夢を見る島。 『ゼルダの伝説 夢を見る島 Switch版』をクリアした感想&評価【ネタバレなしレビュー】

夢をみる島 (ゆめをみるしま)とは【ピクシブ百科事典】

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Nintendo Switch用のアクションアドベンチャー「ゼルダの伝説 夢をみる島」が、9月20日に任天堂から発売される。 言わずと知れた「ゼルダの伝説」シリーズの最新作にして、1993年にゲームボーイで発売された同名作品のリメイクでもある本作は、オリジナル同様に2Dの見下ろし型マップを採用。 プレーヤーはシリーズお馴染みの主人公リンクを操作して、行く手を阻む魔物と戦いながら数々の謎を解き明かし、不思議な島からの脱出を目指す。 今回のレビューでは、ポップで温かみのあるグラフィックスや、戦闘と謎解きの絶妙なゲームデザイン、そして個性豊かなキャラクターなどを中心に、Nintendo Switchで生まれ変わった本作の魅力を紹介していきたい。 神を目覚めさせ、島から脱出せよ! 修行の旅からの帰途、突然の嵐に巻き込まれたリンクは、「かぜのさかな」と呼ばれる神が眠る「コホリント島」に流れ着く。 島から脱出するためには、魔物が巣食う8つのダンジョンに隠された「セイレーンの楽器」を集め、神を目覚めさせる必要があるという。 かくして、リンクの新たな冒険が始まった……。 近年は3人称視点の3Dアクションが主流となっていた「ゼルダ」シリーズだが、本作は見下ろし型のマップと2Dアクションのスタイルを採用した、いわゆるクラシックな「2Dゼルダ」である。 オリジナル版でドット絵だった画面は3Dグラフィックスに変わり、個性豊かなキャラクターや魔物、フィールドの造形に至るまで、どこか懐かしさを覚える温かみのあるデザインに仕上がっている。 実を言えば筆者は本作が人生でほぼ初の「ゼルダ」体験となったが、近年の路線とは異なるポップで可愛らしいビジュアルはゼルダ初心者でも手に取りやすく、一方でアクションや謎解きの完成度の高さは、ゲームをやり慣れた方をも唸らせる出来だと感じた。 Bボタンの長押しでお馴染みの回転切りが炸裂!本作では敵に囲まれる場面も多いので、有効活用しよう 島からの脱出に必要な楽器は8つのダンジョンに隠されているが、そのダンジョンに入るためには、それぞれ対応するカギを手に入れたり、入るために必要な条件をクリアしたりといったことが必要となる。 住民との交流を通じて情報を集め、新しいエリアを探索することでカギを入手し、ダンジョンを攻略していく。 これが本作の基本的な流れだ。 はじめは剣での攻撃や盾による防御くらいしかできないが、探索などで様々なアイテムを入手すると、ジャンプができるようになったり、重いものを持ち上げて投げつける、といったアクションも可能となる。 「できることが少しずつ増えていく」作りによって、プレーヤーは戦闘や謎解きに徐々に慣れていき、探索で世界が広がることと相まって、どんどん先へと進みたくなるのだ。 このゲームデザインが実に巧みであり、マップをはじめ要所で初心者に配慮した設計がなされていることも、息の長いシリーズならではの遊びやすさを実現している。 手強い魔物との戦闘や謎解きのバランスに唸る! 愛らしいビジュアルとは裏腹に、本作の魔物は一癖も二癖もあり、なかなかに厄介だ。 序盤こそ剣を振っていれば倒せる敵も多いが、探索が進むにつれ、こちらの攻撃を弾いたり、トリッキーな動きで翻弄してきたりと、バラエティ豊かな行動パターンを持った魔物が次から次へと現われる。 動く床など、フィールド自体に仕掛けが存在する場合もあるので、魔物の動きを含め、状況をしっかり観察することが大切だ。 