レッド パージ と は。 ボカロ曲の「レッド・パージ!!!」の歌詞を解釈していただけないでしょ...

レッドパージ 歌詞 解釈

レッド パージ と は

極秘報告 しかしながら、国務省は、反共で既に有名なマッカーサー元帥がやり過ぎるかもしれないと心配していた。 国務省極東局は、情報調査課(OIR)に日本の状況を調査するように頼んだ。 1949年11月14日、OIRは「日本の共産主義教師に対する作戦」という極秘報告を書き、「学校教職員の中から共産主義者を排除している現在の政策に関し、法的根拠は全くはっきりしておらず、日本の役人たちも自信がないようである」と警告した。 合法性だけでなく、レッドパージは「降伏前の日本の学問を、安全だが不毛で狭いところへ追い込んだと同じような恐怖と不安の空気を蘇らせることになろう」とも忠告している。 マッカーサーの独壇場 国務省は、マッカーサーに電報を打ち、極東委員会のソ連代表からレッドパージに対して強い反発が出るのは確実なので、それに対抗できる十分な情報を求めた。 だが、彼の情報提供は、国務省にとっては「不満足な」ものであった。 国務省は、どうすることもできない。 極東局のアレクシス・ジョンソンは、「パージのやり方が問題で、レッドパージの好ましい結果は問題ではない。...... 深刻な共産主義者の学校への浸透が疑いもなく日本で起きている」と断言した。 レッドパージは続行された。

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レッドパージのはじまり|著作アーカイブ|國破れてマッカーサー|第3部 戦後の悲劇「平和教育」|第1章 レッドパージ(赤狩り)|1. 前兆|西鋭夫公式サイト

レッド パージ と は

概要 [ ] に代表される共産主義者による深刻なに加え、からの東欧における、またのにおけるの末の共産主義政権の成立、からにかけての、およびからのにおけるやからの圧迫により高まった緊張に対して増大する懸念に合わせたものである。 この場合の「 赤」は共産党およびその支持者を指す。 日本語の名称である 赤狩りに対応する英語の名称 Red Scareは"共産主義の恐怖"の意味であり、増大していた共産主義者の活動に対する強い懸念を示している。 の占領下のにおいての指令で行われたそれは、の項を参照。 日本では赤狩り全般に対応する英語として「レッド・パージ Red purge 」を使う場合もある。 マッカーシズム [ ] ジョセフ・マッカーシー マッカーシズムは、後の初期、1948年頃より1950年代前半にかけて行われたアメリカにおける共産党員、および共産党シンパと見られる人々の排除の動きを指す。 より政府活動委員会常設調査小委員会の委員長を務め、下院のとともに率先して「赤狩り」を進めた右派の上院議員の名を取って名づけられた。 マッカーシーに協力した代表的な政治家は、とであり、後にこの2人を熱烈に支持したのが、新自由主義の経済学者であるである。 影響 [ ] マッカーシーらに「共産主義者」や「の」、もしくは「その同調者」だと糾弾されたのは、アメリカ政府関係者や関係者だけでなく、の関係者や監督、。 さらにはアメリカの影響が強い同盟国である人や人、などの外国人にまで及び、「赤狩り」の影響は西側諸国全体に行き渡ることになる。 なかでも影響が大きかったのがにおいて東アジア外交を担当していたと呼ばれる外交官だった。 当時中国について豊富な知見を有したものの、第二次世界大戦の対日戦において中国共産党軍を支援するなど共産主義者との接触があったこれらの大半が、その過去の経歴と、その後中国国民党が中国共産党に敗北した責任を問われて免職された。 その結果、国務省の東アジア局から対中国専門家が一掃された。 その後の対中国の外交政策の穴を埋めたのは欧州専門の外交官達で、彼らの多くは日本や東南アジア諸国などの同盟国はおろか、中華民国政府統治下の中国大陸にも一度も足を運んだことが無かった。 この「アジア専門家の空白」が、後にアメリカをしてアジア外交を誤らせ、泥沼のにアメリカを引きずり込んだ遠因となったとやはその著書に書いているが、これには異論も多い。 「共産主義者」の追放という大義名分を笠に着たマッカーシー議員や、その右腕となった若手のなどによる、偽の「共産主義者リスト」の提出に代表される様な様々な偽証や事実の歪曲や、容疑者に対するや協力者の告発、の強要までを取り入れた強引な手法が、や野党であるから大きな反感を買うことになる。 また、をはじめ優れたハリウッド関係者も多数追放となった。 終焉 [ ] エドワード・R・マロー 当初はマッカーシーの強硬な姿勢が国民から大きな支持を受けたものの、マスコミをはじめ政府、軍部内にマッカーシーに対する批判が広がる中、には、のにより、自らがを務めるの番組「See it Now」の特別番組内で、違法な手法で「赤狩り」を進めるマッカーシーに対する批判キャンペーンを行ったことを皮切りに、国民の間にも広くマッカーシーに対する批判が広がる。 その後の経過 [ ] マッカーシズムが吹き荒れた中で、自らが標的となることに対する恐怖によって、アメリカ国内におけるマスコミの報道や表現の自由にがかかったことや、同じ理由から告発や密告が相次いだことなどから、多くの人々に対して大きなダメージを与えた。 また、第二次世界大戦前後を通じてアメリカが掲げた「での国」という言葉に対し、国内外から多くの疑問が呈されたが、この事件は最終的に自浄作用によって終焉を迎えた。 告発・密告者 [ ] 詳細は「」を参照 (Red purge)は、後の当時、を中心とした連合国軍占領下の日本において総司令官の指令により、とシンパ(同調者)がやから次々に追放された動き。 1万を超える人々がを失ったと言われる。 なお、アメリカ本国での共産主義者追放を指す場合には「レッド・パージ」とは言わない。 考えられる原因 [ ]• GHQの急激な民主化政策• ソ連などの共産主義国からの支援を受けたやなど左派政党の勢力増大• が過激化• 中国のでが勝利し、の設立• での危険性が高まったことと、その後のの勃発• 、、()にや関係者の関与が疑われ 、共産党による・破壊活動であると宣伝される 赤狩りを扱った作品 [ ]• 戯曲『』(作・。 1957年に『』、1996年に『』として映画化)• 映画『』(1973年)• 映画『』(1976年)• 映画『』(1991年)• 映画『』(2001年)• 映画『』(2005年)• 映画『』(2008年)• 映画『』(2015年)• 漫画『』() 脚注 [ ].

