ハクバノ 王子 サマ ネタバレ。 【ハクバノ王子サマのネタバレ】とあらすじ!感想や無料試し読みあり!

【ハクバノ王子サマのネタバレ】とあらすじ!感想や無料試し読みあり!

ハクバノ 王子 サマ ネタバレ

162人の方が「参考になった」と投票しています。 ネタバレありのレビューです。 婚約者のカオリちゃん、留学を途中で辞めて帰ってくるなんて、その程度の志望?しかも彼が浮気してるかもと気付いたら即帰ってくるなんて。 今村君が言ってるように、自分は好きなこと 留学 するけど、浮気せずに待っておいて、なんて小津先生の気持ちを鎖に繋いだつもりだったでしょうけど、人の心なんて変わりますよ。 まして彼女がそういう程度の女性なら。 私にはまだ少女の様な恋愛してるカオリちゃんより、自立した女性としての魅力があった 陰がある 原先生に小津先生は心惹かれてしまったんだなと思いました。 確かに小津先生がハッキリしないせいでカオリちゃんとその家族や周りの人達を傷付けた事になってしまったが、それだけまだ小津先生は若いんでしょう。。 小津先生も原先生との桜が吹雪く廊下でのシーンで、もう無意識にもカオリちゃんから心離れてたんでしょうね。 それが象徴的なシーンではないかな?と思う 無料分を読んでみて、一気に完結まで読んでしまいました。 高校生から不倫する既婚者、独身者や20代30代の全ての登場人物の年齢の幅もあり性別において心の描写がされていてなかなか良い漫画だと思いました。 82人の方が「参考になった」と投票しています。 広告に誘われ思うツボ読み ネタバレありのレビューです。 無料分から読み始め、続きが気になってドキドキしてニヤニヤしてもどかしくてイライラしてキュンキュンしてハァハァして…一気に課金して全部読んでしまった…完全に経営側の思うツボです。 とにかく原先生がイイ!で、カオリは幼いわ。 あれだけ結婚結婚言われたら男は引くよ。 一年待てと言われても、そりゃ25歳の男が女子校に行くだけで浮気されても仕方ないと思わなきゃ。 そのうえ同僚に原先生みたいなエロかっこいい大人の女がいたら、そりゃ気持ちがそっちいっちゃうよね。 カオリに関しては今村くんの言う通りだと思う。 昔から遠くの親類より近くの他人ていうくらいで、大事な人と物理的に離れたら、次第に心も離れてしまっても仕方がない。 ただ、ほんとコータロー最低。 これも今村くんの言う通り。 浮気とか不倫てこうやって始まるんだと知った次第です。 男はズルいな、やっぱ。 とにかく心理的な描写がリアルですごい。 登場人物それぞれの深い気持ちが伝わってくる良い漫画だった。 72人の方が「参考になった」と投票しています。 乗り換える男の子の気持ちが良く分かる ネタバレありのレビューです。 同年の留学中の婚約者がいる脱サラして女子高の先生になった主人公が、職場の七つ上の独身の女教師が段々気になって、、、 アラサー女教師の独り身の寂しさや恋心、家族や婚約者が居ても、気になる女性が他の男に捕られそうになると、沸き上がる独占欲。 一線を越えるの?堪えるの?の心理的描写が凄くリアルだった。 なんだか、彼女居ても乗り換える男って居るじゃないですか、そういう男の人の気持ちってこうなんだろうなー😥と手に取るように分かりました。 逆手にとれば、略奪の指南になり得るかも? 絵柄がモサモサしているせいも手伝って、湿っぽいジメっとした感じが良く伝わってきた。 56人の方が「参考になった」と投票しています。 ネタバレありのレビューです。 主要登場人物ほぼ全員が、揃いも揃って、「職業人としては素晴らしいし、友人に対しても誠実だけれど、恋愛に関しては不誠実で嘘つきなロクデナシ」。 でもある意味、世間体や人情でがんじからめになった結果の不誠実さでもある。 それを打ち破って、自分の正直な気持ちと本当に好きな人を最優先するためには、周囲の人を傷つけてしまう。 そういう、人間の心の幼さや残酷さ、幼さも含めて、「恋をしている人はいじらしい」と思わせてくれる作品。 恋愛のむずかしさ、残酷さ、社会人や家庭人として立派に生きている人の内面にも密かにある拙さ、そういうネガティブな要素がていねいに描かれていて、よかった。 唯一、最初から最後まで誠実なキャラクターの江川さん。 彼はこの作品中「正直者が馬鹿を見る」「主人公にはなれない」の具象みたいな存在だけれど、現実世界でもそういうことはままある。 現実世界の、彼のような人が幸せになるといいなと思う。

