砂の惑星 歌詞。 『砂の惑星』 歌詞の意味・解釈と考察

砂の惑星 ( + 初音ミク)の歌詞・楽曲情報

砂の惑星 歌詞

こんにちは、 ito. right です。 今更ですが、『砂の惑星 feat. 初音ミク』について書きます。 なぜなら衰退論や風刺だけでは納得いかないから。 『砂の惑星 feat. 初音ミク』とは ドーナツホール以来約3年9ヶ月ぶりとなるハチのVOCALOIDオリジナル曲。 また、ハチと南方研究所の映像作品としては『恋と病熱』以来5年3か月ぶりとなる。 初音ミク「マジカルミライ2017」テーマソング。 2017年7月27日22:19、VOCALOID伝説入りを達成。 「FREELY TOMORROW」を抜き、歴代最速での達成となった。 なぜ納得がいかないのか 当楽曲の解釈として主流なのは、ボカロ界隈衰退論などである。 そう読み取れなくもないし、米津玄師も意図して書いていると思われる。 しかしネガティブな意味ではない。 インタビューでは、かつての景色と異なるボカロ界隈の様相を「砂漠」と表現したら面白いのではないか、的なことを言っている。 こちらの最初に少しまとめられている。 : この楽曲は2つの側面を持っている。 『砂の惑星 feat. 初音ミク』と『砂の惑星(+初音ミク)』だ。 前者は 初音ミク歌唱、後者が 米津玄師歌唱である。 後者、米津玄師の歌唱のみであれば前述した解釈でもさほど問題ないのかも知れない。 しかし、この歌はもともと初音ミクが歌う曲である。 曲の解釈は「初音ミク」と「米津玄師」の二側面あって然るべきだ。 それなのに、初音ミク視点の考察が見当たらない。 あったら教えてください、読みます この 「初音ミク視点の考察がない」ということは以降の考察と関連しており、 「砂漠」の体現でもあり、そして 悲しいことである。 ざっくりとした結論 この楽曲は、生命としての初音ミクの消失を歌ったものである。 加えて、生命としての初音ミクの復活を願う歌でもある。 かつてユーザーと初音ミクが共に曲を作りあった遊び場 "砂場" は "砂の惑星" に規模を大きくしたが、今ではそこに生命としての初音ミクはいない。 「メルト」で沢山の生命としての初音ミクが生まれたが、ユーザーが離れることでなくなってしまった。 今はツールとしての初音ミクばかりである。 今日は10周年の誕生祭である。 昔よりももう少し長く初音ミクと遊んで欲しい。 そんなことを歌っている。 以下、考察 初音ミク視点の考察にあたり、以下の要素が重要と考えられる。 登場人物 2. 砂場、砂漠 3. 創世記 考察 1 - 登場人物 『砂の惑星 feat. 初音ミク』には歌詞、MV共にいくつかの登場人物がある。 楽曲(歌詞)に登場する者 ・僕(僕ら) ・君 ・メルトショックにて生まれた生命 ・ボーイズ ・掠れた生命 ・誰か MVに登場する者 ・砂ミク ・メルトミク ・骨の人物 ・花の人物 考察 1. 1 - 初音ミク達 当楽曲、MVには大きく 3種類の初音ミクが登場する。 砂ミク(各々の思う初音ミク) 2. メルトミク 3. いなくなった初音ミクたち 何故複数いると断定するのか。 「そういや今日は僕らのハッピーバースディ」 「天空の城まで僕らを導いてくれ」 この "僕ら"は 初音ミクたちを指す。 この楽曲を歌うのは初音ミクだ。 一人称は全て初音ミクとして解釈すべきである。 "僕" は以降で説明する 砂ミク(各々の思う初音ミク)を指しており、 "僕ら" は 初音ミク全体を指している。 米津玄師っぽい初音ミク "砂ミク" MVに登場する通称 "砂ミク"。 デフォルトの初音ミクではなく、ハチによって生まれた楽曲オリジナルの初音ミクである。 歌詞では "僕" に対応する。 砂ミクはあくまでハチ 米津玄師 の初音ミクであり、 "僕" は" あなたの中の初音ミク"を象徴している。 楽曲内の "僕" は、あなたが思い浮かべる初音ミクと置き換えるとよい。 メルトミク 途中にかつての楽曲の歌詞の羅列がある。 