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メディアのレッド・パージ

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さて、今回見ていくのはGHQの占領政策その2。 「公職追放」についてだ。 公職、というと公務員的な仕事のことだけと思いがちだけど、ここでいう「公職」は政府の重要職だけでなく民間企業の重要職も指す。 詳しく見ていこう。 公職追放とは? 公職追放は、簡単に言うと 「戦争をしていた人・協力した人・かかわった人」を国や民間の重要な職につかせないという政策。 具体的には、• 元軍人• 超国家主義者・軍国主義者• 大政翼賛会の有力な政治家 など。 アメリカ側の言い分としては、「二度と日本が戦争に向かないためには、第二次世界大戦を起こした人間を国の重要な職から外さないとダメっしょ?」というもの。 ただこれ、普通に考えて「戦争にかかわった人」って括りだとめちゃくちゃ多くの人が該当しそうだよね? 戦争中、兵器づくりをしていた軍需産業とかも当然当てはまってくる。 実際に、戦前・戦時中の民間企業の重役など含めて、 20万人近くも追放されることになる。 冷戦によってGHQは政策転換 ただ、この公職追放政策は朝鮮戦争を筆頭とした 「冷戦」によって大きく変わることになる。 冷戦については後々詳しくやるけど、簡単に言うと「共産主義・社会主義を掲げるソ連をトップとした東側陣営 VS 資本主義・自由主義を掲げるアメリカをトップとした西側陣営」の対立のこと。 ソ連の近隣の国、さらにはヨーロッパにまで共産主義が広がってきていて、これをアメリカやイギリスなど資本主義国は危険視していた。 共産主義って、聞こえはいいけど実際は強制収容所があったり虐殺があったりしてたんだよね。 (ソ連の実態がそう) 民主的で自由な社会を掲げる資本主義とは正反対にある考え方だから対立していたんだね。 そんな共産主義の考えが、ソ連から中国・朝鮮へと伝わっていて、日本のすぐそこまで来ていた。 というより、もう日本に広まり始めていた。 公職追放のせいで日本のトップ層が根こそぎいなくなってしまったので、代わりに若い人がトップに立つ状況になった。 この若い人たちの中には、共産主義に感激していた人が多くいたんで、 日本のトップ層や教師に共産主義者がおおくなってしまったんだ。 この状況を見たアメリカはとても恐れた。 東側諸国最東端の日本が共産化してしまうと、もう完全に東側諸国に資本主義が入り込めなくなってしまう。 もし仮にアメリカとソ連が戦争になった時、日本が資本主義国としてアメリカ側につけば、ソ連をすぐに攻撃しに行ける。 でも日本が共産主義側についてしまったら、アメリカはソ連に攻め入るのがかなり大変になる。 そういった理由もあって、アメリカは日本から軍隊を取り除く、という政策を転換して 「日本に再軍備させる」という方針を取るようになった。 公職追放に代わってレッドパージ 公職追放が全盛だった1947年ごろは20万人以上追放されていた、ってのはさっき書いた通り。 だけど冷戦がだんだん激化してきたことや、日本にも共産主義が広まってしまったのを受けて、 GHQは方針を転換することになる。 1951年には、なんと これまで公職追放していた人をほぼ全員解放した。 この結果、公職追放されていた人はほとんど元いた場所に戻ることになった。 まとめると、GHQは• 日本が二度と戦争しないよう・軍を持たないように、戦争にかかわった人を 公職追放した。 という流れで政策を変えたんだ。 共産主義者を締め出した、という政策の内容を学んだ今なら、 「じゃあレッドって共産主義者のことか?」と勘のいいひとは気づくかもしれないね。 これは、共産主義の第一人者・ソ連の国旗が赤ベースだったことがきっかけ。 赤色が革命の象徴なんだ。 だから現在の中国(いちおう共産主義)の国旗も赤だよね。 この共産主義のトレードカラーである「赤」=レッド、ということだ。

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