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ハクバノ王子サマ(漫画)最終回・結末のネタバレと無料試し読み紹介

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漫画版のハクバノ王子サマ最終巻を読んだので結末までのネタバレあらすじを紹介したいと思います。 この漫画は誰でも無料で読むことが出来るので、漫画版が良い人はこの方法を試してみて下さい。 10巻結末までのネタバレ 結局、原先生に思いを伝えられずじまいの小津は結婚式の事など全く手に付きません。 そんな彼が家に帰ると、婚約者のカオリが帰ってきていました。 サプライズでの帰国に本来なら喜ぶところですが只々驚く小津。 今のうちに母に料理を習って新婚生活の準備を進めると言う彼女。 式の下見にドレス選び、やっと晃太朗との未来を想像して幸せそうなカオリ。 あいにく今は夏休みで学校に来ている先生たちもまばらです。 今津も休みでしたが原先生に会うために学校へやってきました。 自分の気持ちを言いに来たと宣言したことで、原先生にはそれ以上言わないように止められますがお構いなしで告白します。 「俺は原先生が好きです。 」 嘘の方がずっとマシでなぜ今更?と言う彼女。 でも今津も今動かなければ一生後悔する。 と引きません。 「カオリさんを大事にして下さい」 そう言って去っていく原先生。 でも今津は止まりません。 午前10時に羽田で待ち合わせ。 来なければ諦める。 ただずっと待っていると・・・ しかしこの日、今津はカオリと一緒に式場や指輪を買う約束をしています。 当日は忙しいから絶対に遅刻しないで、と楽しそうに話すカオリに 「無理になった」と言い出すことが出来ません。 結局、そのまま何も告げず、当日は空港に向かうのでした。 約束の10時前から広場で待っている今津。 ですが10:30になっても原先生は来てくれません。 いよいよ搭乗の最終受付の放送が流れます。 ギリギリまで待って、もう飛行機には間に合いそうになく、買えるためエスカレーターを下ります。 すると、対面に原先生の姿が!? 「きちゃいました・・・」 2人はそのまま宮崎に飛びます。 カオリは全く連絡が付かない晃太朗を心配して彼に実家に連絡を取りますが全く所在がつかめません。 今津は呑気に原先生と観光中。 旅行中の3日間、音信不通で貫くつもりのようです。 夕方には宿に行き、食事をして温泉に入ります。 旅行に来た時点ですでに覚悟を決めていた原先生も拒否することなく今津を受け入れます。 求めあう二人、2泊3日の旅行を目一杯楽しみます。 原先生も何だか吹っ切れたようで、旅行に来てよかったと言ってくれます。 「順番が逆になってしまいましたが帰ったら全部ちゃんとします。 」 2人はその夜も求めあいました。 帰ってすぐに二人はそれぞれの恋人に会いに行きました。 原先生はそれほど深い関係になっていなかったのであっさりと別れることが出来ました。 ですがカオリは結婚、という未来から一気にどん底に突き落とされたのでそのショックは計り知れません。 「留学辞めて、友達にも言って、おばあちゃんだって楽しみにしてるのに・・・」 彼女は最後まで晃太朗の事を信じていました。 その後、母親にも事情を説明し妹と一緒に呆れられ、相手方の親には殴られ、お祖母ちゃんを泣かせて。 一応は自分なりにけじめをつけた今津は原先生に改めて告白します。 「俺はダメな男ですけど、あなたの隣にいてもいいですか?」 「私も小津先生がいいです。 」 こうして結ばれた二人は程なくして結婚します。 2人が同じ学校に勤めている訳には行かず、原先生は共学高校に転勤になりました。 仕事終わりは待ち合わせしてビールを飲みに行くのが定番です。 色々あった二人ですが、その顔はとても幸せそうなのでした・・・ 感想 晃太朗の最低過ぎる行動にめっちゃ腹が経ちましたね!! こいつだけはハッピーエンドで終わって欲しく無かった!!という個人的な感想はありますが、漫画としては面白かったです。 特に原先生の学校とプライベートのギャップは頑張れ!と応援したくなりましたね。