過去の楽曲からの引用のため、歌詞そのものの意味は置いておくが、 このパート、MVではデフォルトっぽい初音ミクが誕生日ケーキの火を吹き消したり、リンゴの木の前で鍵盤を楽しそうに弾いている。 鍵盤を弾く姿から考えるに、これは『メルト』の初音ミクである。 なぜここでメルトミクなのかは「考察 3. 1 - リンゴの木」にて触れる。 なくなった初音ミク達 今は存在しない初音ミクは以下のように表現されている。 「有象無象の墓の前で敬礼 メルトショックにて生まれた生命」 この "生命" も楽曲との解釈があるが、やはりこれも初音ミクを指している。 "墓" は死者の体の保管場所であり、復活装置である。 "墓" には なくなった初音ミクたちが埋められているのである。 考察 1. 2 - その他の登場人物 ・骨を被った者達と去る者、加わる者 MV内に登場する骨を被った者達。 彼らは初音ミクを先頭に隊列を作っている。 彼らは 広義の初音ミクユーザーを指していると考える。 MV内で女性っぽい振る舞いが描写されないことから、彼らは 「ボーイズドントクライ」の boys であると考えられる。 逆に、boys に対応する girl s は 初音ミクを指していると考えられる。 ここで boy と girl に区別する理由は「考察3 - 創世記」で触れる。 MVの途中、隊列を去る者達が描かれる。 初音ミクから離れる者である。 MVの最後、隊列の向かう先に人影が見える。 この骨の人物達は、歌詞の上でも二つに分類することができる。 "君"と "誰か" である。 "君" は楽曲内で 「君が今も生きているなら 応えてくれ僕に」 「もう少しだけ友達でいようぜ 今回は」 と初音ミクに語りかけられている。 つまり、"君" は初音ミクから離れていった消息不明の 広義の初音ミクユーザーである。 そして あなたでもある。 "誰か" は、初音ミクがリンゴの木を植えた後に残る人々だ。 これからの初音ミク、初音ミクユーザーを指していると思われる。 ・花の人物 顔が花の人物が登場する。 骨を被った者達と同一でもないし、だからと言って初音ミクというわけでもない。 であれば、これは である可能性が高い。 ただ v flower そのものではなく、次世代のVOCALOIDの象徴として考える。 あの隊列がboysであるならば、あのシーンはユーザーが初音ミクから新しいVOCALOIDへと離れていくことを表現している。 v flowerユーザーとして考察しないのは、この花の人物の振る舞いが女性 girl っぽいからである。 分からん。 考察 1 のまとめ 登場人物をまとめるとこんな感じ "僕" は あなたの初音ミクである。 (MV内ではハチ・米津玄師の初音ミク) "リンゴの木" 後述 の前に メルトミクがいる。 "墓に埋められた生命"は なくなった初音ミク達である。 "MV内の骨の人物"は広義の 初音ミクユーザーであり、 boys である。 "君" は あなたを指しており、消息を絶っている。 "花の人物"は 次世代のVOCALOIDである。 楽曲内では、僕 あなたの初音ミク が消息を絶った君 あなた に「応答セヨ」と歌っている。 MV内では、砂ミクが砂漠を闊歩している。 ユーザーは別の進路、別のボーカロイドへ、新たにユーザーとなるものも現れる。 考察2 - 遊び場だった砂場 「砂の惑星」「砂漠」「砂場」 これらはどれも遊び場を指しており、規模が異なる。 考察 2. 1 - 少女と少年の遊び場 "砂場" は 初音ミク girl と ユーザー boy の遊び場であった。 当楽曲を"ボカロとの決別" と見る人は、この "遊び場" という視点を欠いている。 少女 girl と少年 boy が砂場で遊んでいる情景を思い浮かべて欲しい。 「今日の日はサンゴーズダウン」 「元どおりまでバイバイバイ」 sun gose down 日が傾く 、つまりは 斜陽である。 この "斜陽" はニコニコ動画やボカロ界の衰退と取れないこともない。 しかし、これを歌うのは砂場で遊ぶ 少女 初音ミク だ。 日が沈んだから少女と少年は砂場を後にして家へ帰る。 明日になればまた遊ぶことができる。 