すらるど。 JLPT N1の文法 grammar: ~すら

「感動すら覚える」この表現について。

すらるど

[副助]名詞、活用語の連体形、副詞、助詞などに付く。 1 極端な事を例としてあげ、他を類推させる意を表す。 …でさえ。 …なのに。 中古の末ごろには「」という形も用いられている。 なお、現代語では「さえ」と同じように使用されるが、「さえ」のほうが一般的で、「すら」の使用は少ない。 その受ける語に対して、例外的・逆接的な関係にあることが多い。 古くは 「だに 」と似た意味であったが、仮定条件句中には用いられない。 中古になると、漢文訓読文や和歌などには用いられたが、仮名文にはあまり用いられていない。 中世以降は次第に 「だに 」に吸収され、さらに 「さへ 」に代わっていった。 「すら」はすでに実現している事物に対して用い、「だに」はまだ実現していない事物に対して用いた。 しかし、中古になると、「だに」が「すら」の用法をも合わせ持つようになり、「すら」は衰退し、類推の表現には一般に「だに」が用いられるようになった。 2 中古の漢文訓読文において、「すら」は後文に「況んや」がある場合に「尚」の前後で補読されるといわれ、「スラナホ」という慣用句もみられるが、訓点資料においても中古末頃には、一部「だに」にとってかわられるようになる。 3 院政鎌倉期から一時期「そら」という語形が出現するが、「すら」が現代語でも使用されるのとは対照的に、中世末には使用されなくなる。 出典 精選版 日本国語大辞典 精選版 日本国語大辞典について.

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ベラ・チャスラフスカ

すらるど

意味や使い方についてはほとんど同じです。 「も」とよく比較される取りたて助詞の一つですが、意外性を表す点では、「も」よりも強いと言えるでしょう。 どちらも、社会的な通念、話者の予想、または常識を超える意外なことに対して使えます。 「~どころか」「~ばかりか~」を伴うこともよくあります。 質問者さんのあげていらっしゃる「添加」のさえはこのことではないかと想像いたしますが・・・。 例)住む家どころか、食べ物 すら/さえ ない。 (ニュアンスとしては、住む家がないのはまだ予想の範疇。 しかし、食べ物がないのは予想の範疇を超えている!!!!) 両者の決定的な違いの一つは、文型の接続について「すら」のほうが「さえ」よりも制限されることではないかと思います。 働きさえしないで、遊んでばかりいる。 例)宿題さえやれば、あとは自由だ。 教えたらしいですというのも、過去の教案ノートを見て回答しております。 つまりは即答できないヘボ教師ということですね(汗)。 さて、我ながらずいぶんあやしい説明をしていたものだと赤面しつつ、検索してみましたら、 基本説明はこんなところでしょうか。 子供ですらわかる。 /子供でさえわかる。 という文に果たしてどの程度の違いがあるかと言われると私には判断不可能です。 すらのみで使われていたものが、現代ではさえでも代用されるようになったのでしょうか? 2 の場合は「すら」のほうが自然だと思います。 この3つの用法のうち、現代国語例解辞典では、すらの用法は 1 のみです。 入れてみて、自然か自然でないか判断すればいいのではないでしょうか? A ベストアンサー 「~さえ」は、 最低限想定されるもの(こと)に言及しようとする意図があります。 「~まで」は、逆に、 より重要な要素を持つもの(こと)に言及しようとする表現。 「漂流中は水さえ飲めなかった」は、 最低限必要とされる水を飲めなかった、というニュアンス。 「漂流中は水まで飲めなかった」は、 食糧が無かったり、日をさえぎるものが無かったり、鮫が寄ってきたりと散々な目に遭ったが、そういったことよりもさらに重要なこととして、水が飲めないということがあった。 というニュアンス。 というニュアンス。 というニュアンス。 または、 ・海が汚れ、瓦礫が多数流れていたり、水が濁ったりしている。 しかし、そういったことよりもさらに海にとって重大な要素であるはずの魚までもがいなかった。 というニュアンス。 「~さえ」は、 最低限想定されるもの(こと)に言及しようとする意図があります。 「~まで」は、逆に、 より重要な要素を持つもの(こと)に言及しようとする表現。 「漂流中は水さえ飲めなかった」は、 最低限必要とされる水を飲めなかった、というニュアンス。 「漂流中は水まで飲めなかった」は、 食糧が無かったり、日をさえぎるものが無かったり、鮫が寄ってきたりと散々な目に遭ったが、そういったことよりもさらに重要なこととして、水が飲めないということがあった。 というニュアンス。 「海には魚さ... A ベストアンサー 「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。 「~やら~やら」には意味が二つあります。 