが生態系の視点だと思うんです。 そのことが最初から最後まで、大きなテーマとして描かれていることを特に感じました。 愚かな人たちが作った自然も、あがめられるか 赤坂 川上さんの作品世界にもつながっていくと思うのですが、(『ナウシカ』には)キツネリスやトリウマが出てきますよね。 ある箇所で、「千年昔の世界には馬という動物がいて、哺乳類だったらしい」という記述が出てきます。 つまり、ナウシカ世界の動物は、かつての生態系の分類で、哺乳類と呼ばれていた動物ではないのです。 生命を操る技によって、変えられているということが明らかになりますが、なぜ異種交配の生き物しかいないのでしょうね。 実は人間の体も操作されて変えられているという事実も、やがて明らかになります。 生態系は、腐海だけでなく、人間も動物も植物も、すべてが変えられている。 野生と文化、自然と人間という、我々の世界ではかろうじてある境界そのものが、壊れてしまった世界を宮崎さんが描いているということに、途中まで気付かなかったんです。 それが大きな問いかけになると思ったのは、森の人について考えていたときですね。 彼らは腐海と共存し、それを聖なる世界だとあがめている。 けれど、その世界を作り出したのは千年前の「火の七日間」という戦争を引き起こした愚かな人類ですよね。 それでも、腐海を聖なる森としてあがめることができるのか。 彼らはすごく困るわけです。 『ナウシカ』が提示するのは、「すべてが変えられている」ところからしか、出発できないということ。 手付かずの自然をめでるのは楽なんです。 でも、愚かな人たちが作った自然であってもそれをめでて、聖なるものとあがめることができるのか、という深い問いが突きつけられていると感じました。 「普通」の生物たちはどこから来たのか 川上 そもそも私たちが「手付かずの自然」と呼ぶものも、たかだかこの数千年くらいの間の「自然」です。 『ナウシカ』は、そこを軽々と超えていった、まだ見ぬ明日の生態系を描いているわけで、このイマジネーションの広がりは、ほんとうにすごい。 私、『ナウシカ』の世界はどうなっているのかよく分からないんです。 地図はあるけれど、あれは地球の一部ですよね。 地球上全部が腐海? 赤坂 どうなっているんでしょうね。 川上 ほとんどが腐海だと仮定して、さらに図に描かれているのが地球のすべてだと仮定します。 海が機能していなくて、腐海以外の植生も動物の多様性も、どうやら貧弱。 つまり、地球上のほぼすべての生物は、昔の人間が作りかえたものであり、だからこそ多様性にとぼしいのでしょうか。 でも、最初は自然界に存在していた生物を用いて作りかえたのでしょうから、いくら操作されているとはいえ、自然に突然変異が起こるのを待たずに、早送りのようにして人為的に変異を起こしたと考えることもできるわけで、それも立派な生物だとすることもできるし、当の操作された生物自身にとっては、「お前たちは悪だ」と決めつけられたら、たまらない。 ナウシカでなくとも、私だってその立場になったら反抗しますよ(笑)。 そういえば、ナウシカは途中、腐海が地球をきれいにしきった、究極の場所に行きましたよね。 そこに生えていた「普通のもの」はどこから来たのか。 あれは、シュワの庭からは離れた場所らしかったのに。 赤坂 僕も気になってきたのですが、オアシスの村で鳥が飛び立つ場面がありました。 あるいは、シュワの庭にも鳥はいましたね。 この庭には、古い種が保存されているという設定ですけど、どうなんでしょうね。 一つの鍵は、ナウシカが腐海で採集してきた胞子を、実験室のきれいな水と土の中で育てると、普通の植物として花を咲かせているところです。 どうやら植物は腐海という環境に適応して、あのような姿になっているらしい。 川上 まだまだ秘密がありそうです。 赤坂 最初の問題提起に戻しますが、川上さんの世界は、漫画版『ナウシカ』とは遠くない気がしているんです。 川上 光栄(笑)。 赤坂 宮崎さんは生命を操る技術がもたらした世界、とりわけ社会のあり方や、権力関係に焦点を当てていると思います。 けれど、そこに生きている人たちの心の関係性といったものは、すくなくとも、その変容は描かれていない。 つまり、人間の身体も操作されて変わっているのであれば、外見は人間なんだけれど、我々とは違う精神のあり方を持っているはずだと思うんです。 でも、喜怒哀楽や嫉妬、欲望のかたちが我々の延長線上に、『ナウシカ』では置かれている。 