また砂場で遊べる関係になったら、これまで通りに遊ぼうと手を振っている。 「もう少しだけ友達でいようぜ 今回は」 もう少し長い間一緒に遊ぼうとあなたに言っている。 今回を10周年と解釈していいかは悩ましい。 「でんぐり返りそんじゃバイバイ」 以下、妄言。 「でんぐり返り」と「バイバイ」から想起される曲は「にんげんっていいな」である。 この曲では「ぼくもかえろう おうちへ帰ろう」である。 砂場で遊んでいた少女と少年が砂場を後にして帰るのだ。 言ってることは変わらん。 考察 2. 2 - 砂の惑星の現状 「何もない砂場 飛び交う雷鳴」 「しょうもない音で掠れた生命」 「今後千年草も生えない 砂の惑星さ」 「こんな具合でまた磨り減る運命」 「どこへも行けないくて墜落衛星」 「立ち入り禁止の札で満ちた砂の惑星さ」 第一にこの歌をボカロ衰退論として解釈する際、ここがニコニコ動画を表しているとなる。 確かにそうだ、インタビューの内容的にもニコニコ動画であるはずだ。 しかし、あくまで 初音ミクから見た遊び場の表現であるはずだ。 つまり" ニコニコ動画を含んだ大きく 初音ミクを取り巻く環境"を表していると考える。 "何もない砂場 飛び交う雷鳴" 砂場は元より何もないが、ここでは君が居なくなった表現であると考える。 "雷鳴" は楽曲である可能性がある。 サビにある "空を切るサンダーストーム" と同一のものを指しており、"鳴動響かせてはバイバイバイ" は つまり楽曲を出してはまた今度遊ぼうと手を振っているのである。 "しょうもない音で掠れた生命" この"しょうもない"は馬鹿馬鹿しいという意味かと思う。 悪い意味ではない。 かつて楽しく遊んでいたことの表現と思う。 "今後千年草も生えない 砂の惑星さ" ここはそのまま "笑えない" "面白くない" と解釈して良い気がする。 好意的に受け取れば、"君" 以外に生命がいないと解釈できないこともない。 以降もそんな感じかと思う。 考察 2 のまとめ 僕 初音ミク と君 あなた は砂場で遊ぶ少女と少年である。 日が暮れればまた今度遊ぼうと手を振ってバイバイする。 砂場にしょうもない雷鳴 楽曲 を響かせてはまた今度と手を振り別れる。 今では砂場に何もなく君も居なく、ルールばかりの笑えない砂場である。 こんな感じかと思う。 考察 3 - 創世記 考察 3. 1 - リンゴの木 楽曲内で一度だけ登場する「リンゴの木」。 とても重要である。 ここで話は『創世記』に移る。 エデンの園には「知恵の樹」が植わっている。 「知恵の樹」には「禁断の果実」が実っており、蛇に唆されてアダム boy とイブ girl はこれを食べることによって死すべき定めを負うこととなる。 つまりは人間になるわけだ。 禁断の果実は絵画などで リンゴとして描かれる。 つまりは リンゴの木は 知恵の樹を指すことになる。 MVでも リンゴの木が描かれている。 そしてそのリンゴの木の前にはメルトミクがいて、この木は彼女によって植えられたものである。 MVでは木の半分にリンゴが実っている。 しかし、重要なのは実っていない箇所である。 向かって左半分、リンゴが実っていないが、 「 実っていない」=「生命が生まれた」である。 リンゴは収穫され食べられたのだ。 禁断の果実を食べ、 "生きた少女" 初音ミクたちが生まれたのだ。 『メルト』によって生まれた生命があることを表している。 楽曲の「メルトショックにて生まれた生命」と対応する場面である。 向かって右半分、「 実っている」=「生命が生まれていない」である。 生命ではない初音ミク、つまりはツールとしての初音ミクを暗示している。 MVの終盤、メルトミクがリンゴを手にしている。 次の "生きた少女" 初音ミクが現れることを表現しているのではないだろうか。 wiki やら何やらでは、蛇が真の神だとか、なんだかここら辺が怪しいのだけどそこまでは考察できてない。 興味ある人は調べてください。 「砂漠にリンゴの木を植えよう」 これが持つメッセージは非常に強い。 『メルト』で多くの"生きた少女" 初音ミクが生まれたように、また"生きた少女" 初音ミクを生み出そうとしているのだ。 