1 名詞の並列 例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。 2 どちらか決めがたいことをあらわす。 例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。 それに対して「~とか~とか」には、 1の名詞の並列の意味しかありません。 それでは 「スーパーでパンやら牛乳やら買った。 」 と 「スーパーでパンとか牛乳とか買った。 」 は完全に同じ意味でしょうか? ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、 私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。 「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。 これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。 1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。 」 2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。 」 1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。 2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。 1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。 」 2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。 」 これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。 2は素直な人が話しているなら単なる並列。 ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。 とまあ、こんなところです。 前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。 色々な回答がつくといいですね。 「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。 「~やら~やら」には意味が二つあります。 1 名詞の並列 例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。 2 どちらか決めがたいことをあらわす。 例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。 それに対して「~とか~とか」には、 1の名詞の並列の意味しかありません。 それでは 「スーパーでパンやら牛乳やら買った。 」 と 「スーパーでパンとか牛乳とか買った。 」 は完全に同じ意味でしょうか?... A ベストアンサー こんにちは。 日本語教師です。 昔書いたものから。 [V-にくい] 「V-やすい」の反対の意味を表します。 [1]人の意志的な動作で ある物・人が「~するのは難しい、大変だ」という性質を持っているという意味です。 他動詞の「Nを」が「Nが」となる例が多くあります。 その他に、道具の「Nで」、 場所の「Nに」なども、「Nが」になります。 「その人にとっては」という場合、「(人)に」で表します。 否定的評価で、「そういう性質を持っていることは良くない」という話し手の評価 があります。 この本は小学生には読みにくい。 別れの言葉は書きにくかった。 あの先生の説明はわかりにくい。 この靴はどうも歩きにくいです。 (その靴デ歩く) 右利き用のはさみは、左利きの人には切りにくい。 (はさみデ切る) 東京はすっかり住みにくくなってしまった。 (東京ニ住む) その温泉はずいぶん行きにくい所にあった。 (所ニ行く) この問題はあの人には相談しにくい。 あの先生はどうも相談に行きにくい。 なんだかやりにくいなあ。 [2]非意志的な動詞で 「かんたんにはそうならない、そうなることがあまりない、という性質を持って いることを表します。 それが良いことか困ったことかは、文脈によります。 体が丈夫で、病気になりにくい。 この絵の具は変色しにくい。 私は、風邪を引きにくい体質です。 この服は汚れが落ちにくいね。 地震の後は電話がつながりにくくなります。 この辞書は厚すぎて、カバンに入りにくい。 燃えにくい物を入れないでください。 消防士は燃えにくい服を着る。 倒れにくい建物 腐りにくい食べ物 割れにくいガラス とれにくい汚れ 混ざりにくい絵の具 流れにくいトイレ 折れにくい枝(木に登るのにはいい/たきぎにするには不適当) [V-がたい] 「かたい」は「-やすい」の「易」の反対の「難い」です。 