トマトに嫌われている歌詞。 人に嫌われている気がする

トマトに嫌われている 【リサ×トマト】/ネタです(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆🍅🍅🍅 by リサ

トマトに嫌われている歌詞

命に嫌われている 「死にたいなんて言うなよ。 諦めないで生きろよ。 」 そんな歌が正しいなんて馬鹿げてるよな。 実際自分は死んでもよくて周りが死んだら悲しくて 「それが嫌だから」っていうエゴなんです。 他人が生きてもどうでもよくて 誰かを嫌うこともファッションで それでも「平和に生きよう」 なんて素敵なことでしょう。 画面の先では誰かが死んで それを嘆いて誰かが歌って それに感化された少年が ナイフを持って走った。 僕らは命に嫌われている。 価値観もエゴも押し付けていつも誰かを殺したい歌を 簡単に電波で流した。 僕らは命に嫌われている。 軽々しく死にたいだとか 軽々しく命を見てる僕らは命に嫌われている。 お金がないので今日も一日中惰眠を謳歌する 生きる意味なんて見出せず、無駄を自覚して息をする。 寂しいなんて言葉でこの傷が表せていいものか そんな意地ばかり抱え今日も一人ベッドに眠る 少年だった僕たちはいつか青年に変わってく。 年老いていつか 枯れ葉のように誰にも知られず朽ちていく。 不死身の身体を手に入れて、一生死なずに生きていく。 そんなSFを妄想してる 自分が死んでもどうでもよくて それでも周りに生きて欲しくて 矛盾を抱えて生きてくなんて怒られてしまう。 「正しいものは正しくいなさい。 」 「死にたくないなら生きていなさい。 」 悲しくなるならそれでもいいなら ずっと一人で笑えよ。 僕らは命に嫌われている。 幸福の意味すらわからず、産まれた環境ばかり憎んで 簡単に過去ばかり呪う。 僕らは命に嫌われている。 さよならばかりが好きすぎて本当の別れなど知らない僕らは命に嫌われている。 幸福も別れも愛情も友情も 滑稽な夢の戯れで全部カネで買える代物。 明日死んでしまうかもしれない。 すべて無駄になるかもしれない。 朝も夜も春も秋も 変わらず誰かがどこかで死ぬ。 夢も明日も何もいらない。 君が生きていたならそれでいい。 そうだ。 本当はそういうことが歌いたい。 命に嫌われている。 結局いつかは死んでいく。 君だって僕だっていつかは枯れ葉にように朽ちてく。 それでも僕らは必死に生きて 命を必死に抱えて生きて 殺してあがいて笑って抱えて 生きて、生きて、生きて、生きて、生きろ。