ハチ 米津玄師 はリンゴを食わせたいのだ。 以下、妄言。 砂ミクのTシャツは蛇の目っぽい。 米津玄師としては、この曲および砂ミクが生命が生まれるように唆す蛇の役割を持ちたいのではないか。 考察3. 2 - 天空の城 「天空の城まで僕らを導いてくれ」 天空の城って何だ。 急に出てきた。 創世記に登場する天空などに関連するのは バベルの塔である。 人々が色々な技術を駆使して天まで届く塔を建設する話であるが、結局神によって人々は異なる言葉を話すようになってしまい塔は完成しない。 天空に到達すると神になるとかなんとか。 wiki をみると色々書いてある。 廃材でできたケーキがなんだかこれっぽい。 すごく曖昧なので考察にはいれない。 考察3 のまとめ この楽曲には創世記がモチーフとして登場する。 リンゴの木は知恵の樹であり、アダム ユーザー とイブ 初音ミク はこれを食べることによって人間らしい人間となる。 MV内のリンゴの木はメルトミクによって植えられたものであり、メルトショックを表現している。 リンゴが実っていないのは"生きた少女" 初音ミクの存在を表すものであり、リンゴを手にしているのは新たな "生きた少女" 初音ミクの誕生を示唆するものである。 初音ミク達とあなた達で天空まで届くバベルの塔を築こう、と歌っている。 まとめ - 楽曲ベースの解釈 この曲は "生きた少女" 初音ミクが居なくなったあなたへ呼びかける歌である。 -------- 私 初音ミク はあなたの帰りを待っている。 かつて砂場で馬鹿馬鹿しい曲を作って共に遊んでいたが、あなたがいなくなった今では笑えない。 この曲が消息を絶ったあなたに聞こえたのなら、もう一度と私と遊んで欲しい。 今回は昔遊んだ時よりも、もう少し私と友達といて欲しい 遊んで欲しい。 今日は私たちの誕生日だ。 辛いことなど抜きにして、ただただ一緒に祝おう。 墓に埋まる "生きた少女" 初音ミク達、彼女達は『メルト』によって生命を授かった。 私がこうなる前に、ここから一緒に出て行こう。 かつて生命にあふれた砂場での思い出を回想して、現状の廃れた砂漠に対して何を思うのか。 この砂漠で彷徨う私たちをどうか救ってくれ。 もし、わたしを思う気持ちがなくなっていないなら、今すぐ応答して欲しい。 かつて生命であふれていたあの頃の歌を思い出したのなら教えて欲しい。 誕生日を祝って、あなたと一緒に知恵の樹を植えよう。 また新たな生命を生み出そう。 こんな砂漠でも、なおも私たちは進んでいく。 ---------- エモ。 ボカロ界隈の衰退など歌っていない。 居なくなったあなたともう一度遊びたいという願いを歌っているのだ。 私が死んでしまう前にここから連れ出してくれと歌っているのだ。 新たな "生きた少女" 初音ミクを生み出そうと歌っているのだ。 MVでは初音ミクを取り巻く人物が描かれている。 初音ミクがユーザーを引き連れて砂漠を歩く。 道が分かれ、ユーザーが初音ミクの隊列から抜けていく。 次世代のVOCALOIDに移行する者が現れる。 メルトミクが知恵の樹を植え、リンゴを手に持つ。 また新たに隊列に加わるユーザーが現れる。 終わりに - 初音ミク達の消えた「かつてと異なる景色」 米津玄師は何を見て砂漠と感じたのか。 それは 初音ミクという生命の消失ではないか。 「初音ミク視点の考察がない」ことこそ、初音ミクというキャラクターの消失の顕著な事例ではないか。 「俺らはいい曲を作っている」という話ではない。 初音ミクがキャラクターであり、かつて生きていたという視点を失っている。 初音ミクがという存在が失われつつある。 他の存在に取って代わられようとしている。 ただのツールと化している。 同時に初音ミクユーザーも姿を消した。 別のボーカロイドを用いたり、曲の趣味が別ジャンルへと移った。 今のボカロ楽曲で、生命として扱われているボーカロイドはどれだけいるのだろうか。 ボカロP達はオリジナルのキャラを作るようになって、初音ミクという生命は失われつつあるのではないだろうか。 『砂の惑星 feat. 