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ハクバノ王子サマ(漫画)最終回・結末のネタバレと無料試し読み紹介

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奴隷のように働かされるサラリーマンをやめて、私立の女子高校の教師として再就職した25歳の小津晃太朗が主人公。 小津には、高校に勤めたのにあわせて外国に1年間行ってしまったカオリという、美人(らしい)婚約者がいる。 前作『つゆダク』で女性タレントの「セックス係」の話を描いた朔ユキ蔵なら、当然女子高生とヤりまくる話かと思いきや、冒頭、入学式の舞台で小津は「私は元来年下の女性に全く興味がないのです。 ご心配には及びません」と全生徒・教師・父兄の前で宣言をするのだ。 話の焦点は、小津の指導教官である、クラス担任の原多香子との関係にうつる。 原は、「今年32歳 独身のフリーで 七つ年上」である。 上原多香子に心持ち似せた美人で、職場でのクールさや品格から、生徒に「タカコサマ」などと呼ばれている。 しかし、その職場での顔と別に、独りになったときや同僚同世代の女性教師たちといっしょになったときは、自分が「独り身」であることへの激しい焦燥感をあらわにする。 ちなみに小津は明らかに映画監督の小津安二郎の名をもじっているが、まったく似ていない。 あえていえば坂口憲二をベースに、そこから骨張った感じを抜いて筒井道隆を少量加えたような印象だ(つまりけっこうハンサムである)。 小津は年下には興味がないが、同世代や年上には関心がある。 2巻までの段階で、原のほうは表面には出さないが関心のある視線を小津に送り、小津は美人にたいする「生理的反応」としての気にかかり方をしている、という程度なのだが、まさにジワジワと両者は距離をつめつつある。 しかも、1グラムたりとも甘いものを交わさず、不倫だの婚約者からの監視だのといった小汚い現実にまみれながら。 うん、そうなのだ。 この話のディティールは、リアリズムに満ちている。 男性漫画の妄想は欲望に奉仕するためにできているから、欲望の対象たる女性キャラクターをわざわざリアルに描く必要はどこにもないといえる。 それなのに、本作では、独り身に焦燥を感じる「三十女」の原の焦燥を、 これでもかというほど立ち入って描くのだ。 退勤の電車に乗っていてカップルが眼に入る。 いやカップルどころか若夫婦や老夫婦まで原の眼に入ってくる。 原にはそれが「誰かに選ばれた結果」として映る。 原の独白。 「私は……」。 そして大ゴマ。 「誰にも選ばれなかったからひとりなんだ」 あるいは、夜中にベッドで独り、原先生には婚約者がいる、と自分で口に出していってみてものすごいショックをうけ、そのついでに孤独に思うのだ。 焦燥感だけではない。 三十代の独身女性たちが集まる現場のリアルさ、独りビールと餃子に幸福を感じるリアルさなど、男性誌漫画でなぜこうした描写が必要なのかと思うほどに、朔はえんえんと三十女・原のリアリズムを貫徹する。 「」というサイトが、本作が描く「女性のリアル」についてなかなかを載せているので、紹介させてもらう。 一番「うわぁぁ」だったのは、タカコサマが同僚の女教師4人で仕事の後にカラオケに行く場面。 その時の情景はデジャヴかと思いました。 「男の勲章」を女の勲章に替え歌! 次々に頼まれるビールピッチャー! 