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トマトに嫌われている歌詞

「死にたいなんて言うなよ。 」 shi ni tai nan te i u na yo 「不要說想死這種話。 」 「諦めないで生きろよ。 」 a ki ra me nai de i ki ro yo 「不要放棄繼續活下去。 」 そんな歌が正しいなんて馬鹿げてるよな。 son na u ta ga ta da shi i nan te ba ka ge te ru yo na 說是那樣的歌曲才是正確的 實在有夠可笑。 実際自分は死んでもよくて周りが死んだら悲しくて ji ssai ji bun wa shin de mo yo ku te ma wa ri ga shin da ra ka na shi ku te 事實上自己死了也無所謂 身邊的人死去卻會感到悲傷 「それが嫌だから」っていうエゴなんです。 so re ga i ya da ka ra tte i u e go nan de su 這只是稱作「因為我不喜歡那樣嘛」的任性。 他人が生きてもどうでもよくて ta nin ga i ki te mo dou de mo yo ku te 其他人只要活著就怎樣都好 誰かを嫌うこともファッションで da re ka wo ki ra u ko to mo fa sshon de 厭惡著誰也像是追隨流行般 それでも「平和に生きよう」 so re de mo hei wa ni i ki you 儘管如此仍說了「安穩地活著吧」 なんて素敵なことでしょう。 nan te su te ki na ko to de syou 還真是美妙的事啊。 画面の先では誰かが死んで ga men no sa ki de wa da re ka ga shin de 在螢幕的另一頭有誰死了 それを嘆いて誰かが歌って so re wo na gei te da re ka ga u ta tte 哀嘆著那樣的某人歌唱著 それに感化された少年が so re ni kan ka sa re ta syou nen ga 而被那歌曲所感化的少年 ナイフを持って走った。 nai fu wo mo tte ha si tta 手持刀子狂奔不已 僕らは命に嫌われている。 bo ku ra wa i no chi ni ki ra wa re te i ru 我們被生命厭惡著。 価値観もエゴも押し付けていつも誰かを殺したい歌を ka chi kan mo e go mo o shi tsu ke te i tsu mo da re ka wo ko ro shi tai u ta wo 強加上了價值觀與自私的 那總是想去殺了誰的歌曲 簡単に電波で流した。 kan tan ni den pa de na ga re shi ta 輕易地透過無線電波流瀉而出。 僕らは命に嫌われている。 bo ku ra wa i no chi ni ki ra wa re te i ru 我們被生命厭惡著。 軽々しく死にたいだとか ka ru ka ru shi ku shi ni tai da to ka 輕率地就說出想死這種話 軽々しく命を見てる僕らは命に嫌われている。 ka ru ka ru shi ku i no chi wo mi te ru bo ku ra wa i no chi ni ki ra wa re te i ru 輕率地看待生命的我們被生命厭惡著。 お金がないので今日も一日中惰眠を謳歌する o ka ne ga nai no de kyou mo i chi ni chi chuu da min wo ou ka su ru 謳唱著因為沒有錢所以今天也無所事事地睡過去 生きる意味なんて見出せず、無駄を自覚して息をする。 i ki ru i mi nan te mi da se zu mu da wo ji ka ku shi te i ki wo su ru 找不出活著有什麼意義、自知一切都是徒勞但還是呼吸著。 寂しいなんて言葉でこの傷が表せていいものか sa bi shi i nan te ko to kba de ko no ki zu ga a ra wa se te ii mo no ka 怎麼能用「好寂寞」這種話把傷口顯露出來呢 そんな意地ばかり抱え今日も一人ベッドに眠る son na i ji ba ka ri ka ka e kyou mo hi to ri be tto ni ne mu ru 懷著那樣的倔強今天也一個人孤獨入眠 少年だった僕たちはいつか青年に変わってく。 shou nen da tta bo ku ta chi wa i tsu ka sei nen ni ka wa tte ku 曾是少年的我們終有一日會轉為青年。 年老いていつか 枯れ葉のように誰にも知られず朽ちていく。 to shi oi te i tsu ka ka re ha no you ni da re ni mo shi ra zu ku chi te i ku 逐漸衰老終有一日會有如枯萎的葉 不為人所知地腐朽而去。 不死身の身体を手に入れて、一生死なずに生きていく。 fu ji mi no ka ra da wo te ni i re te i ssyou shi na zu ni i ki te ku 有天得到不死的軀體、一生都不會走向死亡地活著。 