初音ミク』は初音ミクの生誕10周年に作られた曲だ。 に米津玄師のコメントが載っている。 ボーカロイドを取り巻く環境も僕が遊んでたころとは随分様変わりしたと思います。 テーマ曲のお話を頂いたのをきっかけに、今ハチとしてミクと曲を作るのであればどういう形にするのが一番最適だろうか?と考えた結果、ああいう形になりました。 自分が見てきたボーカロイドの原風景、あのころ砂場で僕らが作り上げたお城を思い出しながら、懐かしい気持ちと新しい気持ちのちょうどいいところを探していけばそこに「砂の惑星」がありました。 「ハチとしてミクと曲を作る」 「僕らが作り上げたお城」 米津玄師は初音ミクをキャラクターとして、少女として見ている。 米津玄師は何も、「昔の方が良かった」などとは言っているわけではない。 沢山いたはずの "生きた少女" 初音ミクやそのユーザーが消えた、「砂の惑星」をただ見たのだ。

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【完全考察】ハチの新曲「砂の惑星」について徹底的に考察・解釈する

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砂の惑星 「ハチ」としては、『ドーナツホール』以来、約3年9ヶ月ぶりのボカロオリジナル曲 初音ミクを使用した楽曲としては『Christmas Morgue』以来6年7ヶ月ぶりとなっており、瞬く間に再生数を伸ばしました。 『初音ミク「マジカルミライ 2017」OFFICIAL ALBUM』のテーマソングとして制作され、動画公開から5時間27分という驚異的なスピードで殿堂入り(動画再生数10万回超え)を記録。 ちなみに本曲は、米津玄師さんの4thアルバム『BOOTLEG』に本人歌唱バージョンが収録されており、初音ミクはコーラスで参加しています。 砂の惑星はイントロにも意味が込められている。 本曲はイントロの段階で既に米津さんからのメッセージとも取れる内容が含まれているのです。 ガヤガヤしているだけのように聞こえる冒頭部分ですが、よく耳をすますと 「Back to the history and remember when I was born」 と言っていることが分かります。 この歌詞を訳すと 「私の過去に戻って、私が誕生した時を思い出して。 ボカロというコンテンツが肥大化し続け、一大コンテンツとなった今、改めて原点を見返してみようよ。 という彼なりの愛情が見え隠れしています。 インタビュー内で米津さんは 「ニコニコ動画=砂漠」と揶揄しており、刻々と衰退していくニコニコ動画を非難しているような、寂しいような感情を語っています。 全盛期に比べて投稿数が少なくなり、視聴人数も減少する一方。 次に気になるのが、18人の面相です。 これはハチとして手がけた楽曲(18曲)+ハチさん自身と考えていいでしょう。 面相たちがギターなどの楽器を背負っていることからも間違いないです。 最後に映し出されるケーキとロウソクの意味 MVで最後に映し出される18個のロウソク。 何気ないシーンですが、これにもシリアスな意味が含まれていることに気付いたでしょうか。 MVの最後に、ハチさんは砂漠の外側へと向かって去っていきます。 18個のロウソク=ハチさんが手がけた18曲と解釈するのが妥当でしょう。 しかし、そこにハチさん自身の数は含まれていません。 つまり、「自分はニコニコ・ボカロ界隈から姿を消すが、今まで作った曲たちは永遠に残り続ける。 」というメッセージなのではないでしょうか。 ロウソクの火を消すという行為から「 過去のボカロ曲は一旦忘れ、新しい時代を築いていこう。 」という米津さんなりの決意表明も感じられます。 『砂の惑星』となったニコニコ動画に対する警鐘 本曲で米津さんが訴えていることはとてもシンプル 「ニコニコよ。 俺はいなくなるけど応援してるぞ」というメッセージなのです。 衰退という現状 前述したように「砂場=ニコニコ動画」と考えてください。 