また、ダンジョン内は部屋から部屋へと移動するクラシックな構造となっているが、敵を全滅させるだけで先に進める場合もあれば、部屋の中のオブジェクトをうまく動かしたり、敵も含めたギミックを解いたりと、頭のフル回転を求められる場合もある。 アクションアドベンチャーのジャンルは、ともすればアクションが難しすぎたり、逆に謎解きが難解だったりすると、楽しいと思える前に挫折してしまいがちだ。 しかし、本作に限って言えば、そのぎりぎりのバランスを見事に成立させており、難しいよりも楽しい! が大きく勝っていた。 アクションの腕も試されつつ、適切なアイテムを選択し、知恵を駆使して状況を打破する……そんなゼルダならではの戦闘と謎解きを融合した遊び方が、シリーズ初期の頃には完成されていたことに、驚きを禁じ得ない。 一定の間隔でトランプの柄が変化する魔物は、攻撃を加えると動きを止めるようだが…… アクションと謎解きの要素は、ボスとの戦闘でも顕著に表れている。 本作のボスは基本的に弱点を攻めないとダメージを与えられず、如何に攻撃をかいくぐって敵を観察し、弱点を見つけるかが勝敗を分ける。 と言うと何やら難しそうな印象を与えるかもしれないが、そこは親切設計のゼルダ。 ボスの弱点は画面をしっかり見ていればわかりやすいものが多く、戦闘前のセリフにヒントが隠されていることも。 その絶妙なバランスは、ボス戦で最大限に生かされているのだ。 また、本作の特徴として、ダンジョンの途中で横スクロールに切り替わる部屋もあり、それはボス戦も例外ではない。 見下ろし型の部屋とはまた違った面白さを味わえるので、任天堂の遊び心をぜひとも体感していただきたい。 任天堂タイトルのゲストキャラクターに悶絶! ゲームを盛り上げてくれるゲストキャラクターの存在も忘れてはならない。 オリジナル版では、任天堂の他作品のキャラクターが多数登場することも話題となっていたが、その仕様は本作でも健在だ! いや、むしろ技術の向上によって、本家以上に彼らの魅力が生き生きと伝わってくる。 釣りでは思わぬアイテムが手に入ることも? 魚とのガチンコ勝負を楽しもう また、リメイク版の新要素として、本作には「パネルダンジョン」が追加されている。 これは、クリアしたダンジョンの部屋(パネル)を組み合わせて新しいダンジョンへとアレンジするもので、お題に合わせて十人十色のダンジョンを作って遊ぶことができる。 自分だけのダンジョンを作れるとあって、筆者も時間を忘れて試行錯誤してしまい、その中毒性の恐ろしさを思い知った。 「マリオメーカー」シリーズで、アクションのコースを自由に作るという遊び方を提案した、任天堂ならではの発想と言えるだろう。 なお、公式サイトによれば、作ったダンジョンはゼルダの「amiibo」を経由して、他のプレーヤーに渡すことも可能とのこと。 ぜひ友達同士で、お互いに作ったダンジョンを遊んでみよう! シリーズ経験者も初心者も安心して遊べる一作! 本作はリメイク作品ではあるが、新要素の追加やグラフィックスの一新などにより、現代でも遊びやすい仕様に生まれ変わっている。 オリジナル版は26年以上も前に発売されていたことを考えると、過去にプレイしたことのある方でも新鮮な気持ちで遊べるのではないだろうか。 また、ゼルダ初心者にとっても、本作は戦闘と謎解きの融合を存分に楽しめる作りとなっており、マップやチュートリアルも充実していることから、手放しでお勧めできる一作だ。 探索によって世界が広がり、アイテムの入手によって、できることが少しずつ増える。 そんなゼルダの面白さを、ぜひとも本作で体験していただきたい。 シリーズ経験者にも、初心者にも楽しんでほしいという制作陣の思いが伝わる本作。 行く手を阻む謎を解き明かし、冒険の果てに待ち受ける島の真実を、その目で確かめよう。