そんなSFを妄想してる son na sf wo mou sou shi te ru 妄想著那般科幻的劇情 自分が死んでもどうでもよくて ji bun ga shin de mo dou de mo yo ku te 自己就算死了也無所謂 それでも周りに生きて欲しくて so re de mo ma wa ri ni i ki te ho shi ku te 卻希望身邊的人們能活下去 矛盾を抱えて生きてくなんて怒られてしまう。 mu jyun wo ka ka e te i ki te ku nan te o ko ra re te shi ma u 懷抱著這樣矛盾的想法活下去 會被斥責的。 「正しいものは正しくいなさい。 」 ta da shi i mo no wa ta da shi ku i na sai 「正確的事物就讓它正確地存在。 」 「死にたくないなら生きていなさい。 」 shi ni ta ku nai na ra i ki te i na sai 「如果不想死的話就活下去。 」 悲しくなるならそれでもいいなら ka na shi ku na ru na ra so re de mo ii na ra 若陷入悲傷也無所謂的話 ずっと一人で笑えよ。 zu tto hi to ri de wa ra e yo 就永遠一個人笑著啊。 僕らは命に嫌われている。 bo ku ra wa i no chi ni ki ra wa re te i ru 我們被生命厭惡著。 幸福の意味すらわからず、産まれた環境ばかり憎んで kou fu ku no i mi su ra wa ka ra zu u ma re ta kan kyou ba ka ri ni kun de 連幸福的意義也不明白、就只會憎恨生長的環境 簡単に過去ばかり呪う。 kan tan ni ka ko ba ka ri no ro u 如此輕易地詛咒無法改變的過去。 僕らは命に嫌われている。 bo ku ra wa i no chi ni ki ra wa re te i ru 我們被生命厭惡著。 さよならばかりが好きすぎて sa yo na ra ba ka ri ga su ki su gi te 淨是把永別掛在嘴邊 本当の別れなど知らない僕らは命に嫌われている。 hon tou no wa ka re na do shi ra nai bo ku wa i no chi ni li ra wa re te i ru 連真正的生死離別都不懂的我們被生命厭惡著。 幸福も別れも愛情も友情も kou fu ku mo wa ka re mo ai jyou mo yuu jyou mo 無論是幸福還是別離或是愛情抑或是友情 滑稽な夢の戯れで全部カネで買える代物。 ko kke na yu me no ta wa mu re de zen bu ka ne de ka e ru shi ro mo no 全是滑稽美夢中的玩笑話 全是金錢買得到的東西。 明日死んでしまうかもしれない。 a shi ta shin de shi ma u ka mo shi re nai 可能明天就會迎來死亡。 すべて無駄になるかもしれない。 su be te mu da ni na ru ka mo shi re nai 可能一切都是白費力氣。 朝も夜も春も秋も a sa mo yo ru mo ha ru mo a ki mo 無論是早晨還是夜晚或是春天抑或是秋天 変わらず誰かがどこかで死ぬ。 ka wa ra zu da re ka ga do ko ka de shi nu 都一如既往地會有著誰在哪兒死去。 夢も明日も何もいらない。 yu me mo a su mo na ni mo i ra nai 夢想也好明天也好什麼都不需要。 君が生きていたならそれでいい。 ki mi ga i ki te i ta na ra so re de ii 只要你還活著的話那樣就好。 そうだ。 本当はそういうことが歌いたい。 sou da hon tou wa sou i u ko to ga u tai tai 啊是這樣啊。 真正想唱的是這樣的歌啊。 命に嫌われている。 i no chi ni ki ra wa re te i ru 被生命厭惡著。 結局いつかは死んでいく。 ke kkyo ku i tsu ka wa shin de i ku 最後總有一天會死亡。 君だって僕だっていつかは枯れ葉にように朽ちてく。 ki mi da tte bo ku da tte i tsu ka wa ka re ha ni you ni ku chi te ku 不管是你還是我終有一日都會有如枯萎的葉腐朽而去。 それでも僕らは必死に生きて so re de mo bo ku ra wa hi sshi ni i ki te 儘管如此我們還是奮力地活著 命を必死に抱えて生きて i no chi wo hi sshi ni ka ka e te i ki te 奮力地擁抱著生命活下去 殺してあがいて笑って抱えて ko ro shi te a gai te wa ra tte ka ka e ta 扼殺著 掙扎著 歡笑著 背負著 生きて、生きて、生きて、生きて、生きろ。 i ki te i ki te i ki te i ki te i ki ro 活下去、活下去、活下去、活下去、活下去啊。

