ぺんぺん草ブログ。 雅子さまの苦悶 四大行幸啓全中止と老いて弱るご両親に会えない

ぺんぺん草 吹田店

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14 ずーっと気になっていたけど重い腰が上がらなくて見ないふりしてた庭掃除。 とうとうぺんぺん草だらけになっちゃって、まるでジャングルのようになってました。 でも猫娘はずーっとこのツンツンした草が「ぺんぺん草」だと思ってたけど【】実はコレはぺんぺん草とは違ったらしい。 逆光で見にくいけどうやらコッチがぺんぺん草らしいのよ。 調べてみると「ぺんぺん草」って「なずな」なんだね〜。 びっくり。 よく「ぺんぺん草も生えない」とか言って雑草扱いされてるけど、確か「春の七草」じゃなかったっけ? じゃこの草はなんて名前なんだろ?誰か知ってる?マロンはこのツンツンした草で遊ぶのが好きだけど、コレは不味くて齧るととんでもないお顔になっちゃうんだよね【】 まっコレがどんな草だろうが、とにかく庭の奥にわんさか雑草が生えてるんだわ。 植木とかをかき分けて入らないといけないから面倒で、庭の奥は何ヶ月も見ないふりして来た罰だね。 でも猫達に歩きにくいとか文句言われちゃ、やらないわけにはいかないもんな。 桃の木の下なんて小さい桃が落ちて腐って【】猫が踏むと厄介なんだよね。 はいはい頑張って綺麗にしますがな。 あんた達も自分の庭なんだから少しは手伝ってよ〜。 といつも言ってはみるけど「猫の手」ってのは役に立たない代名詞でもあるんだよね。 猫の手で役に立ったって話を聞いたこと無いもんな。 それに猫が食べた位じゃちっとも減らないですし。 それよりいっぱい草食べて、部屋の中で毛玉入りウインナー吐かれたら、そっちの方が片付けるの大変かも。 とにかくこのツンツンした草は消化しないみたいで、すぐにげろっと出ちゃうのよね。 猫達のためならえんやこ〜ら。 もひとつおまけにえんやこ〜ら。 とヤケのヤンパチで歌いながら頑張ること5時間。 ゴミ袋3袋の雑草とおさらばしましたよ。 でも頑張り過ぎて手にチカラが入らなくて困ってるのだ。 5月に骨膜破れた右手の握力がいまだに戻ってないんだよね。 だからクラブ握れなくてゴルフも復活できないんだ。 そういえば 「ぺんぺん草」にもちゃんと花言葉があるんだって。 花言葉は「あなたに私のすべてを捧げます」だって〜。 あたしゃぺんぺん草にすべてを捧げたくなんかないよ〜。 それより「ぺんぺん草も生えない庭」になりたいけど〜。 お庭はニャンズの聖地。 でもちょっと雑草多過ぎなのよ。 せんきちさんの教えて下さった雑草防止シート みたいな奴。 砂みたいな奴なんだけど、植木のない物置の下にだけ敷いてみたよ。 でも植木の多いゾーンには使えなくて。 tazaさんの言う通り雑草も早く冬支度を して欲しいものですな。 でもtazaさん家はスズメバチが庭に?それは怖いの通り 過ぎてますから〜!早く本職さんに退治を頼まなきゃ〜!スズメバチでなければ ハチ撃退スプレーでしゅーっとひと拭きできるけど、スズメバチだけはあかんわ。 「ワレモコウ」赤い可愛い野草なんやね。 moyoさん、うちのペンペン草は春には葉っぱの先にハート形の実付いてましたよ。 しかしオマケの地面って、ゴミ袋10袋も雑草採れちゃうのにオマケちゃうで〜。 キャサリンさん、ふりふりしてもぺんぺん音せえへんかったけど。 元ニャンコ母 さんが正解を教えてくれはったわ。 ナズナの別名はぺんぺん草、実の形が三味線 のバチに似てるからシャミセン草とも呼ばれるんだって〜。 なんか納得やわ〜! ヤムヤムママさん、素敵な男の人が膝をついて「あなたにすべてを捧げます」と ぺんぺん草を差し出すシーンが頭の中をぐーるぐる。 もうちょっとエエ花にして くれ〜!って感じで大爆笑。 そういやあたしはいつかヤギを飼ってお庭の雑草を 平らげて欲しいと前から思っているんだけど、やっぱやぎは大変だと思ってたら anneさんから朗報が。 なんとフランスではウサギを飼って草取りをさせてるって。 ウサギなら猫友仲良くしてくれるか?あぁ草を食べてくれるウサギさん欲しいよ。 日曜日の草むしりから痛かった手もやっと元に戻って、今日はパソコンを平気で 打てるようになりました〜。 年取るとどっか痛めると長引くから困っちゃうね〜。