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【ゼルダ夢をみる島リメイク】ヒミツの貝がらでもらえるアイテムと入手場所

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各作品思い出を語る第4回は1993年にで発売された「」 やはりこの作品を語るにあたってストーリーの核心に触れないわけにはいかないのでネタバレ注意です。 未プレイの方は閲覧しないことをお勧めします。 のちにカラー版も発売されますが今回はどちらかの作品に絞っての話ではありません。 実は濃密で広大 の作品といえどフィールドマップはかなり広い。 個人的にはこのマップのシステムがとても好きで、自分が行ったところのマップが埋まっていくのが楽しい。 未開の地を開拓し、所有していく感じが。 そしてこの広大なフィールドを使ったわらしべイベント。 本格的なわらしべイベントもここから。 8つのダンジョンはどれも曲者。 そして何よりストーリーの濃密さ。 …ここからネタバレに入っていきます。 エンディングへのストーリー 他のとは一風変わったストーリー。 世界を滅ぼす魔王を倒しに行くわけではない。 むしろ世界を滅ぼすのが主人公であるという設定。 それがまた切ない。 「」は「」の夢の世界。 主人公リンクが島を脱出することで「」は目覚め、「」は消滅する。 つまりリンクが物語を進めるにあたって舞台である「」の破滅が近づいていくという、リンクが悪なのか正義なのか分からないような状態。 この真実に気づけるのが物語の中盤。 そこからは自答しながら進めていく。 本当にクリアしていいのかと。 エンディングではリンクが島からの脱出に成功するものの、島の人たちも消えていく。 涙した人も多いと思う。 これを史上最高傑作に上げる人も多い。 思い出BEST3 第1位 ターム遺跡で真実に気づく 物語の中盤で、この「」のからくりに気づき、リンクが島を滅ぼすものだと明らかになる。 だから島を滅ぼさないように魔物がリンクを襲ってくる。 その真実が明らかになる、雰囲気のある場所とBGMが印象に残っています。 第2位 エンディング もちろんエンディングは外せない。 の正体が明らかになり、島が消えていく。 達成感と消失感を同時に味わうエンディング。 どうしても思い出に残ります。 第3位 どろぼー は小ネタやパロディが多いことでも有名。 のぬいぐるみやワンワンが出てきたり。 そしてこのどろぼーというのは、店で泥棒をはたらくことができるというもの。 そのこと自体よりも、泥棒をすることで店主に一撃でやられたり、ヒロインに一生「どろぼー」と呼ばれるという小ネタ。 lusaku-lzot5.