音変化を 起こして「-がたい」となっています。 そうすることが困難であり、ほとんど できないことを表します。 精神的なことに関する動詞が多いです。 硬い文体で 使われます。 台風の進路予想は、何とも言いがたい。 現状のままでは、この地域は発展しがたい。 天才の頭脳の働きは、凡人には想像しがたい。 彼の行為は許し難かった。 この他に次のような動詞とよく使われます。 名詞修飾の形で例を出します。 忘れがたい 思い出 信じがたい 話 得がたい 人物 近寄りがたい 人 動かしがたい 証拠 耐えがたい 苦しみ saburoo こんにちは。 日本語教師です。 昔書いたものから。 [V-にくい] 「V-やすい」の反対の意味を表します。 [1]人の意志的な動作で ある物・人が「~するのは難しい、大変だ」という性質を持っているという意味です。 他動詞の「Nを」が「Nが」となる例が多くあります。 その他に、道具の「Nで」、 場所の「Nに」なども、「Nが」になります。 「その人にとっては」という場合、「(人)に」で表します。 否定的評価で、「そういう性質を持っていることは良くない」という話し手の評価 があります... A ベストアンサー 「れる」「られる」には、受け身、可能、尊敬以外に、もう一つ大変重要な用法として、自発というのがあります。 質問者さんの例は、まさに自発の「思われる」です。 その意味は、自分で意識してそう考えようとしているわけではないのに、自然にそうなってしまう、と言う意味です。 この自発の用法は、日本独特のものだそうで、少なくとも西洋の言葉には存在しない用法なのだと聞いたことがあります。 西洋人には無い用法があるとは、何を意味するのでしょうか。 それは、日本人には、西洋人と同じ様に、受け身、可能、尊敬という物の見方があるのですが、それに加えて、もう一つ別の物の見方、あるい世界観を持っていると言うことです。 物理学や数学の世界で、1次元、2次元、3次元などという言葉を聞いたことがあるでしょう。 数学の世界では次元が1次元増すと、その次元の分だけ自由度が増え、それより低次元の世界では不可能なことや、見えないものが見えてきます。 「れる」「られる」に関して、西洋人はいわば3次元の世界に住んでいるのですが、日本人は4次元の世界に住んでいるのです。 したがって、日本人は、この独特な自発の「れる」「られる」を持っているお陰で、西洋人達には見えないものがみえ、感じることができると言う自由度を持っているのです。 ところが、残念なことに、近年になって、何でも西洋のことが優れていると思うような人が増えてきて、「れる」「られる」の用法の中から、自発の用法が消えかかって来ているとのことです。 自分たちの折角持っている、この世界の見方の独特な自由度を減らしてしまうのは、もったいないと思います。 質問者さんは、是非この日本人の優れた用法を意識して、世界に誇るべき日本人の財産をなくさないようにしてほしいです。 「れる」「られる」には、受け身、可能、尊敬以外に、もう一つ大変重要な用法として、自発というのがあります。 質問者さんの例は、まさに自発の「思われる」です。 その意味は、自分で意識してそう考えようとしているわけではないのに、自然にそうなってしまう、と言う意味です。 この自発の用法は、日本独特のものだそうで、少なくとも西洋の言葉には存在しない用法なのだと聞いたことがあります。 西洋人には無い用法があるとは、何を意味するのでしょうか。 それは、日本人には、西洋人と同じ様に、受け身、可... A ベストアンサー こんにちは。 私の所有する国語辞典に使い分けに関する詳しい解説を見つけたので、ご参考までに紹介します。 文語的な表現。 その判断は論理的、客観的要素が強く、文語的な改まった感じになる。 …することがむずかしい。 (2)「できない」「むずかしい」という気持ちをやわらかにいう。 ------------------ ご質問の「捨て( )」に関してはちょうど例文にもあり「どれも使える」となっています。 「にくい」の場合は、捨てるときの状況を考えて、捨てるのは難しいという感じ。 「づらい」の場合は、気持ちの上で捨てるのは困難な感じ。 「がたい」の場合は、捨てるのは不可能に近い。 このようなニュアンスになるようです。 もちろん、「かねる」についても問題なく当てはまると思います。 物理的に困難な場合や、心理的に困難な場合などがある。 「分かりにくい」などの例を除いては、「歩く」「話す」など意志的な行為を表す動詞に用いる。 この他にも別の解釈は当然あることと思います。 参考意見としてお読みください。 そして、あえてもう一つ挙げるとすれば「にくい」といったところでしょうか^^ 今回の投稿が、質問者様の今後の用法選択の一助となれれば幸いです^^ こんにちは。 私の所有する国語辞典に使い分けに関する詳しい解説を見つけたので、ご参考までに紹介します。 文語的な表現。 ------------------ -------小学館 日本語新辞典 使...