「エンレンだったら取っちゃえばいいじゃん」「でもそういう女って大抵捨てられるんだけどねーキャハハ」という会話内容! なんかねえ、こんなカラオケよくやってる気がするんすよ。 カラオケじゃなくても飲み屋でこんな話ばかりしてるような気がするんすよ。 「女4人」で「ビール、ピッチャーで」ってのが諸悪の根源だよな。 私の場合はビールはあまり飲めなくなってしまったが、それでも別の酒バンバンだから。 周りはビール党ばかりだし。 女4人で大酒って「あけすけ」なんだよな、いろんな意味で。 「あけすけ」ってのはとても下劣なものだからなー。 ホンネとかあけすけとかおっぴろげの同義語は「下劣」。 「お」すらもつかないほどの。 なんつっても男性視線を気にするこころ皆無ですから。 前に女4人でカシスオレンジをぐるぐるかき混ぜながらキャピキャピ話しているグループを見たことがあるけれど、ああいうのはいつ何時でも男性からの視線を意識しているから違うのだろう。 そんなのかけらもおもしろくないんだが。 つれあいも「スピリッツ」を読んでいるので本作を知っているのだが、やはりそれなりにリアルに感じるという。 ただ年上の女性教師との接近を描いて男性読者の妄想に奉仕したいだけなら、女性の側のこのようなあけすけな描写はまったく不要な気がしてくる。 たとえば星里もちるの漫画をみてみるがいい。 星里の近作『怪獣の家』でも、描かれる女性像のご都合主義と、 かけらも感じられないリアルさはどうだ(悪いという意味ではない)。 女性はいつも男性を都合良く慮り、彼女たちの苛立ちさえも、男性がその寂しさを受け止められるように小ぎれいにパッケージされている。 いや、『ハクバノ王子サマ』のリアリズムは女性側だけではない。 たとえば、原と過去に不倫をした、年上の男性教師・黒沢のソツのなさ、そのうらはらの「ダークサイド」ぶりのリアルさもまた染みる。 黒沢は、一見マジメそうな、しかし人当たりがよくて教師仲間からも生徒からも人気がある(この人気のありようが、いかにも裏でなんかやってそうな表面的人気とりじゃなくて、たぶんリアルに横にいたら本当にソツがない、適度な距離感をもった人間だと思わせるところがまたすごい)。 同時にいまの学校の生徒と結婚してしまう「意外に情熱的」な人で、机の上にはいつも更新されていく妻子の写真が飾られている。 そしてこういうやつが浮気(不倫・姦通)をしているという、胸くそが悪くなるようなリアル。 正直な話、「遠距離」「三十女」つう、ぼく自身の境遇にあまりに近いこの話を、食い入るように読んでいる。 いや別に浮気するとかそういうんじゃなくて、あの。 朔の前作『つゆダク』は完全な妄想漫画だった。 テレビ局に就職した主人公。 「特別技術職」を拝命し、大っぴらにやれない女性タレントたちの性欲を処理する係という荒唐無稽な設定。 設定だけでなく、描かれているエピソードも、徹底して荒唐無稽で、何一つとしてリアルさがなかった。 あまりのかわいさ、美しさに、これまでの男どもは、藤沢が服を一枚脱いだだけで射精して果ててしまう。 主人公は全裸になるまでもちこたえるが、指一本ふれられただけでついにイッてしまう。 筒井康隆の「インタヴューイ」という短編を思い出す(『エロチック街道』所収)。 「初夜の晩、新郎は彼女の裸体を見ただけで連続十八回半射精をして死んでしまった。 したがって山田照子はいまだに独身でしかも処女だ。 むろんのこと死刑になる気で彼女を強姦しようと挑みかかった男は数知れず。 しかしたいてい未遂に終わった。 彼女のスカートをまくりあげた時はすでに腎虚になっているからだ」 このくだりがあまりに抱腹絶倒だったので、中学時代、しばらくのあいだ、「山田照子」と「 腎虚」がぼくら筒井ファンの間で大流行した。 朔の藤沢涼子エピソードはこの「山田照子」にそっくりだが、小説ではイメージがないぶんだけホラ話として完成度が高い。 朔のほうは、たしかに藤沢はかなりかわいく造形されているのだが、「山田照子」の自由さには適わない。 そんなふうに、荒唐無稽さが徹底されているようで実は中途半端で、妄想を駆使して欲望に奉仕するという手法は、やや不完全燃焼という印象をうけた。 