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安曇野のペンション「森のみち草」本と宿の日々

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お知らせが遅くなってしまいましたが、6月に県外との往来自粛が解除されたことを受けて森のみち草も営業&ご予約受付を再開しました。 皆様に安心してお泊まり頂けるよう、当面は原則5名様まで(または1組)に定員を減らし、ソーシャルディスタンスに配慮しながら(随時換気や消毒も行い)皆様をお迎え致します。 このような状況の中でも、また皆様にお越し頂けるようになったことは本当にありがたく、私たちも気を引き締めてお迎えしたいと思います。 どうぞよろしくお願い致します。 出発前に記念撮影されていた愛知県のYさん3人組。 今日はこれから、リニューアルオープンしたばかりの『劇団四季 浅利慶太記念館(旧 劇団四季記念館)』へ向かわれます。 雨もやんで良かったです。 機会があれば、ぜひまたお越しくださいね。 数年前に作ったものが風雨&風雪にさらされボロボロになって来ていたのがずっと気になっており、今回の休業期間を利用しオーナーが一からデザインを考え、自分ひとりで時間をかけて納得のいくものを作り上げました。 表と裏(どっちが表でどっちが裏?)はほぼ同じデザインですが、1ヶ所だけ違うところが…。 今回の休業がなければここまで時間をかけることはできなかったですね~ 初めていらっしゃる方が迷わないように、目隠しになっていた道沿いの木の枝を払い地面の草を刈り、以前よりも1mほど道側にずらして設置しました。 この看板を目印にお越しください! 県道51号線「宮本」信号交差点に植えられたラベンダー(「宮本地区・農地・水・環境保全組合」が管理)が咲き始めています。 今日は、ラベンダー園の草刈りに参加しました。 雨の後は雑草が引き抜きやすく、それはそれは気持ち良いほど。 作業中もラベンダーの香りが漂い癒やし効果抜群でした。 皆様、車で通過する際には、窓を全開にして思いっきり香りを吸い込んでみてください。 残念ながら今年は訪れることはできません。 どうぞ来年をお楽しみに…。 庭に10数本ありました。 こちらは和室からも見えます。 今回の休業期間に、うっそうとしていた庭のやぶを切り開いて散歩道をつくりました。 絡まったツルを取り除き、可能な限り根っこを引っこ抜き、かなりの日数を費やして何とか散策して頂けるような道が出来上がりました。 シロウトなのでプロのようにはいきませんが、その辺は大目に見て頂くということで。 新しい発見がいっぱいで達成感がありました。 庭の樹木を改めて調べ、名札を付けました。 「コナラ」「クヌギ」「ケヤキ」「シナノガキ=マメガキ」「ヤマザクラ」「オオモミジ」「大峰高原七色大カエデ」「ミズキ」「ツガ」「ダンコウバイ」「ガマズミ」「ヤマグワ」「ハナイカダ」「ムラサキシキブ」「イボタノキ」「タラの木」「サンショウ」「ウコギ」などなど。 まだ調査中のものもあります。 庭の散策路、お時間があれば歩いてみてください。 森のみち草オーナーのKONが休業期間を利用してコツコツ手作りしていた看板がついに完成!本日設置しました。 材料の木材は、かつてご近所に住み現在は池田町民の友人Nさんが提供してくださったものを使わせて頂きました(Nさんありがとうございます!)。 デザインを考え、型紙を作り、素材を削ったり磨いたり何度も重ね塗りをしたりした後に文字を書き&絵を描き、地面に穴を掘って埋め込んで設置…と、気の遠くなるような工程をひとりでこなし、試行錯誤しながらよくここまで到達したものだと感心しています。 横で見ているだけでも達成感を感じるほど(笑)。 こんなに時間をかけることができたのも、コロナ休業の副産物ですね~ 実は、道沿いに設置してある案内看板も、だいぶくたびれてきていたので並行して制作中。 完成まであと少しというところです。