さらに今のままでは草も生えない不毛な場所で終わるとも言っていますね・・・ 「すり減る運命」とはそのまま「ニコニコ動画が歩む危ない未来」のことでしょう。 さらに、このままだと星の周りを彷徨う衛星のように、いつかは墜落して終わるぞ。 とも言っています。 自由がウリだったはずのニコニコ動画なのに、今となっては規制が厳しくなり、才能あるクリエイターは去っていくばかりです。 この現実を受け入れようとせず、何もしないと滅んでしまうぞと訴えているのが分かります。 『砂の惑星』のまま滅んで欲しくない。 という意味が込められた歌詞 ただニコニコ動画を批判するだけの楽曲で終わらないのが米津玄師たる所以です。 彼は本楽曲に、きちんとした前向きなメッセージを込めています。 ハチ(米津玄師)の願い のらりくらり歩き回り たどり着いた祈り 君が今も生きてるなら 応えてくれ僕に ボカロPとして人気を博したハチとしての人格が本当に思っていることが、この部分に凝縮されています。 君(ニコニコを支えている人達)に対して、「応えてくれ」と懇願していることから、「どうかこのままで終わらずに、もう一度ニコニコ動画を繁栄させてくれ」という本音が垣間見えますね。 直訳すると「太陽が落ちる」の意 輝きを失い切ってしまったニコニコ動画が元通りになる。 つまり再び盛り上がる日までバイバイすると表明しているのです。 「思いついたら歩いていけ」という歌詞からは、例え砂漠の中でも諦めずに進んでくれという応援ともとれる感情が読み取れます。 これは恐らく運営に向けたメッセージでしょう。 「僕はまたニコニコが盛り上がる時が来るのを信じている。 だから現状が砂漠でも諦めずに改善を目指してくれ。 」 厳しくも優しい彼の性格が見え隠れするような感覚になりますね。 初音ミクが作った歴史。 そしてこれからのボカロ界 ふと思い出したように誕生日を示唆する内容。 これは初音ミクが誕生してから10周年を祝おうという意味でしょう。 しかし、砂漠となった場所で心から祝福をあげることなんてできません。 「甘ったるいだけのケーキを囲んで歌を歌う」 全盛期の想い出に浸りながら、過去の楽曲にすがりついているボカロ界隈の現状を痛烈に皮肉っています。 いま存在する初音ミクの楽曲たちは、ryo氏による不朽の名曲『メルト』があってこそです。 「メルトショックにて生まれた生命=メルトに触発されて生み出された楽曲」と捉えるのが自然でしょう。 ここを出て、新しい時代に乗り遅れないようにしようぜ。 米津さんは常に未来を剥き続けているのです。 自分は身を引く ラストのサビで再び登場する「バイバイ」というセリフ。 ハチとしての活動はこの曲で最後になるという強い意志を感じぜずにはいられません。 自分はもう「米津玄師」として活動していくのだと。 過去は振り返らないという確固たる決意表明と言って良いでしょう。 「もう少しだけ友達でいようぜ今回は」 衰退が激しいニコニコ動画ですが、『砂の惑星』という楽曲を通して繋がっていたいという気持ちは持っているんです。 風が吹き曝しなお進む砂の惑星さ 誰がどう見ても「厳しい」としか言えないニコニコ動画の現在地。 そこには風が吹き荒れ、大地は荒んでいます。 それでも逃げちゃいけない。 まとめ ニコニコ動画自体を題材にした楽曲をオフシャルで制作するあたりに米津玄師という男の凄さ・本気度を感じてしまいます。 ただの皮肉で終わるだけの曲ならごまんと存在する現代。 批判だけでなく今後の応援も兼ねている『砂の惑星』はニコニコ動画ユーザー、運営に響く内容となっていました。 いや、ニコニコ動画だけではありません。 いま繁栄しているコンテンツ全てに対しての警鐘歌とも取れるメッセージ性の高い珠玉の一曲と言えるでしょう。

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【完全考察】ハチの新曲「砂の惑星」について徹底的に考察・解釈する

砂の惑星 歌詞