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カンザキイオリさんの作品でしょうか。 諦めないで生きろよ。 」 そんな歌が正しいなんて馬鹿げてるよな。 本当に死にたいと思ってる人にそんな言葉は関係ないし、そんなことを歌にするのは馬鹿げてる 実際自分は死んでもよくて周りが死んだら悲しくて 「それが嫌だから」っていうエゴなんです。 自分は死んでもいいけど周りが死んだら悲しいから「死なないで」って言う自分中心の考え。 他人が生きてもどうでもよくて 誰かを嫌うこともファッションで それでも「平和に生きよう」 なんて素敵なことでしょう。 どこかで誰かの命が助かっても所詮どこか他人事。 なんて矛盾した世界だろうって感じ 画面の先では誰かが死んで それを嘆いて誰かが歌って それに感化された少年が ナイフを持って走った。 少年が犯人を殺しに行ったのか模倣犯になったのかは分かりません。 けれど、一つの歌で簡単に命が失われることを風刺してると思います 僕らは命に嫌われている。 価値観もエゴも押し付けていつも誰かを殺したい歌を 簡単に電波で流した。 僕らは命に嫌われている。 軽々しく死にたいだとか 軽々しく命を見てる僕らは命に嫌われている。 今のボカロの歌や、そこらへんの歌では簡単に死にたいだとか、誰かへの恨みを勝手に電波にのせている。 死を押し付けてる お金がないので今日も一日中惰眠を謳歌する 生きる意味なんて見出せず、無駄を自覚して息をする。 寂しいなんて言葉でこの傷が表せていいものか そんな意地ばかり抱え今日も一人ベッドに眠る 命があるのに、命を使っていない。 これはこの歌を歌っている主人公だと思いました。 命があるのに命を使わないのも命を軽視してる、と自分を嘲笑っている感じでしょうか 少年だった僕たちはいつか青年に変わってく。 年老いていつか 枯れ葉のように誰にも知られず朽ちていく。 不死身の身体を手に入れて、一生死なずに生きていく。 そんなSFを妄想してる 自分たちもいつか簡単に枯葉のように朽ちていってしまうのだ。 最初の歌詞と似てますが、こっちのほうがわかりやすく直球ですね。 自分はしんでもいいけど周りには死んで欲しくない。 どちらも命の大切さは同じはずなのに 「正しいものは正しくいなさい。 」 「死にたくないなら生きていなさい。 」 悲しくなるならそれでもいいなら ずっと一人で笑えよ。 いじめられてもあなたは正しいからそのままでいなさい、死にたくないなら生きていればいい、といった身勝手な励ましについて、こっちが悲しくなってもそれでもいいならずっとそう言ってればいい。 という感じですかね…うまくいえないですが… 僕らは命に嫌われている。 幸福の意味すらわからず、産まれた環境ばかり憎んで 簡単に過去ばかり呪う。 僕らは命に嫌われている。 さよならばかりが好きすぎて本当の別れなど知らない僕らは命に嫌われている。 本当の幸福はお金を手に入れることでも結婚することでもない、ただ自分の命があることが幸福。 それを知らない僕達はただ「こんな場所に産まれなかったら」と過去を恨んでいる。 主人公は虐待を受けてたのかなとも思います。 カンザキイオリさんの歌はそのような歌が多いので。 投稿日の8月6日。 広島に原爆が落ちてたくさんの命が失われた日であることから、友達や家族が簡単に失われる、そんな本当の別れも知らない僕達は命を軽視してる。 単純にここでは本当に友達や家族が死ぬところなんて経験してないくせに、という感じだと思います。 幸福も別れも愛情も友情も 滑稽な夢の戯れで全部カネで買える代物。 明日死んでしまうかもしれない。 すべて無駄になるかもしれない。 朝も夜も春も秋も 変わらず誰かがどこかで死ぬ。 夢も明日も何もいらない。 君が生きていたならそれでいい。 そうだ。 本当はそういうことが歌いたい。 幸福も別れも愛情も友情も全部お金で買える時代。 そんなことはいらない、死にたがっている人にそんな言葉は必要ない。 たくさんの人が今のこの瞬間も死んでいくけど、ゆめだって明日だっていらない、ただ『あなたが』生きてくれていればいいんだという強いメッセージが入っている部分だと思います。 結局いつかは死んでいく。 君だって僕だっていつかは枯れ葉にように朽ちてく。 それでも僕らは必死に生きて 命を必死に抱えて生きて 殺してあがいて笑って抱えて 生きて、生きて、生きて、生きて、生きろ。 確かにいつか人は死ぬけれどそれでも僕達は必死に生きなければならない。 僕達が思ってる以上に命は大切なものだから。 必死に抱えてどんなに辛くても気持ちを殺して、足掻いて、そして笑っていきていく。 だから生きろ!と言っていると思います。 カンザキイオリさんの作品は虐待されている子の目線で歌ったものなどが多いと思います。 またカンザキイオリさんのTwitterで「あの曲は、生きるだけで大変な環境の人、環境になってしまった人たちに向けた曲であると同時に、友達に向けた曲でもありました。 」とあるので、虐待を受けていた、もしくは受けていない、自殺したがっている友人に向けて歌ったのかなとも思います。 もしかしたらその友人はもう死んでしまっているのかも知れません。 カンザキイオリさんからの強いメッセージを感じる歌ですね! 乱字、乱文、自己解釈失礼しました。 こんな風に解釈しなくても、心に突き刺さったまま感じればいい歌だと思います…! またカンザキイオリさんの「アダルトチルドレン」もいい曲ですのでぜひ聴いていただきたいです(笑).

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