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2843.ぺんぺん草

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第9交響曲の9年前の録画を先ほどTVで見た。 震災復興祈念としてズビン・メータが指揮したもので、これを当時筆者は見たが、今回はより感動が大きかった。 特に第4楽章では家内に悟られないように何度も瞳を潤ませた。 今日はその話をしようと思いながら、投稿のために用意している10数枚の写真のどれもが文章内容とあまりにちぐはぐになる気がしていて、支離滅裂を書いてしまいそうだ。 それはさておき、ここ数日で映画を何本か見たのでブログのネタには困らないが、考えをまとめる必要上、投稿はずっと先になるかもしれない。 昨日家内は筆者のことを考え事が多くて大変だと言った。 家内と終日一緒にいてもしばしば筆者は空を見て家内の話を聞いていないことがあり、確かに常に何かを考えている。 それは筆者の場合、いつもぼんやりしていることと同義で、その思いの混沌状態をブログの投稿に毎日それなりに形にせねばならず、それが時にしんどいながらもやはり好きであることを昨日家内に言い返した。 その時に持ち出した例がストラヴィンスキーが毎日数小節、五線紙を手描きして作曲した事実だ。 その日常の中から作品が形となって浮上した。 同じことはベートーヴェンも言えるはずだ。 創作家すべてがそうだと言ってよく、逆に言えば毎日わずかでも創作しない人は優れた作品を生み得ない。 はははは、書き始めれば興に乗ったかのようにどんどん進む。 とはいえ、筆者のブログはのようなものだ。 ほとんど誰も気づかず、ただそこらに生えているだけのようなものだ。 さて、6日の昼下がりに鵜屋の写真を撮りに中ノ島公園に出かけた際、現在休業中の「風風の湯」の前の林に幾組かの家族連れがくつろいでいて、少女が大きなシャボン玉を作って飛ばしていた。 卓球のラケット大の青いプラスティックのシャボン玉製造器を、地面に置いた石鹸水を入れた青くて平たい容器に漬けては振っていたが、大半のシャボン玉は鈴なりにくっついてあまりきれいではなかった。 ただし、少女の仕草が絵になっていた。 その様子を撮影しようかと思いながら、見知らぬ爺では不審者に間違われる。 それでいわば仕方なしに彼女が立つクローバーが繁茂する林を横切って家に戻る際に今日の写真を撮った。 見えにくいが、クローバーの手前にぺんぺん草が生えている。 写真を撮ってすぐ、しゃがんで四つ葉のクローバーを探したが、少女の気が散りそうな気がして数十秒でやめた。 四つ葉のクローバーは踏みつけられた幼葉がそうなりやすいとのことなので、桜の林にはたぶんあるだろう。 何だか急に興が削がれて文字どおりどうでもいいぺんぺん草を書いている。 四つ葉のクローバーを見つけていれば違ったか。 クローバーの写真を撮ったのは、からだ。 トランプの「クラブ」の三つ葉のクローバーは地味ながら形がよい。 それが四つ葉では面白くない。 今朝は中学生の同級生の女子の面影を思い出した。 それについては明日に回すとして、話を第9交響曲の放送に戻す。 指揮者のメータの表情が険しかったのはあたりまえとして、大地震でフィレンツェ・オペラの来日公演のすべてがこなせられなくなり、メータは急遽ベートーヴェンのこの曲を採り上げることにした。 この曲を若いワグナーが愛し、とことん研究したことはよく知られるが、レコードが発明されてから誰でも気軽に楽しめるようになったとはいえ、生演奏に接する人はクラシック音楽ファンでも少数派であろう。 新コロ禍によって人と人との生の接触が禁忌され、ネットを介しての対話や作品鑑賞が増す気配にあるが、生での接触と違って映像には撮影者の意図が混じっている。 指揮者や各演奏者の顔のクローズアップは生演奏の会場にいてはわからず、TVは生演奏よりもいいと考える人があろうが、遠目にわからない演奏者の顔が赤裸々に見えることはよけいな情報の提供であり、時に邪魔なものだ。 そうした映像はベートーヴェンの意図とはほとんど無関係なものだ。 ベートーヴェンは作品として楽譜に書いた。 その楽譜にいろいろ版があるとしても、録音のみがいわばベートーヴェンの脳裏に響いていた音楽の体現で、生演奏の録画はベートーヴェンの想像を超えたものが入り込んでいる。 そうであっても先ほどの演奏が感動的であったことは、楽譜には記されない指揮者や演奏者、演奏場所、録画やその編集といったことが、この曲の意図することから外れないどころか、拡大的に体現しているからだ。 またシラーの詩「歓喜に寄す」を旋律にどのように組み込もうとしたかのベートーヴェンの腐心とその苦しみゆえの歓喜を筆者は感じながら聴いたが、新たな創作への意気込みがベートーヴェンの人生の原動力であったことは、おそらく同じように作品を常に構想し、また製作している人にしかわからない。 一方で思うことは、映像を伴なう音楽が作品となる場合、たとえばYouTubeでは創作家はベートーヴェンよりもはるかに多くの事象に携わる必要があり、それはよほどの才能がなければ無理という現実だ。 つまり、YouTubeにはろくなものがなく、ベートーヴェンの第9交響曲並みに人類の財産と呼ばれるほどのYouTube映像はあり得ない。 先日も書いたが、何かを形として発表することは、そのどの細部においても製作者の美意識が認められるべきで、その観点からは、震災復興祈念のメータによる第9の映像は顔の彫りの深いメータは別として、各演奏者の表情は平凡な庶民を感じさせることがままあり、それがまた却ってクラシック音楽を身近なものに感じさせた。 管弦楽曲の場合、作曲者、指揮者、演奏者の順でアウラが減少してあたりまえで、さらには演奏者の下位にぺんぺん草的凡人の聴き手がいると書きたいところだが、シャボン玉のような意見と思ってほしい。

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