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「~すら」と「~さえ」の使い方の違いがいまいちわかりません。...

すらるど

意味や使い方についてはほとんど同じです。 「も」とよく比較される取りたて助詞の一つですが、意外性を表す点では、「も」よりも強いと言えるでしょう。 どちらも、社会的な通念、話者の予想、または常識を超える意外なことに対して使えます。 「~どころか」「~ばかりか~」を伴うこともよくあります。 質問者さんのあげていらっしゃる「添加」のさえはこのことではないかと想像いたしますが・・・。 例)住む家どころか、食べ物 すら/さえ ない。 (ニュアンスとしては、住む家がないのはまだ予想の範疇。 しかし、食べ物がないのは予想の範疇を超えている!!!!) 両者の決定的な違いの一つは、文型の接続について「すら」のほうが「さえ」よりも制限されることではないかと思います。 働きさえしないで、遊んでばかりいる。 例)宿題さえやれば、あとは自由だ。 教えたらしいですというのも、過去の教案ノートを見て回答しております。 つまりは即答できないヘボ教師ということですね(汗)。 さて、我ながらずいぶんあやしい説明をしていたものだと赤面しつつ、検索してみましたら、 基本説明はこんなところでしょうか。 子供ですらわかる。 /子供でさえわかる。 という文に果たしてどの程度の違いがあるかと言われると私には判断不可能です。 すらのみで使われていたものが、現代ではさえでも代用されるようになったのでしょうか? 2 の場合は「すら」のほうが自然だと思います。 この3つの用法のうち、現代国語例解辞典では、すらの用法は 1 のみです。 入れてみて、自然か自然でないか判断すればいいのではないでしょうか? A ベストアンサー 「~さえ」は、 最低限想定されるもの(こと)に言及しようとする意図があります。 「~まで」は、逆に、 より重要な要素を持つもの(こと)に言及しようとする表現。 「漂流中は水さえ飲めなかった」は、 最低限必要とされる水を飲めなかった、というニュアンス。 「漂流中は水まで飲めなかった」は、 食糧が無かったり、日をさえぎるものが無かったり、鮫が寄ってきたりと散々な目に遭ったが、そういったことよりもさらに重要なこととして、水が飲めないということがあった。 というニュアンス。 というニュアンス。 というニュアンス。 または、 ・海が汚れ、瓦礫が多数流れていたり、水が濁ったりしている。 しかし、そういったことよりもさらに海にとって重大な要素であるはずの魚までもがいなかった。 というニュアンス。 「~さえ」は、 最低限想定されるもの(こと)に言及しようとする意図があります。 「~まで」は、逆に、 より重要な要素を持つもの(こと)に言及しようとする表現。 「漂流中は水さえ飲めなかった」は、 最低限必要とされる水を飲めなかった、というニュアンス。 「漂流中は水まで飲めなかった」は、 食糧が無かったり、日をさえぎるものが無かったり、鮫が寄ってきたりと散々な目に遭ったが、そういったことよりもさらに重要なこととして、水が飲めないということがあった。 というニュアンス。 「海には魚さ... A ベストアンサー 「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。 「~やら~やら」には意味が二つあります。 1 名詞の並列 例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。 2 どちらか決めがたいことをあらわす。 例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。 それに対して「~とか~とか」には、 1の名詞の並列の意味しかありません。 それでは 「スーパーでパンやら牛乳やら買った。 」 と 「スーパーでパンとか牛乳とか買った。 」 は完全に同じ意味でしょうか? ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、 私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。 「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。 これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。 