川上さんの『大きな鳥にさらわれないよう』では、いわば生命を操る技術がもたらした未来の光景が鮮やかに描かれていました。 川上さんはそれを、社会的な変容や権力ではなく、変えられてしまった人間たちの心のなかをのぞき込んで、細密画のように描かれている。 それは、ナウシカ的世界と遠いのではなく、背中合わせなのかもしれない。 僕はそういう目で眺めてきました。 この物語では一つの声だけを聞くべきではない 赤坂 漫画と文字表現で、できることは違いますか。 川上 まず、アニメと漫画でも大きく違うと思います。 ジブリ作品は特に、自然や背景がとても美しくて、リアリティーがあります。 加えて、音楽がある、声がある。 すべてが合わさって、全体を表現しています。 漫画では、宮崎駿個人の表現したいことが、絵と文字で表されていて、立体的です。 でも文字だけでは立体性はなかなか出せないのです。 だから小説家は、「書かない」ことによって、空間を広げてゆこうとします。 それで興味深いと思ったのは、『ナウシカ考』にあった、ドストエフスキーのポリフォニー(多声音楽)の話。 単一の音しかないモノフォニーではなく、小説をいかにポリフォニックに響かせるかというのは、小説家が目指すところだと思いました。 一人称で書いたからといって、それがモノフォニーというわけでもない、そこも難しいところで。 いわゆる、神の視点で書いたからポリフォニックになるかといわれたら、そこも違う。 面白いなと思いました。 赤坂 宮崎さんには『シュナの旅』(徳間書店)という美しい絵物語がありますけれども、あれはまさに単声的で、絵を見ながら磨き抜かれた言葉を追っていくだけで、世界がくっきりと浮かび上がる。 そこにはノイズがないんです。 『シュナの旅』を読んでから漫画版ナウシカを読むと、多声的で、世界がさまざまな音や声で満たされている、開放的な印象に圧倒されますね。 川上 出てくる人の考えがおり重なって聞こえてきますよね。 赤坂 それで、漫画版『ナウシカ』を読むときには、一つの声だけを聞くべきではないと思うようになりました。 ナウシカの声が物語の中心にありますが、それがそのまま宮崎さんの声や考えではない。 ナウシカの声ですら、ほかの声によって常に相対化されている。 川上 ナウシカが絶対的な正義だと思われがちですが、そうではないんですよね。 私自身には、ケチャという少女の声がとてもよく響いてきました。 多様な声が重層的に出てくるところが、ものすごく面白かった。 赤坂 終章では、ミハイル・バフチンの『ドストエフスキーの詩学』(筑摩書房)に触れましたが、そこでのドストエフスキーを宮崎駿に置き換えても成り立つと思うところがたくさんあると感じています。 この多声的である、ポリフォニックであるということは、漫画という表現にとっては、未来に託されるべき可能性でしょうね。 漫画版では、黙示録的な善悪の戦いが決着したわけではありませんね。 とりあえず、旧人類のプログラミングした未来へのシナリオを破壊しましたが、それをはたして全否定できるのか。 ナウシカの選択は、正しいのか。 漫画版は我々に、改めて問いの立て直しを求めています。 それをさらに考えていきたいと思います。 (文・構成=岡本尚之 写真=山田涼香 取材協力=岩波書店) 赤坂憲雄(あかさか・のりお) 1953年、東京都生まれ。 学習院大学教授。 専門は民俗学・日本文化論。 2007年、『岡本太郎の見た日本』(岩波書店)でドゥマゴ文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞(評論等部門)を受賞。 川上弘美(かわかみ・ひろみ) 1958年、東京都生まれ。 94年『神様』(中央公論社)で第1回パスカル短篇文学新人賞を受賞。 96年『蛇を踏む』(文藝春秋)で芥川賞、99年『神様』でドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞、2000年『溺レる』(文藝春秋)で伊藤整文学賞、女流文学賞、01年『センセイの鞄』(平凡社)で谷崎潤一郎賞、07年『真鶴』(文藝春秋)で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『水声』(文藝春秋)で読売文学賞、16年『大きな鳥にさらわれないよう』(講談社)で泉鏡花文学賞を受賞。 ほか、『ニシノユキヒコの恋と冒険』(新潮社)、『七夜物語』(朝日新聞出版)など、著書多数。

次の