もちろん、『つゆダク』で朔の名は知られるようになったわけだから、商業的には大きな成功だったのだろうが。 つまり、「妄想」によって欲望にアプローチしたのが『つゆダク』であった。 『つゆダク』にとって、重要な設定は 「寸止め」だった。 射精してはいけない、射精したらパイプカット、というルールを設けていたのである。 本作『ハクバノ王子サマ』でも、 実はこの設定が生きている。 年上の女性との関係を描くだけなら、別に舞台は学校、とくに女子高である必然性はない。 どっかの民間の職場でもいいはずだ。 しかし、小津のまわりの男友だちが、必ず「もう女子高生とヤッたのか」と聞くように、それは男性読者の妄想にまず奉仕する設定であることに気づく。 地獄のようなサービス残業の職場を脱出して、女子高生に囲まれる園に……もうそれだけで男性読者の欲望は異様に昂らされる。 しかし、小津は「年下には興味なし」。 これが実に巧妙な「寸止め」だといえる。 1巻第一話に出てくる小津の同級生が「もったいね〜〜〜」と叫ぶのは、男性読者の 心の叫びか。 そして朔は、小津が「浮気」をできぬように、強力な監視役を配置する。 実は小津の妹が小津のクラスにいるのである。 父母が離婚したため苗字も別で、学校側もそれを知らない、という設定だ。 カオリと小津の婚約に好感をもっている妹のことみは、小津がタカコサマに接近することを警戒している。 このことみもまたかわいいのだが、そのことコミで、「寸止め」なわけである。 ここに、先ほどの「三十女のリアル描写」が効いてくる。 いや、三十代の女性がみんなこういう焦燥やあけすけさを抱えているというわけではなく、ある種の三十代女性は間違いなくそのようである、という意味なのだが。 つまり、現実の多様で豊富なリアルさのなかから、「都合の良い」リアルさをセレクトする。 もちろんそれは男性の欲望に「都合の良い」リアルさである。 2巻の終わりで小津の同級生が、ミもフタもなく(名古屋弁で)言ったことがそのセレクトされた都合のよいリアルさを端的に表現している。 「ええか!? お前っつー 溜まりまくって発射したい男がおってだ… ほいで、その三十路先生という渇いた女が目の前におる。 そらもう大雨降らすしかにゃーわ!! 渇いとるから よーけ吸い込むぞ… スコールみてゃーな激しいのを一発楽しめば、お互い幸せだがね…」 あら不思議。 リアルさが、欲望と妄想に奉仕するものに早変わりだ。 『つゆダク』で充分に果たせなかった「寸止め」の快楽は、このリアリズムを得て、全面的に開花したといっていいだろう。 ちなみに、『つゆダク』のころの画風のほうが、人物の動かし方に柔軟性があってこなれている印象をうける。 対して『ハクバノ王子サマ』のころになると、動きが不器用になっていて静止画のような印象が強くなる。 極端にいうと、さそうあきらみたいになっている。 しかしこれは単純に後退ではない。 意識的か無意識的かわからないが静止画のようなギクシャクした調子や、人物の顔をいつも「真正面」から描く手法が多用されていて、それが画面に独特の「きまじめさ」を生んでいる。 そしてその「きまじめ」な人々が喜劇を演じるというユーモラスさにつながっている。 タカコサマが小津に婚約者がいるとわかって、便所のなかで「あーあ あーあ あーあ あーあ あーあ」と独り泣いてスネる様とか、動転して小津に電話をしてしまって(即切り)「無し!! 今の無し! 無し無し!!」と独りで身悶えするシーンは、いずれもタカコサマが「きまじめ」な顔つきのままなされていて、そこはかとなく可笑しい。 「妄想」によって欲望にアプローチしたのが『つゆダク』であったとすれば、「リアル」によって欲望に奉仕する離れ業をやってのけたのが、『ハクバノ王子サマ』だ。 リアルで、欲望的で、しかも可笑しみがある。 非常にすぐれた漫画だ。

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