1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。 」 2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。 」 1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。 2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。 1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。 」 2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。 」 これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。 2は素直な人が話しているなら単なる並列。 ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。 とまあ、こんなところです。 前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。 色々な回答がつくといいですね。 「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。 「~やら~やら」には意味が二つあります。 1 名詞の並列 例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。 2 どちらか決めがたいことをあらわす。 例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。 それに対して「~とか~とか」には、 1の名詞の並列の意味しかありません。 それでは 「スーパーでパンやら牛乳やら買った。 」 と 「スーパーでパンとか牛乳とか買った。 」 は完全に同じ意味でしょうか?... A ベストアンサー こんにちは。 日本語教師です。 昔書いたものから。 [V-にくい] 「V-やすい」の反対の意味を表します。 [1]人の意志的な動作で ある物・人が「~するのは難しい、大変だ」という性質を持っているという意味です。 他動詞の「Nを」が「Nが」となる例が多くあります。 その他に、道具の「Nで」、 場所の「Nに」なども、「Nが」になります。 「その人にとっては」という場合、「(人)に」で表します。 否定的評価で、「そういう性質を持っていることは良くない」という話し手の評価 があります。 この本は小学生には読みにくい。 別れの言葉は書きにくかった。 あの先生の説明はわかりにくい。 この靴はどうも歩きにくいです。 (その靴デ歩く) 右利き用のはさみは、左利きの人には切りにくい。 (はさみデ切る) 東京はすっかり住みにくくなってしまった。 (東京ニ住む) その温泉はずいぶん行きにくい所にあった。 (所ニ行く) この問題はあの人には相談しにくい。 あの先生はどうも相談に行きにくい。 なんだかやりにくいなあ。 [2]非意志的な動詞で 「かんたんにはそうならない、そうなることがあまりない、という性質を持って いることを表します。 それが良いことか困ったことかは、文脈によります。 体が丈夫で、病気になりにくい。 この絵の具は変色しにくい。 私は、風邪を引きにくい体質です。 この服は汚れが落ちにくいね。 地震の後は電話がつながりにくくなります。 この辞書は厚すぎて、カバンに入りにくい。 燃えにくい物を入れないでください。 消防士は燃えにくい服を着る。 倒れにくい建物 腐りにくい食べ物 割れにくいガラス とれにくい汚れ 混ざりにくい絵の具 流れにくいトイレ 折れにくい枝(木に登るのにはいい/たきぎにするには不適当) [V-がたい] 「かたい」は「-やすい」の「易」の反対の「難い」です。 音変化を 起こして「-がたい」となっています。 そうすることが困難であり、ほとんど できないことを表します。 精神的なことに関する動詞が多いです。 硬い文体で 使われます。 台風の進路予想は、何とも言いがたい。 現状のままでは、この地域は発展しがたい。 天才の頭脳の働きは、凡人には想像しがたい。 彼の行為は許し難かった。 この他に次のような動詞とよく使われます。 名詞修飾の形で例を出します。 忘れがたい 思い出 信じがたい 話 得がたい 人物 近寄りがたい 人 動かしがたい 証拠 耐えがたい 苦しみ saburoo こんにちは。 