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夢をみる島 (ゆめをみるしま)とは【ピクシブ百科事典】

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理由はいくつか考えられる。 短めながらも綺麗にまとまった一作であること、カービィやクリボーすら出てくるという異質な世界観ながらも「ゼルダの伝説」らしさが詰まっているなど。 しかし重要なのは、メタフィクションものとしてよくできていることではないか。 私はニンテンドー3DSのバーチャルコンソールで原作(厳密にはGBC向けリメイク版『ゼルダの伝説 夢をみる島DX』)をはじめて遊んだのだが、そのときは本作の良さをうまく言語化できなかった。 しかしNintendo Switch向けリメイク版では、よりこのゲームの魅力がはっきりと感じられたのである。 では、その「夢をみる島」の魅力とはなんなのか? 実をいうと本作は、リンクを主役とした冒険譚というより、プレイヤーそのものについて語った「ゲーマーとゲームの物語」なのではないかと考えている。 だからこそ、多くの人にとって忘れられない一作になっているのではないだろうか。 しかし、この島は何かがおかしい。 違和感を覚えながら冒険を進めていくと、敵にこう言われるのだ。 「だがよ オメエも 消えるのさ。 かぜのさかなが 起きちまえばな」 そう、コホリント島はかぜのさかなが見ている夢に過ぎないのである。 この島から脱出するということは夢が覚め、すべてが消えるということ。 冒険を進めるたびに、プレイヤーはそのことを強く意識するようになる。 コホリント島のおかしな点はいくつもある。 まず、本作は名前入力から始まるのだ。 主人公にはリンクという名前があるわけで、わざわざ入力させなくたっておかしくない。 だが、いちいち名前を入れられるようになっているのだ。 そして、村の子供たちがメタ的なセリフを吐くところも気になる。 操作説明を教えるのはいいにしても、その後に「でも おいら こどもだから なんのことやら さっぱり わかんないや」とわざとらしい態度を取る。 元が古いゲームとはいえ、うまくやろうと思えばもっと自然に操作説明ができただろう。 村にいるキツネは「カキクケコーン」とふざけた鳴き声を聞かせてくれるし、ダンジョンにはクリボーやゲッソーに似た敵がいる。 しかし、非常に似てはいるがどこか違うデザインになっており、なんらかの意図が感じられるのだ。 このように違和感がとても多い「夢をみる島」だが、やはりこういった設計になっているのには理由があると思われる。 それを知るには、「かぜのさかなの歌」の歌詞を見るのがいいだろう。 「かぜのさかなの歌」の歌詞から読み取れる「夢をみる島」の意味 は原作にも存在した曲だが、歌詞がついたのはNintendo Switch版がはじめてとなる。 夢が覚めることを悲しく思う切ない曲なのだが、その中の一節で気になるのがここだ。 「夢よどうか覚めないで きみは願うけれど」 これはどこかおかしい。 リンクが目覚めることを目的として冒険していることは間違いないし、かぜのさかなもまた目覚めを求めてリンクを誘導する。 それはプレイヤーだ。 ゲーム(夢)は明らかにプレイヤーを楽しませるために存在しているわけで、それは喜ぶ人からすれば「夢よ どうか覚めないで」とすら思いたくもなるものだ。 しかし、どんなゲームにも終わりや飽きがあるわけで、それが「夢はいつか覚めるもの それが時のさだめ」という部分に該当する。 「かぜのさかなの歌」を聴けば聴くほど、「夢をみる島」がゲームとプレイヤーの関係性を現した一作であるように見えてくる。 そのうえ、前述の違和感を覚えさせる仕掛けにもいろいろと納得がいくのだ。 子供がメタ的なセリフを吐くのは「これはゲームだ」ということをプレイヤーに強く意識させるためである。 パチモノの敵キャラクターが出るのも同じことで、「なんだかニセモノっぽいな?」と思えるのはリンクではなくプレイヤーのほうだ。 ゲームを遊ぶ側の目線をリンクと同一化させるのではなく、あくまでプレイヤーという立ち位置に固定しようとしているわけだ。 そう、プレイヤーはリンクになりきるのではなく、あくまでプレイヤーのままでいていいのである。 だからこそゲームを開始して最初に名前を入力させる必要があるのだ。 そして、エンディングのリンクの表情にも納得がいく。 すべての夢が泡のように消え去ったというのに、彼は爽やかな表情でその様子を眺めているのだ。 プレイヤーはどこか切ない思いを抱くというのに、彼はなにかをやり遂げたというような顔。 その対比もまたリンクと自分の違いを明確にしている。 つまり、『ゼルダの伝説 夢をみる島』はリンクの冒険譚でもあるが、同時にプレイヤーがゲームに挑む姿も描いているのだ。 コホリント島は楽しい夢の世界。 プレイヤーは冒険を進めることでその夢のことを知り楽しみを得る。 しかしながら、その楽しい世界は泡のようにいずれ消え去ってしまう(ゲームは終わりを迎える)、という事実にも向き合わねばならない。 「夢をみる島」はただ楽しさを描くだけでなく、終えたあとの寂寥を感じさせる余韻まで用意しているわけだ。 ゲームの「楽しさ」、「寂しさ」という二面性を描いた意欲作 たまに「RPGを最後のほうまで進めたもののなぜかクリアしたくない」なんて話を聞くが、「夢をみる島」はまさにそんな夢の終わりの寂しさを表現した一作だろう。 あるいは、咲き誇る桜から花びらが散ることに似ているのかもしれない。 確かにゲームをプレイしてクリアするという行為は娯楽を消費しているだけに過ぎないが、プレイヤーにとってそれが重大な体験であればあるほど、終わり際には一抹の寂しさも残るのである。 「夢をみる島」の主人公がプレイヤーであるのならば、マリンはゲームの擬人化だろうか。 マリンと一緒に行動しているとき、彼女はプレイヤーの行動によってさまざまなリアクションを見せてくれる。 会話内容もイベントも豊富で、プレイヤーを楽しませようという気持ちが溢れているのだ。 しかしまた別のシーンでは、マリンは夢から覚めることをなんとなく知っていて、その寂しさをプレイヤーに伝えてくれる。 彼女がゲームそのものだとするのならば、夢が永遠に続かないことは嫌でもわかるのだろう。 電源を落とせば、そこにあったゲームという名の夢は泡のように消えてしまう。 けれども、そこで体験したことは「いつもきみの中に」残り続ける。 この構造そのものをゲームとして表現したのが「夢をみる島」なのだろう。 ただ楽しいゲームを提供するだけでなく、その終わりの余韻にフォーカスしたのが本作なのではないか。 こういった構造の作品を1993年に完成させていたことに、そしてリメイク版でぴったりな歌詞を追加したことに舌を巻く。 確かに「夢をみる島」は名作と呼ばれてもおかしくないだろう。 渡邉卓也()はフリーランスのゲームライター。 かつては「ゼルダの伝説」シリーズが苦手だったが、「ブレス オブ ザ ワイルド」でだいぶ楽しみ方がわかってきた。

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