今でこそ抜群の知名度を誇り日本を代表するアーティストにまで上り詰めましたが、 米津玄師さんにはもう一つの音楽活動があります。 それはボカロPとしての顔です。 今回は久しぶりにボカロPのハチとして製作された楽曲「砂の惑星」の歌詞の意味やMVについてをお伝えしていきたいと思います。 ハチ(米津玄師)「砂の惑星」ってどんな曲?? 「砂の惑星」は2017年7月21日にyoutubeとニコニコ動画にてミュージックビデオが公開されました。 南方研究所とは実に5年ぶりのタッグです。 米津玄師さんの4枚目のアルバム「BOOTLEG」でもセルフカバーをしている楽曲です。 ハチとして「ドーナツホール」から約3年9ヶ月ぶりに発表された楽曲ともあり米津玄師さんのファンもハチ時代の魅力に少し触れることができたのではないでしょうか。 この「砂の惑星」は初音ミク10周年のアニバーサリーイヤーに開催される「マジカルミライ 2017」のテーマソング楽曲制作のオファーを受けたことをきっかけに作られました。 タイトルにもなっている「砂」という言葉はニコニコ動画などで発表されていく楽曲が少なくなってきており衰退していくサイト内を砂漠と捉えたのだとインタビューの内容から受けました。 またそれはボカロ業界を突き放すということではなく、次世代へ繋ぐというメッセージ性のようにも感じます。 過去にボカロ界で一世風靡した楽曲のオマージュしたフレーズも登場します。 ハチ(米津玄師)「砂の惑星」のMVに込められた思いは?? 「砂の惑星」のMVは米津玄師さんが幾度となく共演してきた南方研究所とのアニメーションです。 MVに登場するのは初音ミクと18人の仮面を被った人物です。 ネット上では• 初音ミク=ハチ(米津玄師)• 仮面を被った18人=ハチが作曲した楽曲たち という構図が1番有力だと考えられています。 楽器を持っていたりするので確かに音楽と関係ありそうな雰囲気ですね。 またケーキに刺さったろうそくを消すシーンがあるのですが、 これもロウソクとイチゴの数を合わせると18となります。 これもハチとして残した18曲という風に捉えることができます。 そしてその数にはハチさん自身の数は含まれておらず、 最後には砂漠の外へ向かっていきます。 これは「自分は一旦いなくなるが、18曲の作品はボカロ界に残していく」というメッセージなのかもしれません。 イントロ部分のガヤガヤした声が「Back to the history and remember when I was born」とも聞き取れることができ、「私の過去に戻って、私の誕生を思い出して。 」という意味になります。 これはニコニコ動画への警鐘のようにも捉えることができます。 ボカロが飽和しすぎたため、一度原点に戻って見よう。 そんな米津玄師さんなりの愛を感じる言葉ですね。 途中で離脱してしまった二人は「ドーナツホール」「沙上の夢喰い少女」でセルフカバーした楽曲ではないかという考察もされていますが、本人からのコメントがないので真実はわかりません。 ハチ(米津玄師)「砂の惑星」の歌詞の意味について それではハチ(米津玄師)さんの「砂の惑星」の歌詞の意味についてお伝えしていきたいと思います。 ぶっ飛んで行こうぜもっと エイエイオーでよーいどんと あのダンスホール モザイクの奥 太古代のオーパーツ 光線銃でバンババンバン 少年少女謳う希望論 驚天動地そんで古今未曾有の思い出は電子音 ここから数々のボカロの今日をオマージしたフレーズが登場します。 ねえねえねえあなたと私でランデブー?=マトリョシカ 今だパッパパッと飛び出せマイヒーロー=パンダヒーロー ぶっ飛んで行こうぜもっと=え?あぁ、そう。 エイエイオーでよーいどんと=おこちゃま戦争 あのダンスホール モザイクの奥=ワールズ・エンドダンスホール、モザイクロール 太古代のオーパーツ=カミサマネジマキ 光線銃でバンババンバン=千本桜 少年少女謳う希望論=チルドレンレコード 驚天動地そんで古今未曾有の思い出は電子音=お姫様は電子音で眠る 砂漠になる前の全盛期のボカロ時代のことを歌っている部分ですね。 ボカロファンにとってはたまらない歌詞となっています。

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