日本語教師です。 昔書いたものから。 [V-にくい] 「V-やすい」の反対の意味を表します。 [1]人の意志的な動作で ある物・人が「~するのは難しい、大変だ」という性質を持っているという意味です。 他動詞の「Nを」が「Nが」となる例が多くあります。 その他に、道具の「Nで」、 場所の「Nに」なども、「Nが」になります。 「その人にとっては」という場合、「(人)に」で表します。 否定的評価で、「そういう性質を持っていることは良くない」という話し手の評価 があります... A ベストアンサー 「れる」「られる」には、受け身、可能、尊敬以外に、もう一つ大変重要な用法として、自発というのがあります。 質問者さんの例は、まさに自発の「思われる」です。 その意味は、自分で意識してそう考えようとしているわけではないのに、自然にそうなってしまう、と言う意味です。 この自発の用法は、日本独特のものだそうで、少なくとも西洋の言葉には存在しない用法なのだと聞いたことがあります。 西洋人には無い用法があるとは、何を意味するのでしょうか。 それは、日本人には、西洋人と同じ様に、受け身、可能、尊敬という物の見方があるのですが、それに加えて、もう一つ別の物の見方、あるい世界観を持っていると言うことです。 物理学や数学の世界で、1次元、2次元、3次元などという言葉を聞いたことがあるでしょう。 数学の世界では次元が1次元増すと、その次元の分だけ自由度が増え、それより低次元の世界では不可能なことや、見えないものが見えてきます。 「れる」「られる」に関して、西洋人はいわば3次元の世界に住んでいるのですが、日本人は4次元の世界に住んでいるのです。 したがって、日本人は、この独特な自発の「れる」「られる」を持っているお陰で、西洋人達には見えないものがみえ、感じることができると言う自由度を持っているのです。 ところが、残念なことに、近年になって、何でも西洋のことが優れていると思うような人が増えてきて、「れる」「られる」の用法の中から、自発の用法が消えかかって来ているとのことです。 自分たちの折角持っている、この世界の見方の独特な自由度を減らしてしまうのは、もったいないと思います。 質問者さんは、是非この日本人の優れた用法を意識して、世界に誇るべき日本人の財産をなくさないようにしてほしいです。 「れる」「られる」には、受け身、可能、尊敬以外に、もう一つ大変重要な用法として、自発というのがあります。 質問者さんの例は、まさに自発の「思われる」です。 その意味は、自分で意識してそう考えようとしているわけではないのに、自然にそうなってしまう、と言う意味です。 この自発の用法は、日本独特のものだそうで、少なくとも西洋の言葉には存在しない用法なのだと聞いたことがあります。 西洋人には無い用法があるとは、何を意味するのでしょうか。 それは、日本人には、西洋人と同じ様に、受け身、可... A ベストアンサー こんにちは。 私の所有する国語辞典に使い分けに関する詳しい解説を見つけたので、ご参考までに紹介します。 文語的な表現。 その判断は論理的、客観的要素が強く、文語的な改まった感じになる。 …することがむずかしい。 (2)「できない」「むずかしい」という気持ちをやわらかにいう。 ------------------ ご質問の「捨て( )」に関してはちょうど例文にもあり「どれも使える」となっています。 「にくい」の場合は、捨てるときの状況を考えて、捨てるのは難しいという感じ。 「づらい」の場合は、気持ちの上で捨てるのは困難な感じ。 「がたい」の場合は、捨てるのは不可能に近い。 このようなニュアンスになるようです。 もちろん、「かねる」についても問題なく当てはまると思います。 物理的に困難な場合や、心理的に困難な場合などがある。 「分かりにくい」などの例を除いては、「歩く」「話す」など意志的な行為を表す動詞に用いる。 この他にも別の解釈は当然あることと思います。 参考意見としてお読みください。 そして、あえてもう一つ挙げるとすれば「にくい」といったところでしょうか^^ 今回の投稿が、質問者様の今後の用法選択の一助となれれば幸いです^^ こんにちは。 私の所有する国語辞典に使い分けに関する詳しい解説を見つけたので、ご参考までに紹介します。 文語的な表現。 ------------------ -------小学館 日本語新辞典 使...

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